04
「入学おめでとうございます。私は、生徒会役員“副会長”の利玖です。ここからは、我々生徒会が皆さんを講堂までご案内します」
はっきりとした声が、澄んだ空気の中に響いた。
普段、家で見る利玖とはまるで違う。背筋はすっと伸び、言葉には迷いがなく、表情にもどこか凛とした気配がある。
生徒会モードの兄は、大人みたいで、ちょっとだけ遠く感じる。
私も、高等部になったら、あんなふうに、しっかりできるようになるのかな。
「莉愛ちゃんのお兄さん、かっこいいねっ」
隣から、詩乃ちゃんが小声で囁いた。
「……うんっ。えへへ……」
思わず笑ってしまった。胸の奥が、ほんのり温かくなる。家族を褒められるって、こんなにも嬉しいんだ。
「では、私を先頭に、列を作ってください。あまり広がり過ぎないようにお願いします」
利玖の言葉に、新入生たちは戸惑ったようにその場に立ち尽くしていた。誰も先に出ようとしない。
私は、詩乃ちゃんと顔を見合わせてちょっとだけ頷くと、二人で駆け足で利玖の元に向かった。
その動きに導かれるようにして、後ろから新入生たちが列を成していく。
「莉愛、助かったよ。ありがとう。ちゃんと羽織紐も付けてこれたな」
利玖が、ふっと柔らかく笑いながら私を見た。
思いがけず褒められて、胸の奥がくすぐったくなった。私は照れくささを隠すように、また笑った。
「……えっと、詩乃ちゃんかな?」
「あっ、はいっ! そうです!」
詩乃ちゃんが、背筋を伸ばして返事をする。声は少し上ずっていたけど、頑張って敬語で応えようとしているのが伝わってきて、何だか微笑ましい。
「よかった。いつも莉愛と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえっ! こちらこそっ! ですっ!」
緊張のあまり詰まりそうになりながらも、詩乃ちゃんは一生懸命言葉を繋いだ。その頬はほんのり赤く染まっていて、目はくるくると忙しなく動いている。
思わず、私は両手で口元を押さえながら、そっと笑ってしまった。
「わ、笑わないでよぉ……」
「だって、詩乃ちゃんが可愛いんだもんっ」
からかうつもりはなかったけど、つい本音が出てしまった。私たちは目を合わせて小さく笑い合った。
その時——。
正門の奥から、一際目を引く人影がゆっくりと歩いてきた。
ウェーブのかかったロングヘアと羽織の裾が風に揺れ、制服のタイトスカートがすらりとした脚に沿って揺れる。左脚の魔械義肢も、他の子と同じもののはずなのに、何だか特別なもののように見えてしまう。
その姿には、まるで魔法のような気品があって、私は言葉を忘れてしまった。
「あら、次は利玖なのね。ということは……この子が、妹さんかしら?」
ふわりとした笑みを浮かべて、彼女は私の方に目を向けた。その目はどこまでも澄んでいて、まるで私の奥まで見透かすような不思議な輝きを宿していた。
「わぁ……」
そんな呟きが隣から聞こえた。詩乃ちゃんを見ると、同じように見惚れていた。
いや、それどころか、周囲にいる新入生たちまで、皆がその人の姿に目を奪われていた。
「あぁ、瑛梨香。お疲れ。こっちが俺の妹の莉愛で、お友達の詩乃ちゃん」
「初めまして、“副会長”の瑛梨香です」
そう言って、静かに微笑んだ瑛梨香先輩は、信じられないくらい綺麗だった。
その微笑み一つで、春風が吹き抜けたように思えた。
「全く、利玖が妹さんを案内したいからって、私たちを顎で使うとはね」
クスッと笑いながら腕を組んだのは、瑛梨香先輩だった。涼しげな目元に、どこかいたずらっぽい光が宿っている。
「いやいや、そんなことしてませんよ〜」
利玖が苦笑いしながら言い訳をするけど、瑛梨香先輩はさらに言葉を重ねた。
「あら、そうだったかしら? あなたの番、二回くらい飛ばしていたと思うけれど?」
そう言って、わざとらしく考えるふりをしながら頬に手を添えた。
利玖は誤魔化すように、列の方へ視線を向ける。
「さぁて、並べたっぽいから、行こうかなぁ」
言いながら、わざとらしく列の様子を確認するその姿に、私と詩乃ちゃんはついクスクスと笑ってしまった。
「莉愛さん、詩乃さん」
「っ、はいっ!」
名前を呼ばれて、私たちはピンと背筋を伸ばした。思わず心臓が跳ねたのは、きっと私だけじゃなかったと思う。
「これから、学園都市で過ごす仲間同士、よろしくお願いします。よかったら、生徒会のこと、気に入ってくれたら嬉しいです」
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
詩乃ちゃんが元気よく答え、私もその勢いに続こうとしたけど、ふと胸の奥に引っかかるものがあって、小さく呟くように言った。
「……でも、生徒会って、やっぱりすごい人たちしか入れないじゃないですか。私なんかが……」
自信のなさが零れてしまった。だけど、瑛梨香先輩は一瞬だけ目を丸くして驚いた顔をして、すぐに柔らかくクスッと笑った。
「大丈夫よ。ちゃんとしなきゃいけない時に、ちゃんとしていれば。それに、普段はこんな感じですし」
そう言って、先輩はひょいと利玖を指差した。
「……えっ、俺?」
利玖が間抜けな声を上げて、瑛梨香先輩を見た。
「身内贔屓をする人と、それを寛大に容赦する人たちの集まりです。だからそんなに緊張しないでくださいね」
「ちょっと、それは聞き捨てならないぞ。俺は贔屓はしていない。ただ、手伝っているだけだ。それにその為に、尽力したはずだけど」
「そういうことにしておきましょうか」
瑛梨香先輩は、利玖の抗議をさらりと受け流すと、私たちにもう一度、優しく微笑んでくれた。
利玖が一度咳払いをして、私たちの方へ向いた。そして、右手の義手を素早く握って“キンッ、キンッ”と音を鳴らしてから話した。
「では、出発します。前の人に続いて進んでください」
利玖が喋ると、列の後ろの方からも利玖の声が聞こえた。聴覚魔法を使って、後ろの方にも伝えているみたい。
声が風に乗って、はっきりと届くその様子に、驚きと感動の声があちらこちらで上がる。
私も思わず息を呑んだ。あんなに自然に、さりげなく、そして正確に魔法を使いこなしている利玖を見て、改めて凄いなと心の中で呟いた。
利玖はそれらの声には振り向かず、背筋を伸ばして桜並木の道を歩いて行く。
歩くと同時に、両側に続く桜の花がふわりと風に揺れた。
魔法で改良された桜は、少しでも多く楽しめるように、通常よりも長く咲き続ける。
春の風に乗って、淡い花びらが舞い上がり、学園都市の空気を優しく染めていた。
右に見えた大きな建物を指さして、聞いてみた。
「ねぇ、利玖。あれって何の建物なの?」
利玖は顔だけ振り向くと、歩く速度を少しだけ緩めて答えた。
「あれは魔械工学棟。主に機器や義肢の研究をしてるよ」
「へぇ〜……! じゃあ、魔械歯車の授業とかもあそこでやるんですか?」
詩乃ちゃんが、前のめり気味に聞き返した。
「そうそう。俺も去年は週に何回か通ってたよ」
私は次に、左に見える建物を指差して言った。
「じゃあ、あの青い屋根の小さい建物は何?」
「それは学生相談室。カウンセラーの先生がいて、進路や心のことを相談できる場所」
「へぇ……」
利玖は微笑みながら、さらりと付け加えた。
「あと、たまにサボり魔もそこで休んでたりするから気を付けて。」
「えっ、サボり魔……?」
「……いるんだっ」
思わず吹き出してしまった。詩乃ちゃんもクスクス笑っている。
通路の両脇には、色んな建物が廊下を繋いで立ち並んでいた。
図書棟、訓練棟、遠く見える寮棟、そして噴水のある中庭を囲むように、小さなカフェや文具店、制服の仕立て屋まである。
全部が魔法を中心にした設計で、どの建物もどこか綺麗で、でも力強さも感じた。
「これは?」
「じゃあ、こっちは?」
と次々と質問してしまう。
利玖はうんざりするでもなく、歩くスピードを緩めながら説明してくれた。
「この塔は、連環の塔。ここからそれぞれの教室へ行けるんだ。学年が上がる毎に階が高くなるんだ」
「えっ、じゃあ高等部って、すっごい高いとこにいるの!?」
「そういうこと。朝、寝坊すると大変だぞ〜」
「……それ、利玖の実体験じゃないの?」
「おっと、鋭いツッコミ」
利玖が頭を掻くと、詩乃ちゃんがまた笑った。
しばらく歩くと、開けた中庭の向こうに講堂が見えてきた。
天律学園の中心に据えられたその建物は、丸屋根に塔が付き、前面にはアーチ型の窓がずらりと並んでいる。
装飾は控えめながら気品に満ちていて、蔓模様が魔力の光を受けて薄らと光を帯びていた。
「あそこが講堂?」
「うん。入学式はここでやる。学園の大きな式典も、大抵あそこで開かれるよ」
「わぁ……思ってたよりずっと大きい……!」
「本当に……あんなに綺麗な場所で、入学式するんだね」
私たちは、その建物に自然と引き寄せられるように、歩くのが早くなった。
もうすぐ、新しい始まりの場所へ着く。
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