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八人班と、やさしい歌

「でしょー! あっ、でも——」


 なれちょは、

 何か楽しいことを思いついたみたいに

 ぱっと顔を明るくした。


「詩乃ちゃんの名前は、地味だよねっ」


 ——その瞬間。


 明るくなりかかった空気が、

 すうっと引いていった。


 誰も、すぐには声を出せなかった。


 玲央くんが目を瞬かせ、

 優ちゃんの笑顔が止まる。


 拓斗は露骨に眉をひそめ、

 カナタの視線も鋭くなった。


「……え?」


 詩乃ちゃんは、

 きょとんとした顔して

 小さく首を傾げる。


 なれちょはみんなの様子に気づかないまま、

 にこにこと言葉を続けた。


「莉愛ちゃんはキラキラしてるけど、詩乃ちゃんはおばあちゃんみた〜い!」


「……えっと……そう、だね……」


 詩乃ちゃんは笑った。

 いつもの、ふわっとした笑い方。


 でも声だけが、ほんの少し沈んでいた。


(詩乃ちゃん……)


 考えるより先に、

 私は詩乃ちゃんの手を握っていた。


 詩乃ちゃんがはっとして私を見る。


 それから、小さく笑った。


「あっ! だったら詩乃ちゃんも、あだ名にしたらいいのにっ!」


 なれちょだけが、

 何事もなかったみたいに弾んだ声を出す。


 空気を変えるため、

 私は慌ててその言葉に乗った。


「っ……ど、どうして、“なれちょ”ってあだ名なの?」


「初等部のときに、みんなが考えてくれたのっ」


 笑顔で胸を張る。


「可愛いでしょ〜?」


「う、う〜ん……」


 返事に困っていると、

 なれちょが何かに気づいたように顔を上げた。


「あっ」


 そのまま、教室の隅へ駆けていく。


 視線の先には、

 部屋の端でひとり静かに立っている女子がいた。


 なれちょは迷いなくその子の前に立つと、

 何かを明るく話しかける。


 相手の子は驚いたように目を瞬かせ、

 小さく何かを返した。


 次の瞬間。


 なれちょはその子の手を引いて、

 こちらへ戻ってきた。


「この子も入ったよっ!」


(えっ!?)


 “入れていい?”じゃなくて、

 もう決定事項みたいな言い方だった。


 優ちゃんがこめかみに手を当てる。


 玲央くんが小さく息を吐いて、

 静かな子へ視線を向けた。


「……君は、それでいいのか?」


「……別に」


 小さな声だった。


 でも嫌そうではなくて、

 ただ戸惑っているようにも見える。


「ちょっとー、暗いってばっ」


 なれちょはその子の肩に腕を回して笑う。


「大丈夫っ。あたしと一緒にいれば楽しいから!」


「…………」


 静かな子は少しだけ目を伏せて、

 それから小さく頷いた。


 その表情が、

 ほんの少しだけやわらいだ気がした。


(……そっか)


 なれちょは、

 ひとりでいる子を放っておけなかったんだ。


 やり方は強引だけど。


「……じゃあ、うちは八人班でいきましょうか」


 優ちゃんがいつもの調子でまとめる。


「そうだな」


 玲央くんは静かな子へ目線を合わせた。


「嫌だったら、ちゃんと言えよ」


 それから、なれちょを見る。


「……この子、困らせるなよ」


「もちろんっ! 任せてっ!」


 なれちょは得意げに胸を張って、

 その子の腕にぎゅっとしがみついた。


 その子は少しだけ困った顔をしていた。


 悪気は、ないんだと思う。


 ……たぶん。


 その様子を見ていた拓斗が、

 小さく鼻で笑った。


「……任せて、ね」


 声は低く、

 褒めているようには聞こえなかった。


 視線の先では、

 なれちょが静かな子の返事も待たずに

 あれこれ話しかけている。


 拓斗はそれ以上何も言わず、

 面倒そうに視線を逸らした。


 隣では、カナタが静かにその光景を見ていた。

 切れ長の目が、ほんの少しだけ細くなる。


『…………』


 何も言わない。


 でも、

 その視線だけがなれちょから離れなかった。


◇ ◇ ◇


 午後の金色の光が、長い影を道に落としていた。


 その日の下校は、

 私と詩乃ちゃん、そして拓斗も一緒だった。


 詩乃ちゃんを真ん中にして、三人で歩く。


 詩乃ちゃんはいつもより口数が多い。

 どこか無理をしているのがわかった。


(きっと、今日のこと……)


 拓斗も横目で詩乃ちゃんを見ていた。


 何も言わないけど、

 その視線には心配が滲んでいる。


「ねぇねぇ、詩乃ちゃん」


「なぁにっ?」


 詩乃ちゃんは笑顔で振り向いた。


 だけど、その笑顔は少しだけ力が入って見えた。


「……詩乃ちゃんの名前って、柔らかくて可愛いよ」


「えっ!」


 詩乃ちゃんの肩が、びくっと揺れる。


「“詩乃ちゃん”って呼ぶとね、なんだか元気になるの」


「呼ぶたびに、嬉しくなるんだ」


 詩乃ちゃんは、じっと私を見つめた。


 瞳が、少しだけ潤んでいる。


「……“詩”って字、綺麗だろ」


 拓斗が前を向いたまま、ぽつりと呟く。


「想いを言葉にして、歌にする字だ」


「地味なわけねぇよ」


 詩乃ちゃんが、今度は拓斗の方を見る。


 ぶっきらぼうなのに、

 ちゃんと優しい言い方だった。


「響きも漢字も、詩乃ちゃんにぴったりっ」


「……私、詩乃ちゃんの名前、大好きだよ」


 詩乃ちゃんは顔を伏せた。


 小さく鼻をすする音が聞こえる。


「……ありがとう」


 その声は、少し震えていた。


(……よかった)


 胸のつかえが、そっとほどける。


「……俺、あいつ無理」


「「え゛っ!?」」


 私と詩乃ちゃんの声がぴたりと重なる。


 変な声まで一緒だった。


「……ま、まぁ、ちょっと個性的な子だよね」


「あれが個性的で済むかよ」


 私のフォローは、一瞬で切り捨てられた。


「で、でもっ。一人の子に気づいてたよっ!」


 詩乃ちゃんも慌てて援護する。


「んで、勝手に班に入れただろ」


「俺ら、何も聞かれてねぇし」


「ゔっ……」


 詩乃ちゃんの援護も、あっけなく撃沈した。


「おまえら、優しすぎんだよ」


「えっ?」


 拓斗が呆れたように息を吐く。


「……そういうの、つけ込まれるぞ」


 詩乃ちゃんはきょとんとした後、ふわっと笑った。


「心配してくれてるんだ?」


「…………」


 拓斗は黙り込む。


「拓斗、顔赤ーい」


「……夕陽のせいだろ」


「夕陽? まだあそこだよ?」


 詩乃ちゃんが空を指さす。


 西の空には、

 まだ高いところから金色の光が降っていた。


 拓斗はさらに黙り込んだ。


 私と詩乃ちゃんは顔を見合わせ、

 くすっと笑う。


「じゃあ、みんなが仲良くできるように——」


 詩乃ちゃんが左腕を高く上げる。


「私が想いを言葉にして、歌ってみようかな!」


 きらきらした目が、そのまま拓斗へ向いた。


「拓斗くんみたいにっ!」


 拓斗が盛大に吹き出した。


「お前らなぁ……」


 その呆れた顔がおかしくて、

 私たちはとうとう声を上げて笑ってしまった。


 いよいよ地上授業が始まる。


 楽しみなはずなのに——


 なぜか胸の奥だけが、

 少し落ち着かなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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