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視えたもの——歓迎会

 まるで目に見えない魔法のヴェールが、

 ふわりと剥がれていくみたいに。


 何もなかったはずのテーブルの上に、

 色とりどりの料理が次々と姿を現していく。


 湯気の立つスープ。


 宝石みたいに輝く寿司。


 ジュレの前菜に、

 ハーブの香る肉料理。


 焼きたてのパン。


 色鮮やかなフルーツタルト。


 一瞬の静けさの後、

 ざわりと驚きの波が広がった。


「嘘っ……! すごい……!」

「わぁっ、ケーキまである〜!」

「全部、本物だよな……!?」


「わぁぁ……!」


 隣で詩乃ちゃんが、

 目を輝かせていた。


 両手を胸の前でぎゅっと握りしめて、

 夢中になってテーブルを覗き込んでいる。


「莉愛ちゃん見てっ! 本当に出てきたっ!」


 その素直な反応に、

 思わず頬がゆるむ。


 まるで夢みたいな光景だった。


 そんな新入生たちを見渡しながら、

 京香副寮長がふわりと微笑む。


 そして、

 両手を胸の前でそっと合わせると、

 柔らかな声で言った。


「それでは皆さん……いただきましょうっ」


 その一言で、

 会場の空気がぱっと明るく弾けた。


 あちこちから

 「いただきます!」の声が重なって、

 歓迎会は一気に賑やかさを増していく。


 芽依ちゃんと詩乃ちゃんが

 料理の方へ駆けていく。


 私もその後ろに続いた。


 お皿を手に取ると、

 香ばしい匂いと甘い香りが

 ふわりと鼻をくすぐる。


「このスープ、星型のパスタ入ってるの!」

「わっ、可愛い〜!」


 そんな小さな発見に、

 みんなの声が自然と弾んでいく。



◇ ◇ ◇



 そんな楽しい時間がしばらく続いた後――


 会場の照明が、

 ゆっくりと落ちた。


 さっきまでの明るく賑やかな空気が、

 ふっと静まり返る。


 その中で、

 翔寮長の声が

 ホール全体に響き渡った。


「それではこれから――天空律環学園の文化祭“創環祭”で上演される、弥生寮の伝統行事『演劇』を、本日はショートミュージカルとしてお届けします」


 ざわり、と空気が揺れる。


 スポットライトがステージに落ちると、

 私たちの視線は

 自然とそこへ吸い寄せられていた。


 音楽が静かに流れ出す。


 ピアノの旋律。


 少し寂しげで、

 どこか懐かしい音。


 そこに現れたのは、

 ひとりの少女だった。


(京香副寮長……?)


 練習用のレオタードとバレエスカート姿で、

 少女は静かにバーの前へ立つ。


 何度も同じ動きを繰り返す。


 ジャンプも、ターンも、

 ほんの少しだけ理想に届かない。


 そのたびに、

 悔しそうに唇を噛む。


 胸がきゅっと締めつけられた。


 そのとき――


 少女の動きが、ふと止まる。


 怯えと戸惑いの混じった目で、

 辺りを見回した。


 空気のように、

 でも確かにそこに「誰か」がいる。


 少女が振り向いても、

 そこには誰もいない。


 それなのに。


 誰もいないはずの空間へ差し出した手が、

 まるで誰かにそっと支えられたみたいに、

 ふわりと持ち上がった。


 導かれるように、

 少女はもう一度踊り始める。


 すると、舞台の空気が変わった。


 見えない何かが、

 確かに彼女の動きに寄り添っている。


 ターンは美しく。


 ジャンプはしなやかに。


 私はいつの間にか、

 両手をぎゅっと結んでいた。


 そして、音楽が高まった瞬間――


 舞台は一変した。


 そこは豪華なステージ。


 少女の衣装も、

 まばゆい光の中で変わっていく。


 頭には美しいティアラ。


 薄青いロマンティックチュチュが、

 月の光をまとったようにきらめいた。


 そして――


 もうひとつ、姿が現れる。


 さっきまで透明だった相手。


 顔は伏せられていて、よく見えない。


 だけど、

 その人は静かに少女の手を取り、

 美しい衣装を纏った青年へと変わった。


 そこからの数分は、夢みたいだった。


 言葉はひとつもないのに、

 ふたりの呼吸が重なっているのがわかる。


 支え、導き、

 時に見つめ合いながら――


 ただ、ひたすらに踊る。


 観客席は静まり返っていた。


 誰も声を出さない。


 私は結んだ手に、

 さらに力を込めた。


 義手がきしりと小さく軋む。


 音楽がクライマックスへ向かう。


 そして、ラストポーズ。


 その瞬間、

 スポットライトがふっと落ちた。


 次に灯った光の中で、

 少女はまた練習着姿に戻っていた。


 音楽も最初のピアノへと戻り、

 舞台も、静かなレッスン室へと変わっている。


 少女は少しだけ不思議そうに

 辺りを見渡した。


 そこにいたはずの青年は、

 もうどこにもいない。


 それでも――


 少女は静かに立ち上がり、

 誰もいないその場所へ向かって、

 優雅にお辞儀をした。


 まるで、

 そこにまだ誰かがいるみたいに。


 感謝を込めて。


 光がゆっくりと落ち、

 音楽も静かに消えていく。


 ――カタン。


 誰かがグラスを倒したような小さな音で、

 場を包んでいた魔法がほどけた。


 ぽつ、ぽつと拍手が起こる。


 それはすぐに大きな波になって、

 ホール中へ広がっていった。


 私も、その流れに自然と手を合わせていた。


 胸の奥が、熱い。


 拍手のひとつひとつに、

 何かを伝えたくなるような気持ちが込もる。


 隣では詩乃ちゃんも芽依ちゃんも、

 目を潤ませながら拍手していた。


 会場全体の明かりが戻る。


 静まり返っていたホールは、

 少しずつまた賑わいを取り戻していった。


「すっごかったね! 衣装チェンジとか、場面が変わる演出とか、全部!」


 詩乃ちゃんが、

 興奮気味に早口になる。


 芽依ちゃんも、

 こくこくと頷いた。


「うセリフひとつもなかったのに……ちゃんと気持ちが伝わってきたよねっ!」


「……うん。観てるだけで、胸いっぱいだった……」


 私はそう答えながら、

 さっきの舞台を思い返す。


 あれは、

 ふたりの未来の姿だったのか。


 それとも、

 少女が思い描いた夢だったのか。


 ――わからない。


 でも、ひとつだけ確かなことがある。


 この学園にも、

 この寮にも、

 そういう“目に見えない繋がり”が

 あるのかもしれない。


 そんなことを思って、

 私は自然と笑っていた。


 さっきまで静まり返っていた大広間には、

 また活気が戻っていた。


 だけど、さっきとは少し違う。


 どこか優しい空気が、

 まだ静かに残っていた。



◇ ◇ ◇



 演劇の余韻も少しずつ落ち着き始めて、

 またテーブルの周りに

 柔らかな談笑の声が戻ってきた頃だった。


 ふと見回すと、

 ステージで紹介されていた先輩たちが、

 それぞれ新入生のテーブルを回って

 挨拶をしているのが見えた。


 私たちのところへ来てくれたのは、

 男子寮五班の班長、京司先輩だった。


「こんばんは。楽しんでる?」


 軽やかな声と、柔らかな笑み。


 その問いかけに、

 詩乃ちゃんが、ぱっと顔を輝かせる。


「はいっ! さっきの演劇、感動しましたっ!」


「それはよかった」


 京司先輩は、

 少し嬉しそうに頷いた。


「毎年の恒例なんだ。歓迎会のショートミュージカルで新入生の反応を見て、その年の創環祭で本公演をやるか決めるっていうのが、弥生寮の流れでね」


 どこか満足げなその表情を見ていたら、

 胸にひとつ疑問が浮かんだ。


「……あの」


 私が声をかけると、

 京司先輩はすぐにこちらを向く。


「ん? どうしたの?」


「……さっきの演劇の少女って、京香副寮長……ですよね?」


 一瞬だけ、

 京司先輩の目が見開かれた。


 だけどすぐに、

 楽しそうな色が浮かぶ。


「おっ、よく気づいたね。正解。結構距離あったのに」


「えぇっ!? そうだったんだっ!?」


 芽依ちゃんと詩乃ちゃんが、

 揃って目を丸くする。


 京司先輩はいたずらっぽく笑って、

 今度は私に問い返した。


「じゃあさ……透明人間の方は、誰だと思う?」


 その瞬間――


 頭の中に、どこかの光景が映る。


 京香副寮長と一緒に、

 静かにバレエの稽古をしている姿。


 私はスプーンを口元に当てたまま、

 そっと答える。


「……京司先輩、ですか?」


 京司先輩の目が、

 ぱちりと大きく開いた。


「うっそ。よく分かったね。顔見えないように結構頑張ったんだけどなぁ」


「えっ、えっ、莉愛ちゃん、なんでわかったの!? 顔、全然見えなかったよっ!」


 芽依ちゃんが身を乗り出してくる。


 私は思わず目を逸らした。


 顔なんて、見えていなかった。


 ただ――


 “視えた”だけ。


 でも、それをうまく説明できる気がしない。


(だって、何もしてないのに視えたんだもん……)


 だから、私は小さく笑って誤魔化す。


「えっと……なんとなく、かな」


 そう答えると、

 京司先輩はおかしそうに笑った。


 そして少し離れたところに向かって手を振る。


「おーい、京香ーっ!」


 二つ隣のテーブルにいた京香副寮長が、

 こちらに気づいて歩いてくる。


「こんばんは。……どうしたの?」


 穏やかな笑顔のまま、

 私たちを見渡す。


 京司先輩が肩をすくめた。


「この子さ。俺たちが演者だって当てたんだよ」


 京香副寮長の目が、

 少しだけ見開かれた。


「本当に? 私はともかく、京司を当てたのはすごいね」


 すると、

 芽依ちゃんが勢いよく身を乗り出す。


「あっ、あのっ! 透明人間のシーンって、ひとりで踊ってたんですか!? それとも京司先輩が透明になってたんですか!?」


 京香副寮長は小さく笑って、

 優雅に微笑む。


「……あれは、私ひとりよ」


「「「えぇぇーっ!?」」」


 その場の全員が声を上げた。


 すると京司先輩が、

 芝居がかった口調で口を挟む。


「最初は俺が透明になって支える予定だったんだよ? そしたらさぁ、『邪魔すんな』って脅してくるんだよ」


 怖がるふりをした京司先輩に、

 芽依ちゃんが吹き出す。


 京香副寮長は肩をすくめる。


「脅しなんて失礼ね。ちょっと驚かせただけよ」


「京香は協調性を学び直すべきだと思います……本気で」


 京司先輩が大げさに肩を落とすと、

 その場に笑いが広がった。


 そのとき、

 またひとつ疑問が胸に浮かぶ。


「……あの、もうひとつ聞いてもいいですか?」


「いいよ。何?」


 私は、少しだけ緊張しながら尋ねた。


「先輩たちって……双子ですか?」


 二人が同時に目を見開く。


 次の瞬間、

 京司先輩が吹き出した。


「うっそー! そこまで当てる!?」


 京香副寮長も、

 楽しそうに笑って頷く。


「名前を見れば、気づく人は気づくかもね」


 周りの子たちが

 一斉にざわつき始める。


「えっ!? 本当に!?」

「双子なんですか!?」


 詩乃ちゃんが、

 私の腕をぎゅっと掴んだ。


「なんでわかるの莉愛ちゃん!?」


「えっと……勘、かな」


 本当は違う。


 二人の小さい頃の姿が、

 ふっと頭に浮かんだだけ。


 みんなは楽しそうに盛り上がっている。


「京香先輩がお姉さんっぽいよね!」

「うんうん、京司先輩が弟っぽい!」


 そんな声が飛び交う中で、

 私は二人を見つめた。


 私も妹だからわかるのかもしれない。


 空気の中にある、

 ほんの少しの序列みたいなもの。


 私は静かに言った。


「……京司先輩が、お兄さんですね」


 二人が、同時に息を呑んだ。


「……どうして分かったの?」


 京司先輩が、

 今度は本気で不思議そうに聞いてくる。


 周りの子たちも驚いていた。


「えーっ!? 絶対逆だと思ってた!」


 京司先輩は、苦笑する。


「うーん……ちょっと凄すぎない?」


 京香副寮長は、

 面白そうに目を細めた。


「莉愛さん、『天文時相学(てんもんじそうがく)』が得意科目になるかもしれないわね」


(……天文時相学?)


「何ですか、それ?」


 周りの子たちも、

 揃って首を傾げる。


 京香副寮長が口を開いた。


「七賢者の藍の賢者、ラン様が教えてくださる授業よ。星の動きと“時”の関係を学ぶ学問」


 京司先輩が続ける。


「未来を読むための知識だね。占星術みたいなもの」


「へぇ……」


 ――未来を読む学問。


 その言葉に、

 胸の奥が少しだけざわめいた。


 七賢者の授業なんて、

 まだ想像もつかない。


 私はそっと、次の問いを口にする。


「……ラン様って、どんな方なんですか?」

読んでいただきありがとうございます。


歓迎会と演劇の回でした。

弥生寮らしい空気を感じてもらえていたら嬉しいです。


そして少しずつ、莉愛の不思議な一面も。


次回は藍の賢者について触れていきます。

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