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地上授業——同じものを食べたい

本日夕方、もう一話投稿します。

 思わず、足が止まった。


 目の前には、

 農家さんが育てている畑が広がっていた。


 土の(うね)がまっすぐ伸び、

 にんじんの葉が揺れている。


 じゃがいも、たまねぎ——


 野菜たちが、

 当たり前みたいに土から育っていた。


 少し離れた場所には、

 屋根つきの調理場も見える。


 今日作るのは、カレーらしい。


「「「わぁ〜……!」」」


 私たちの声が綺麗に重なった。


「これが、畑……」


 詩乃ちゃんが目を丸くして呟く。


「ね。本でしか見たことなかったよ」


「あたしも、授業で聞いただけっ!」


 なれちょまで素直に頷いている。


「それでは班ごとに役割を決めて、作業にかかってください」


 先生の声と同時に、

 あちこちの班が一斉に動き出す。


「さて、そんじゃ野菜採って——」


 玲央くんが言いかけた、そのとき。


「あたしとすみちゃん、調理場の準備するよっ!」


 なれちょが勢いよく手を挙げた。


「道具とか先に出しとかなきゃでしょ?」


 みんなの動きが、一瞬止まる。

 ……確かに、それも必要だ。


 玲央くんが少し目を見開いて、

 それから苦笑した。


「……あー、そうだな。じゃあ二人はそっち頼む」


「はーいっ!」


 なれちょはすみちゃんの腕を掴むと、

 そのまま調理場へ駆けていった。


 すみちゃんは小さく揺れながら、

 されるがまま引っ張られていく。


 拓斗は私たちへ視線を向けた。


「じゃ、俺らは火まわりやるか」


 玲央くんが袖をまくる。


「任せろ」


「やる気だな」


「心得がある」


「なるほど」


 拓斗が即座に返す。


 玲央くんと拓斗、それにカナタが

 かまどの方へ向かっていく。


『薪、乾いてるの選ぶね』


 カナタの機械混じりの声が、

 いつも通り落ち着いて響いた。


「それじゃ、あたしたちは野菜を採りましょうか」


「うんっ!」


 詩乃ちゃんが張り切って腕を上げる。


「切るの、任せてっ!」


「まだ採ってもいないよ?」


「はっ!」


 詩乃ちゃんの動きが止まる。


 優ちゃんがくすっと笑った。


 こうして、私たちの班の調理実習が始まった。


◇ ◇ ◇


 八人分の野菜を収穫し、私たちは調理場へ戻った。


 少し離れたところでは、

 玲央くんが石を組んでかまどを整え、

 拓斗が大きな石を運び、

 カナタが薪を抱えて歩いている。


「あっ、こっちこっちー!」


 調理場から、なれちょが大きく手を振った。

 その隣では、すみちゃんが黙々と器具を洗っている。


「道具の準備、ありがとー!」


「どういたしましてっ!」


 なれちょが胸を張る。


 並べられていたのは、

 フライパン、お玉、包丁、まな板、皿、カトラリー。


 そしてカレーのルー。

 ……と、大量のチョコ。


「……なれちょ。このチョコは、何かしら……?」


 優ちゃんが顔を引きつらせながら尋ねた。


「あのねっ、ルーの近くにいっぱい置いてあってねっ!」


「前に、カレーにチョコ入れると美味しいって聞いたのっ!」


「だから、たくさん持ってきたっ!」


 聞いたことはある。

 でも、これは多い。


「そ、それって……隠し味ってことじゃないかな……?」


「えーっ? でも甘いほうが美味しいじゃんっ!」


「うーん……」


 私と詩乃ちゃんと優ちゃんは、そっと目を合わせた。


 きっと考えていることは同じだった。


(((なれちょに鍋を任せちゃダメだ)))


 無言で、小さく頷き合う。


「さて、それじゃあ野菜を洗いましょう」


 優ちゃんがぱちんと手を合わせ、場を仕切った。


「お鍋は任せ——」


「なれちょっ、一緒に野菜洗おうっ!」


 私は咄嗟に声を上げた。


「えっ! うんっ、いいよっ! すみちゃんもやろっ!」


 なれちょは即座に方向転換し、

 すみちゃんの腕を引いて水道へ向かう。


 私たちは、そっと息をついた。


 しばらくして。


「じゃあ、洗い終わったしお鍋——」


「なれちょっ! 皮むくの手伝って!」


「えっ! いいよー!」


 数分後。


「今度こそ味見——」


「なれちょ、ご飯を炊いてくれるっ?」


「任せてっ!」


 それからも、

 なれちょがお鍋へ近づくたびに、

 私たちは全力で別の仕事を与え続けた。


 気づけばその間に、

 優ちゃんが鍋をほとんど仕上げてくれていた。


◇ ◇ ◇


 お鍋から、ぐつぐつと煮える音が響く。


 食欲をそそる香りが、

 辺りいっぱいに広がった。


「できたみたいだな」


 玲央くんの声に、

 みんな一斉に顔を上げる。


「今からでもチョコを——」


「なれちょっ! ご飯盛ろう!」


「いいよっ!」


 最後まで気は抜けない。


 詩乃ちゃんがなれちょを引きつけてくれている間に、

 私は鍋の端から具を避けながらルーをすくい、

 マグカップへ注いだ。


 そこへお湯を足し、

 ゆっくりとかき混ぜる。


「あら、莉愛は何をしているの?」


 後ろから優ちゃんの声がした。


「カナタ用に、具のないカレースープを作ってるの」


「あら、いいじゃない」


 優ちゃんが覗き込み、柔らかく笑う。


「みんなで作ったもの、同じようにいただきたいものね」


「うんっ」


 もう一度かき混ぜる。


 カナタのチョーカーでも飲めるように、

 少しだけ丁寧に。


「二人ともー! できたよー!」


 詩乃ちゃんの明るい声が響いた。


 私と優ちゃんは顔を見合わせ、

 出来上がった皿が並ぶテーブルへ向かう。


 そのそばで、

 カナタだけがまだ座らずに立っていた。


「カナタ」


『ん?』


 振り向いた顔が、

 ほんの少しだけ寂しそうに見えた。


「はい、これ」


 マグカップを差し出す。


『……これは?』


「みんなで作ったカレーで作った、カレースープ」


「同じもの、食べたいなって思って」


 カナタは一度、私を見た。


 ほんの少しだけ、

 驚いたように目を見開く。


 それからマグカップへ視線を落とし、

 そっと両手で受け取った。


 大事なものに触れるみたいだった。


『……ありがとう』


 機械混じりの声が、

 いつもより少しだけ柔らかい。


 目元が細くなる。


 それだけで、

 胸の奥がふわりと温かくなり、

 頬がゆるんだ。


「おーい、お二人さん。座れー」


 玲央くんが手を振る。


「冷めるぞー!」


「はーいっ」


 カナタと目が合って、

 どちらからともなく笑った。


 私たちは並んで座る。


「「「いただきます!」」」


 八人の声が重なる。


 地上で食べる初めての夕食は、

 たぶん今までで、一番温かかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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