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名前を呼ぶ魔法——歓迎会

「ちょっと練習してみようよっ!」


 詩乃ちゃんがソファにぽすんと腰を下ろし、

 楽しそうに笑った。


「うんっ、やってみよ!」


 私も向かいに座り、

 首から下げた菊理(ククリ)へ視線を落とす。


「それじゃあ……先にやってみるね?」


 詩乃ちゃんはそう言って、

 胸元の魔法石を二回タップした。


 そっと両手で包み込むように握り、

 目を閉じる。


(何を考えてるんだろう……)


 胸が少しだけ高鳴った、

 その瞬間――


「……莉愛ちゃん」


 澄んだ鈴の音みたいな音が響いて、

 私の菊理(ククリ)がふわりと光った。


「わぁ……!」


 思わず手に取る。


 見つめているだけなのに、

 不思議と頭の中に

 詩乃ちゃんの顔が浮かんできた。


 太陽みたいな笑顔。


「すごいっ! ちゃんと届いたよ! 詩乃ちゃんだって、すぐわかる!」


 詩乃ちゃんは、

 ぱっと顔を上げる。


「ほんとっ!? 音、鳴ってた?」


「うん! キラキラって、すごく綺麗な音だった!」


「え〜、私の方には聞こえないのに〜!」


 ちょっとだけ膨れた顔が可愛くて、

 思わず笑ってしまった。


「じゃあ、今度は離れてやってみよっ!」


 詩乃ちゃんは勢いよく立ち上がると、

 そのままお風呂場の方へ駆けていった。


 元気な足音と一緒に、

 ドアの閉まる音が響く。


 私は菊理(ククリ)を手に乗せて、

 魔法石を二回タップする。


 でも――何も起きない。


(……あ、こっちから話しかけないとダメなんだ)


 少し照れながら、

 小さな声で呼んでみた。


「えっと……詩乃ちゃん、聞こえる?」


 自分の声が静かな部屋に響く。


 するとすぐに――


[わっ! 聞こえたっ! 莉愛ちゃーんっ!]


 詩乃ちゃんの声が、

 菊理(ククリ)とお風呂場の向こう側、

 両方から同時に聞こえてきた。


「ふふっ」


 二方向から同時に聞こえるのが

 なんだかおかしくて、

 思わず笑ってしまう。


[えっ、なぁに〜?]


「ううん、なんでもないよっ。じゃあ次は、私からちゃんとかけてみるね」


[はーいっ! お願いしまーすっ!]


 ふっと光が落ちて、

 菊理(ククリ)は元の静かな輝きへ戻った。


 私はもう一度魔法石を二回タップする。


 目を閉じて、

 詩乃ちゃんのことを思い浮かべた。


 明るくて、元気で、いつも笑っていて。


 一緒にいると、

 私まで楽しくなってしまう。


 私の大切な友達。


「……詩乃ちゃん」


 囁くように呼ぶと、

 魔法石がふわっと強く光り出した。


(繋がったっ)


 胸の奥が、ほっと温かくなる。


[……莉愛ちゃん……? 聞こえる?]


 返ってきた声は、

 さっきよりもずっと静かだった。


「聞こえるよっ。詩乃ちゃん、どうしたの?」


 少しの沈黙の後、

 詩乃ちゃんの声がそっと響いた。


[ううん……なんかね、すごいね、これ]


 その声に、少しだけ震えが混じっている。


[届いた人にしか音が聞こえないんだ……って思ったら、すごいなって]


 私は黙って耳を澄ませた。


[名前を呼んだだけで繋がれるのもすごいし……]


 詩乃ちゃんが、ひとつ息をつく。


[ちゃんと私のこと思い浮かべてくれたんだって思うと、嬉しいね]


「うん。私も嬉しかった」


 そう返しながら、

 私は菊理(ククリ)をそっと握りしめた。


[誰かがこれを作ったんだよね……]


 その声が少しだけ強くなる。


[こういう、“あったら嬉しい”ものを作るって……なんか、いいなって思った]


「詩乃ちゃん……」


[私でも……何か作れたりするかな?]


 その言葉に、胸の奥がふっと弾んだ。


 誰かの夢が生まれる瞬間に、

 今、立ち会っている気がした。


「うん……詩乃ちゃんなら、きっとできるよ」


 菊理(ククリ)の向こうで、

 詩乃ちゃんが笑った気配がした。


[じゃあ、頑張ってみようかなっ!]


 その言葉が、

 とても眩しかった。


 少しの沈黙が流れる。


 気まずい静けさじゃない、

 柔らかな静けさだった。


[……莉愛ちゃんと同じ部屋になれてよかった]


「私もだよ」


 自然と笑みが零れる。


[じゃあ、そろそろ戻るねーっ!]


 その声は、

 いつもの詩乃ちゃんだった。


「はぁいっ」


 私は魔法石をもう一度二回タップした。


 光がゆっくり落ちて、

 部屋にはまた穏やかな静けさが戻る。


 その静けさを破るように、

 次の瞬間、お風呂場の扉が勢いよく開いた。


「よーしっ! じゃあ荷物、片づけちゃおっか!」


「うんっ」


 それから私たちは、

 ベッドの上に置かれていた荷物を

 少しずつ片づけていった。


 家から持ってきた文房具や本、服や小物たち。


 ひとつひとつが

 新しい部屋に馴染んでいくたび、

 ここが少しずつ

 “自分の場所”になっていく気がした。


 そんなふうにして過ごしているうちに、

 あっという間に時間は過ぎていった。



◇ ◇ ◇



 食堂でお昼を済ます。


 十九階でエレベーターの扉が開くと、

 そこにはすでに

 何人かの新入生たちが集まっていた。


「あっ!」


 そのうちの一人が私たちに気づいて、

 手を振ってくれる。


 詩乃ちゃんはぱっと笑顔になって、

 すぐに駆け寄っていった。


「ねぇ、食堂すごかったねっ!」

「ねっ! 何食べたの?」


 明るい声が飛び交う。


 私はその少し後ろから、

 そっと輪の中へ入っていく。


 みんな、出会ったばかりのはずなのに、

 もうずっと前から知り合いだったみたいに

 自然に笑い合っていた。


(すごいなぁ……)


 詩乃ちゃんはやっぱりすごい。


 しばらく他愛ない話が続いた後、

 また一人、

 新しい子がフリースペースへやってきた。


「あっ、他の寮の友達と話し終わったの?」

「終わったよ〜。これ、ほんと便利だよねぇ」


 その子は首から下げた菊理(ククリ)を

 指先でつまんで見せた。


「だよねっ! 私たちもさっきやってみたんだ!」


 詩乃ちゃんが身を乗り出して話し始める。


「ふふっ、そうだね。詩乃ちゃんのびっくりした声、菊理(ククリ)とお風呂場の両方から聞こえてたよ」


「えーっ!? そうなのっ!?」


 頬を押さえて慌てる詩乃ちゃんに、

 周りの子たちがつられるように笑った。


 その輪の中で笑いながら、

 ふと私は別のことを思い出していた。


(……そっか。他の寮の子とも話せるんだ)


 その瞬間、自然と浮かんだのは――


 カナタだった。


 鏡越しに目が合ったときのこと。


 手を振り返してくれたときのこと。


 明日になれば会えるかもしれない。


 でも、

 もしクラスが違ったら。


 思っていたより簡単には

 会えないのかもしれない。


(今、連絡したら迷惑かな……)


 少し迷って。


 でも結局。


 どうしても今、

 声が聞きたくなった。


 私はそっと詩乃ちゃんの近くへ寄る。


「詩乃ちゃん、私、ちょっと先に部屋戻ってるね」


 詩乃ちゃんは振り向いて、

 いつもの明るい笑顔で頷いた。


「うんっ、わかったっ!」


 私は小さく手を振って、

 その場を離れた。


◇ ◇ ◇


 静かな廊下を歩きながら、

 自分の部屋を目指す。


 鍵を差し込んで回すと、

 カチャリ、と小さな音がして扉が開いた。


 さっきまでいたばかりの部屋なのに、

 もう少しだけ“帰ってきた”みたいな

 気持ちになる。


 私は静かに扉を閉めた。


 ベッドの端に腰を下ろして、

 首から下げていた菊理(ククリ)をそっと外す。


 手のひらの上で、

 魔法石が静かに光っていた。


 カナタに聞きたいことが、

 いくつも浮かぶ。


 どこの寮になったのかな。


 菊理(ククリ)はどんな色になったんだろう。


 何人部屋なんだろう。


 でも――


(……やっぱり、いつもみたいに話そう)


 そう思って小さく深呼吸する。


 そして私は、菊理(ククリ)の魔法石を、

 トン、トン、と優しく二回タップした。


 静かに目を閉じて、

 カナタのことを思い浮かべる。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


「名前を呼ぶだけで繋がれる」という仕組みは、この学園らしい優しさのひとつかなと思っています。


こういう瞬間を、これからも少しずつ描いていけたらと思います。


引き続きよろしくお願いします。

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