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ようこそ、弥生寮へ——入学

 詩乃ちゃんと同じ寮だった。


 その事実が嬉しくて、

 私たちは笑みが零れる。


「それじゃあ、寮の大広間に案内するねっ。先に来てる子たちも、もう待ってるから」


 弥生寮の先輩が、

 軽やかに身を翻した。


 私たちはその後を追いかける。


「わぁ……」


 案内されたのは、

 弥生寮の二階にある大広間だった。


 驚くほど広い空間。


 一面がガラス張りの壁からは、

 明るい光がたっぷり差し込んでいる。


 和と洋が見事に調和したその空間は、

 洗練されているのに

 どこか温かかった。


「すごーいっ! ここ、寮の大広間なんだ……!」


 詩乃ちゃんが目を輝かせながら、

 ぎゅっと私の手を握る。


 すでに半分ほどの新入生が席に着いていた。


 談笑している子。

 きょろきょろと周囲を見回している子。

 少し緊張した顔で座っている子。


 その空間には、

 不安と期待がほどよく混ざり合った、

 少し浮ついた空気が流れていた。


 私たちは空いている席を見つけて、

 並んで座る。


 周囲を見回してカナタを探した。


 でも、どれだけ目を凝らしても

 黒い鋼鉄マスクの姿は

 どこにも見当たらなかった。


(……やっぱり、違う寮だったんだ)


 ほんの少しだけ、

 胸の奥がきゅっと締めつけられる。


「見て見て、莉愛ちゃんっ!」


 詩乃ちゃんが身を寄せてきた。


「莉愛ちゃんのお兄さんみたいに、ペンダントに色がついたよっ!」


 そう言って見せてくれた菊理(ククリ)は、

 さっきまでの銀色だけの姿とは

 少し違っていた。


 オーロラ色の魔法石の周りに、

 紅梅色の花弁と、

 淡い青藤色の装飾が散りばめられている。


 まるで小さなステンドグラスみたいだった。


 私も自分の胸元のペンダントを

 そっと手に取る。


「わぁ……」


 自然と声が漏れた。


 それはきっと、

 さっき鏡の中で見た色だった。


 紅梅の花。


 白猫の毛並み。


 それから――あの子の青い瞳。


「さっきの鏡の中にあった色だよね」


「うんっ! きっとそうだよねっ!」


 詩乃ちゃんが嬉しそうに頷く。


 そのとき、

 大広間の扉が静かに開いた。


 落ち着いた雰囲気の先輩たちが、

 整然と中へ入ってくる。


 そのまま前方のステージのような場所に並び、

 中央に立った男女二人が一歩前へ出た。


「皆さん、ようこそ弥生寮へ」


 眼鏡をかけた黒髪の男子生徒が、

 落ち着いた声で話し始める。


「私はここ、弥生寮の寮長、翔(かける)です」


「私は、副寮長の京香(きょうか)です」


 栗色の髪を後ろで束ねた先輩が、

 柔らかく微笑んだ。


 そこから、

 弥生寮についての説明が始まった。


 自由と対話を大切にすること。


 シンボルは梅の花と猫であること。


 談話室や食堂、大浴場の使い方。


 そして、部屋についての説明へと移る。


「寮では、二人から六人のグループで部屋を使ってもらいます」


 京香副寮長が言った。


「皆さんの相性や魔力の響き方を基に、こちらで調整しています」


(部屋割りも……そうやって決まるんだ)


 私は隣の詩乃ちゃんを見る。


 目が合うと、

 詩乃ちゃんはふにゃっと笑った。


「部屋も一緒だといいねっ!」


「うんっ」


 そして少しして――


「次は、莉愛さんと詩乃さん。ご案内します」


 私たちの名前が呼ばれた。


 一瞬きょとんとしてから、

 詩乃ちゃんがぱっと笑顔になる。


「やったっ! 一緒だーっ!」


 私もつられて笑ってしまった。


 そして一緒に前へ行く。


「あれ、さっきのお友達同士の子だ!」


 私たちを迎えたのは、

 さっき弥生寮で歓迎してくれた

 あの明るい先輩だった。


「私、楓(かえで)って言います。女子寮五班の班長してるよっ。よろしくねっ」


 太陽みたいに明るい人だった。


 ポニーテールがよく似合っていて、

 話すだけで心が軽くなるような先輩だ。


「それじゃあ、部屋まで案内するね〜。荷物ももう運ばれてるから安心してっ」


 楓先輩について歩いていくと、

 やがてエレベーターホールへ着いた。


 壁には寮のシンボルである梅の木が描かれ、

 柔らかな光を受けてほんのり輝いている。


「こっちが男子寮行きで、こっちが女子寮行きね。間違えて入るとブザーが鳴って動かなくなるから注意してねっ」


 楓先輩が指差したのは、

 右手側の女子寮行きのエレベーターだった。


 私たちがその前で待っていると、

 不意に後ろの案内の声が耳に入る。


「はい、じゃあ乗って〜」


 何となく気になって、

 男子寮行きの方へ目を向けた。


 ――その瞬間だった。


(……えっ?)


 エレベーターへ乗り込んでいたのは、

 私と同じ制服を着た生徒だった。


 短い銀色の髪。


 私たちと同じスカートの制服。


 それなのに。


 その子は自然に

 男子寮行きのエレベーターへ乗っていく。


 周りの男子たちも、

 案内している先輩も、

 誰ひとり驚いた様子はなかった。


 扉が閉まる。


 その姿は、

 静かに上の階へ消えていった。


 私はただ呆然と、

 その光景を見送ることしかできなかった。


「よし、それじゃあ乗るよ〜」


 楓先輩に促されて、

 私たちは女子寮行きのエレベーターへ

 乗り込む。


 扉が閉まり、静かに上昇を始めた。


 中の壁には、

 影絵みたいな猫たちが描かれている。


 丸くなって眠っている子。


 毛づくろいをしている子。


 こちらを見上げている子。


「可愛い〜……」


 詩乃ちゃんが、

 そっと一匹の猫に指を伸ばした。


 その瞬間――


 ふわっ、と

 その猫が前足を伸ばして、

 じゃれつくように動いた。


「わっ!? 動いたっ!」


 思わず二人で目を丸くする。


「ふふっ、驚いた? それ、視覚魔法なの」


 楓先輩がくすっと笑った。


「可愛いでしょ〜。あの子、遊んでもらうのが好きなんだ〜」


 エレベーターの中の空気が、

 少しだけやわらぐ。


 でも私は、

 さっき見たあの子のことが

 頭から離れなかった。


 男子寮へ乗っていった、あの女の子。


 あれは、どういうことなんだろう。



◇ ◇ ◇



 十九階でエレベーターを降りた後、

 私たちは部屋まで案内された。


 楓先輩が鍵を回して扉を開ける。


「「わぁ……!」」


 思わず、詩乃ちゃんと声が揃った。


 そこは、綺麗な二人部屋だった。


 ベッドも机も二つずつ並んでいて、

 私たちの荷物ももう運び込まれている。


 新しいのに、どこか落ち着く部屋。


 楓先輩が、お風呂やトイレ、

 クローゼットの場所を

 ひと通り説明してくれる。


「それと、男子寮へは緊急時以外ぜーったいに行っちゃダメだからねっ!」


 明るい口調だったけど、

 そこだけは少しだけ強めだった。


 その言葉を聞いて、

 私はさっきのことを思い出す。


 そして、思い切って聞いてみた。


「あの……質問してもいいですか?」


「もちろんっ!」


 楓先輩がにこっと笑う。


「さっき、男子寮行きのエレベーターに、女の子が乗っていくのを見て……」


「えっ!?」


 隣で詩乃ちゃんが驚いた声を上げた。


 でも、楓先輩はどこか納得したように頷く。


 そして少しだけ言葉を選ぶようにしてから、

 続けた。


「寮のこと、“男子寮”“女子寮”って呼んでるけど、正しくは“男身寮”と“女身寮”って言うの」


「だんしん……じょしん……?」


 私が聞き返すと、楓先輩は優しく頷いた。


「この学園って、いろんな子が集まってくるでしょ? 本当は一人ひとりにぴったり合わせられたらいいんだけど、寮と学園は“身体”を基準に分けてるんだって」


 私は静かにその言葉を聞く。


「でも、それで終わりじゃないよ」


 楓先輩の声は穏やかだった。


「その子が安心して過ごせるように、部屋の人数を調整したり、一緒の子を考えたり、ちゃんと工夫してるの」


 私は小さく息をついた。


 この学園は、

 誰かを置いていかないように

 考えてくれている。


 そう思うと、

 胸の奥が少しだけ温かくなった。


「じゃあ、質問はもう大丈夫そうかな?」


 楓先輩が笑う。


 私たちは揃って頷いた。


「はいっ」


「よしっ。それじゃ、歓迎会までゆっくりしててね!」


 そう言って楓先輩は

 軽やかに部屋を出ていった。


 扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。


 私はもう一度、部屋の中を見回した。


 並んだ机。


 ふかふかそうなベッド。


 猫足のローテーブルと、二人掛けのソファ。


 おしゃれで、大人っぽくて、

 でもどこか安心する場所。


「ちょっとだけ、実感わいてきたかも」


 私がぽつりと呟くと、

 詩乃ちゃんがぱっと笑った。


「ねっ! ここで一緒に暮らすんだねっ!」


 その言葉に、胸の奥がふわりと温かくなる。


 ――だけど同時に、

 あの銀色の短髪の子の姿が

 また脳裏をよぎった。


 男子寮へ向かった、あの子。


 あの子は、一体どんな子なんだろう。


 そんなことを思いながら、

 私はそっと胸元の菊理(ククリ)に触れた。


 新しい部屋。


 新しい寮。


 新しい生活。


 その全部の中に、

 まだ知らない何かが、

 静かに待っている気がした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


弥生寮での生活が、少しずつ動き出しました。


この学園がどんな場所なのか、

これからゆっくり描いていけたらと思っています。


引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
拝読いたしました。 魔械義肢や五感魔法に支えられた日常描写がとても自然で、綿密に世界観が練られていることを強く感じました。 家族との温かなやり取りや友人たちとの交流を通じて、莉愛が少しずつ大人びてい…
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