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群青の宵の空——刻名

 ――チリリリッ、チリリリッ。


 耳元で鳴る目覚ましの音に、

 私は薄らと目を開けた。


 寝ぼけた手で音を止める。


 ……でも、体は起き上がってくれない。


 布団の向こうで、

 何かがぱたぱたと動く音がした。


(……ん?)


 重たい瞼を少しだけ持ち上げる。


 見慣れない天井。


 見慣れない壁。


 見慣れない朝の光。


(あ、そっか)


 ここは、私の部屋じゃない。


 昨日から始まった、

 新しい生活の場所だ。


「莉愛ちゃんっ、おはよっ!」


 元気いっぱいの声と一緒に、

 詩乃ちゃんがひょこっと覗き込んできた。


 髪はヘアバンドでまとめられていて、

 タオルで顔を拭きながら

 にこにこと笑っている。


「…………おはよぅ」


 まだ半分眠ったまま返事をすると、

 詩乃ちゃんがくすくす笑った。


「ふふっ、すっごく眠そう〜」


「……?」


 頭がまだふわふわしていて、

 うまく状況が追いつかない。


 ぼんやりしたまま

 右手で目を擦ろうとすると――


「あっ、ダメだよ擦っちゃ! 顔洗おっ!」


 詩乃ちゃんが私の手をぱっと掴んで、

 そのままぐいっと引っ張った。


「……うん」


 私はされるがまま、

 詩乃ちゃんに手を引かれて洗面所へ向かった。



 顔を洗って制服に着替えると、

 ようやく“学園生活の朝”という実感が湧いてきた。


(今日から、本当に始まるんだ)


 そんなことを思った、

 そのとき――


「来たよっ!!」


 窓の方から、

 詩乃ちゃんの弾んだ声が響いた。


 僅かに開けた窓の隙間から

 折り紙の蝶がひらひらと舞い込み、

 私たちの前でふわりと着地する。


 淡い光を落としながら、

 蝶は静かに紙へと戻った。


「これに書いてあるんだよね。一緒に開けよっ!」


「うんっ」


 私たちは急いでソファに向かい合って座る。


 紙を丁寧に手に取り、

 そっと折り目を開いていく。


 指先に、少しだけ緊張が集まる。


「じゃあ……いくよっ。せーのっ!」


 詩乃ちゃんの合図に合わせて、

 私はそっと紙を広げた。


《莉愛  一年 宵(よい)19組 出席番号48番》


「えぇっと……一年、宵(よい)19組……」


 そこまで読んだ瞬間――


「ええええええええええっ!!!!!!」


 詩乃ちゃんが叫んだ。


「えっ!?」


 次の瞬間には、

 ソファテーブルを挟んだ向こう側から

 勢いよく飛びついてきていた。


「わっ、わっ……!?」


 思わず体を支えながら、

 私はぱちぱちと目を瞬かせる。


「ほんとに!? 本当に!? 宵(よい)19組!?」


「う、うん……」


 圧がすごい。


 そう思った次の瞬間、

 詩乃ちゃんが満面の笑みで叫んだ。


「莉愛ちゃんっ、同じだよ!!」


「えぇっ!!」


 心臓が、どくんと大きく跳ねた。


 胸の奥に、

 ふわっと熱いものが広がっていく。


「莉愛ちゃんすごいねっ!!!」


「占い師さんになったらいいよっ!!!」


「えへへ……」


 自分でも、

 本当に当たるとは思っていなかった。


 ただの勘だったのに。


「……よかった」


 自然とそんな言葉が零れていた。


「すごく嬉しい……」


 詩乃ちゃんの腕が、

 ぎゅっと私を抱きしめる。


「私も……離れちゃったらどうしようって思ってた」


 その言葉に、

 胸の奥が柔らかくほどける。


 不安が、ひとつ溶けていく。


 クラスが書かれた紙には、

 まだ続きがあった。


 ――群青の夜に一番星が瞬(またた)く。

 穏やかな闇が広がる空。


「この“ 宵(よい)”って、何のことなんだろうね?」


 詩乃ちゃんが紙を覗き込みながら首を傾げる。


「空の名前……なのかな?」


 私はその一文を、もう一度目でなぞる。


 まだ聞き慣れない“ 宵(よい)”という言葉が、

 不思議な響きのまま心に残った。


 窓の外へ目を向ける。


 朝の光の向こうに、

 まだ知らない空が広がっている気がした。



◇ ◇ ◇



 クラスがわかった私たちは、

 そのまま食堂へ向かった。


 中はすでに賑わっていて、

 楽しそうな声と香ばしい匂いが広がっている。


 注文をして、料理を受け取る。


 トレーを持って席へ向かおうとした、

 そのとき――


「あっ! いたー! おはよー!」


 聞き覚えのある弾んだ声が飛んできた。


 顔を上げると、

 制服姿の芽依ちゃんたちが

 笑顔で手を振っている。


「おはよう」

「おはよーっ!」


 芽依ちゃんは羽織の袂を揺らしながら、

 私たちの席まで駆け寄ってくると、

 開口一番で言った。


「でっ! 何組だった!?」


 その勢いに、

 思わず背筋が伸びる。


「えっと…… 宵(よい) 19組だったよ」


「ふふんっ、私もーっ!」


 詩乃ちゃんが両手でピースを作って答えると、

 芽依ちゃんたちは一斉に目を丸くした。


「えっ、うそっ、いいなぁ〜!!」


「みんなは何組だったの?」


 私が聞くと、

 それぞれが口々に答えてくれる。


「私、暁13組〜」

「黄昏5組!」

「有明14組〜!」


 返ってくる答えは見事にばらばらで、

 私は心の中で少しだけ苦笑する。


(本当に、綺麗に分かれたなぁ)


 その中で、

 芽依ちゃんはしょんぼり顔だ。


「私…… 宵(よい) 20組〜」


「あっ、隣のクラスだねっ!」


 思わず声が弾んだ。


 すると芽依ちゃんは

 眉を八の字にしながら笑った。



◇ ◇ ◇



 朝食を食べ終えた後、

 私は一人で紅茶を淹れに行った。


 カップにお湯を注ぎ、

 ティーバッグをそっと沈める。


 じわりと色が広がっていくのを、

 ぼんやりと見つめた。


(クラス、決まったんだなぁ……)


 さっきの出来事が、

 少しずつ現実味を帯びていく。


「……莉愛ちゃん」


 おずおずとした小さな声。


 振り向くと、

 芽依ちゃんが少し緊張した顔で立っていた。


 両手を胸の前でもじもじと動かしている。


「ん? なぁに?」


 できるだけ柔らかい声で返すと、

 芽依ちゃんは少しだけ目を伏せた。


「クラス、離れちゃったけど……」


 そこで一度、言葉が止まる。


 私は芽依ちゃんの続きを待った。


「……これからも、仲良くしてくれる?」


 一瞬だけ、目を丸くする。


 それから私は、

 思わずふふっと笑ってしまった。


(なんだ、そんなことか)


 私はそっと、

 芽依ちゃんの両手を握った。


「もちろんだよっ」


 顔を上げた芽依ちゃんの目が、

 ぱっと明るくなる。


「こちらこそ、これからも仲良くしてねっ」


「……っ、うん!」


 芽依ちゃんが、

 ほっとしたように笑った。


 その笑顔につられて、

 私も自然と笑ってしまう。


「それじゃあ、また後でねっ!」


「うん、また後で」


 手を振ってその背中を見送る。


 なんだか胸の奥が、

 少しだけ温かかった。




 芽依ちゃんたちとは

 登校前に合流する約束をして、

 私と詩乃ちゃんは一度部屋へ戻った。


 その途中、ふと思い出す。


 窓の外を見ると、

 建物の向こうに如月寮がほんの少しだけ見えた。


(カナタも、もうクラスが分かったのかな)


 違っても、

 せめて近くのクラスがいいな。


 そんなことを思って、

 私はそっと窓から離れた。




 芽依ちゃんたちと合流して、

 私たちはバスロータリーへ向かった。


「登校初日って、何するんだろうねっ?」


「うーん……自己紹介とか?」


 芽依ちゃんが首を傾げる。


「“案内”って書いてあったから、校内案内かな?」


「この学園、広いし……一日かかりそうだよね」


 想像すると少し大変そうなのに、

 不思議と胸は高鳴っていた。


 少し先に、

 バスロータリーが見えてくる。


 先頭の一台がゆっくりと動き出し、

 ロータリーを離れていった。


「次のバス、あれかな?」


 芽依ちゃんが指差した先に、

 レトロな雰囲気のバスが停まっている。


 他愛のない話をしながら歩いていると――


『莉愛』


 私の名前を呼ぶ声がした。


 機械の音が少しだけ混じった、

 でもちゃんと優しい声。


 はっとして振り向く。


 そこには、

 カナタが静かに歩いてきていた。

読んでいただきありがとうございます。


新しい朝と、クラス発表の回でした。

少しずつ関係が形になっていく感じを書いています。


次回は登校初日になります。

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― 新着の感想 ―
ここまで読了させて頂きました!! 治癒魔法を使いすぎて手足が使えなくなって義肢を付けて生活しているのが当たり前の世界観が、凄く綺麗で素敵な物語だと感じました!! 設定や世界観がかなり凝っていて、作者…
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