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声が聞きたくて——歓迎会

「ラン様って、七賢者の中でも本当に姿を見せない方だよな」


 京司先輩が、

 ふと思い出したように言った。


「俺たち、四歳の時に一度だけお目にかかったらしいんだけど……さすがに覚えてなくてさ」


 そう言いながら、

 少し首を傾げる。


 すると京香副寮長が、

 ふわりと口を開いた。


「一応、噂だけどね。“従者”がいらっしゃらないからだって言われてるの」


「……従者?」


 詩乃ちゃんが反応すると、京司先輩が頷いた。


「そう。賢者の中には、“従者”って呼ばれる人がついてる方もいるんだ」


「護衛をしたり、仕事を手伝ったり……秘書みたいな役割かな」


 ――ラン様には、従者がいない。


 その言葉が、胸の奥に静かに落ちる。


 藍の賢者、ラン様。


 その存在は、

 どこか遠く感じられた。


「えっ、でも……ラン様って、授業の先生で来てくれるんですよね?」


 芽依ちゃんが小首を傾げながら尋ねる。


「えぇ。他の賢者の方々は、学園で実際に教壇に立ってくださるわ」


 京香副寮長は頷いた後、

 少しだけ声を落として言った。


「でも……ラン様だけは別」


「いつも“向こう側”からの授業になるの」


「向こう側……?」


 私たちが揃って首を傾げると、

 京司先輩が軽く笑った。


「って言っても、ただの遠隔授業だよ」


「「へぇ〜……」」


 私は、ふと目を閉じたくなった。


 ラン様という人の輪郭が、

 かえって曖昧になっていくような感覚。


 姿を見せない。

 従者もいない。


 だけど――


 遠くからでも

 ちゃんと存在を届けられる人。


 触れようとすると、

 ふっと消えてしまいそうなのに。


 なぜか、強く印象に残る。


 まるで、現実に溶けた幻みたいな人。


 不思議と、心に残る名前だった。


 そのことを考えていたとき、

 ふと別の人のことが頭に浮かんだ。


 ――カナタ。


 どうしてだろう。


 急に、声が聞きたくなった。


 特別な話がしたいわけじゃない。


 ただ、

 今日あったことを少しだけ話したくて、

 向こうはどうだったのか知りたくて――


 そう思った。


 詩乃ちゃんに声をかけようとしたけど、

 楽しそうにみんなと話している。


(勝手にいなくなるのは、ダメだよね)


 迷いながら周りを見回すと、

 ふと京香副寮長と目が合った。


 私はそっと近づいて、

 小さな声で伝える。


「すみません、少しだけ席を外してもいいですか?」


 京香副寮長は、

 私の顔を覗き込んだ。


「あらっ、体調でも悪いの?」


 その声に、私は慌てて首を横に振る。


「あ、いえっ……他の寮の子と菊理で話したくなって」


 自分で言った言葉に、

 少しだけ照れくさくなる。


 京香副寮長は安心したように微笑んだ。


「そう? それならよかった」


「もう玄関扉は閉めちゃってるけど……中庭なら静かだし、お話しするにはちょうどいい場所よ」


「そうなんですねっ。ありがとうございます、行ってきます」


 軽く頭を下げて、

 私は大広間を後にした。


◇ ◇ ◇


 一階に降りて、中庭に出る。


 夜の闇に包まれたその空間の中心に、

 立派な梅の木が静かに立っていた。


 魔法で淡く光る花弁が、

 まるで宙に浮かんでいるみたいに見える。


 ひとつひとつの花が

 小さな灯りを宿しているようで、

 辺りは幻想的だった。


 ふわりと鼻先をかすめたのは、

 梅の花の優しい香り。


 冷たい夜の空気と混ざって、

 思わず深呼吸したくなる。


 私は中庭のベンチに腰を下ろした。


 胸元の菊理をそっと外して、

 手のひらに乗せる。


 魔法石を二回タップして、

 静かに目を閉じた。


 カナタのことを、

 心の中でゆっくりと思い浮かべる。


 私はそっと、名前を呼ぶ。


「……カナタ」


 夜の空気に溶けるような、

 小さな声だった。


 菊理の魔法石が、淡く光る。


 私はそのまま待った。




(……やっぱり、忙しいのかな)


 歓迎会の途中だし、

 今も人と話しているのかもしれない。


(何回も呼び出すの、悪かったかな……)


 そう思って、

 魔法石へ触れようとした。


 そのとき――


[――莉愛っ!]


「へぁっ!?」


 魔法石が強く光ったのと同時に、

 機械混じりの声が飛び込んできた。


 思わず肩が跳ねて、

 変な声が出てしまう。


「び、びっくりしたぁ……」


[あっ、ごめん。話せる場所まで走ってたから、つい勢いで……]


 菊理の向こうから、

 息を切らせたカナタの声が返ってくる。


 その一言だけで、

 胸の中の緊張がふっとほどけた。


「そうだったんだ。わざわざ走ってくれたんだ」


 思わず、少し笑ってしまう。


「ごめんね。歓迎会の最中だったでしょ?」


[もう終わるところだったから、平気だよ]


 少し息が上がったままの声だったけど、

 その言い方がいつも通りで、

 なんだか安心する。


「……あの、昼間にも私、連絡しちゃってたんだけど……忙しかった?」


[えっと……]


 小さな声でそう尋ねると、

 ほんの少しだけ間があった。


[……うん、ちょっとだけ、忙しかった……かな]


(やっぱりそうだったんだ)


 胸の奥が少しだけしゅんとする。


「ごめんなさい。何回も連絡しちゃって……」


 すると、

 カナタの声が慌てたように返ってきた。


[いや、違うよ! 全然迷惑じゃなかったし……]


 少しの間。


[連絡、嬉しかった。ありがとう]


 その言葉に、

 思わず菊理を握る手に力が入る。


 それだけで、少しほっとした。


「……あのね、カナタ。私、弥生寮だったよ」


 私は、

 今日のことを思い出しながら話し始めた。


「月鏡に入ったら、梅の花が満開で……それとね、白い猫が迎えてくれたの」


 あのときの光景を思い出すと、

 自然と頬がゆるむ。


「前にカナタと図鑑で見たから、すぐ猫だってわかったんだ」


 カナタは、懐かしむような声で応えてくれた。


[そうなんだ。猫か……うん、図書室で一緒に見たね。可愛かった?]


「うんっ、すごく可愛かったよ」


 私は素直に頷いてから、

 ふと尋ねた。


「カナタはどこの寮になったの?」


 少しの間を置いてから、

 カナタは答えた。


[僕は……如月寮だったよ]


 如月寮。


(……ってことは)


「あっ、じゃあ、弥生寮の隣だね!」


 思わず声が弾む。


 菊理越しに、

 カナタが少し笑ったような気配がした。


[うん。確か、僕の部屋から弥生寮が見えたよ]


「えっ、本当に? じゃあこっちからも見えるかな?」


 そんなことを言いながら、

 なんだか少しだけ嬉しくなる。


「それとね、詩乃ちゃんと同じ寮で、同じ部屋になったの!」


「しかも、二人部屋なんだよっ!」


[そうなんだ。よかったね]


 ちゃんと一緒に

 喜んでくれているのがわかって、

 胸の奥がじんわり温かくなった。


「カナタは、何人部屋だったの?」


 少し間があって――


[僕も、二人部屋。初対面の人だったけど]


 初対面の相手と同じ部屋。


 想像しただけで、少し緊張する。


「仲良くなれそうな人?」


「如月寮って、どんな人がいるの?」


 そう聞くと、

 カナタは少しだけ考えてから答えた。


[……うん、悪くはないと思うよ]


[如月寮は“寄り添える人”って言ってたかな]


「寄り添える人……」


 その言葉に、胸がふっと温かくなる。


「じゃあ、優しい人たちの集まりなんだね。カナタに合ってるかも」


 そう言うと、

 菊理の向こうで小さく笑う気配がした。


 その後も、

 他愛もない話が少し続いた。


 歓迎会のこと。

 寮のこと。

 部屋のこと。

 先輩たちのこと。


 特別な話なんて、

 ひとつもしていない。


 でも、不思議とその時間が心地よかった。


 今日一日ずっと、

 新しいことばかりだったからかもしれない。


 その中で、

 カナタの声を聞くと

 少しだけ元の自分に戻れる気がした。


 ふと視線を上げると、

 二階のガラス張りの窓から、

 詩乃ちゃんたちが手を振っているのが見えた。


(そろそろ、歓迎会も終わりかな)


 私はその姿に小さく手を振り返してから、

 カナタに話しかける。


「詩乃ちゃんたちが呼んでるみたいだから、そろそろ行くね」


[うん。……連絡、本当にありがとうね]


「ううん、こちらこそ。話せてよかった」


 それは、本当にそう思ったことだった。


[うん。それじゃあ、おやすみ]


「おやすみなさい」


 声の余韻が、耳に残る。


 菊理の光がゆっくりと落ちていく。


 私はそっと息をついた。


(……よしっ)


 少しだけ、胸が軽くなっていた。


 私は階段を駆け上がって、

 大広間の扉を押し開ける。


 ちょうど終わりの挨拶が

 始まるところだった。


「あっ、来た来たっ! 莉愛ちゃーん!」


 詩乃ちゃんが、

 大きく手を振る。


 私も小さく振り返して、

 急ぎ足でみんなのところへ向かった。


 ステージの方から、

 魔械(マギア)義肢の音が響く。


「皆さん、そろそろ良いお時間になりました」


 会場に柔らかな声が広がって、

 ざわめいていた空気が少し静まる。


「新入生同士、良い交流はできましたか?」


 一呼吸置いて、

 優しく続ける。


「困ったことがあれば、ひとりで抱えず、遠慮なく頼ってください」


 その言葉に、

 自然と拍手が広がった。


 続いて京香副寮長が前に出る。


「それでは、本日はこれで解散です。お疲れさまでした」


 拍手の中、新入生たちが動き出す。


(……そういえば)


 スカートを履いていた、

 あの子には会えなかった。


 でも、同じ寮だ。


 きっとまた会える。


(そのときは、ちゃんと挨拶したいな)


 エレベーターに乗り込む。


 静かな音とともに、

 箱はゆっくりと上昇を始めた。


読んでいただきありがとうございます。


歓迎会の夜と、カナタとのやりとりの回でした。

少しずつ日常と関係が動き始めています。


次回から学園生活が本格スタートです。

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