いつもの六人と、知らない子
夏休みが終わって、やっとテストも終わった。
教室中の空気が、目に見えて軽い。
どこか浮き足立ったようなざわめきが、
廊下にも広がっていた。
それはただ、テストが終わったから——
それだけじゃない。
「莉愛ちゃーんっ!」
一瞬で周りの空気を明るくする声が、
私を呼んだ。
ロッカーの扉を閉めて振り向くと、
詩乃ちゃんがニコニコしながら駆け寄ってくる。
「もうすぐ“地上授業”だねっ。班ってどうやって決まるのかな?」
「どうだろうねぇ。自由だといいねっ」
そう言うと、詩乃ちゃんは
ぱちんと手を合わせた。
「そしたら、一緒の班になろうねっ!」
「うんっ!」
そのときだった。
教室の扉が開いて、カナタが出てくる。
「あっ、ねぇねぇ、カナタっ」
いつものように呼ぶと、カナタがこちらを見る。
切れ長の目が、ほんの少しやわらいだ。
『ん、なに?』
機械混じりの声で、いつも通りの返事。
それだけなのに、なんだか安心する。
「地上授業って、どんなことするんだろうね?」
『地上の自然から魔力を感知するのが主だって聞いたよ』
少しだけ間を置いて、
『あと、種蒔きと簡単な薬草の調合もあるって』
「わぁっ! おもしろそうっ!」
詩乃ちゃんが、ぱっと顔を輝かせる。
両手をぎゅっと握って、小さく跳ねた。
「地上って、“新年祭”でしか行ったことないから、すっごく楽しみ〜!」
「私もっ!」
思わず声が弾む。
空中大陸とは違う景色。
土の匂い。
風の感触。
まだ知らないものに触れられるのが、
少しだけくすぐったくて——
(……楽しみだな)
胸の奥が、静かに弾んだ。
* * *
次の日——
「それでは、地上授業の班決めを行いたいと思います」
日向先生の声に、
ざわめいていた教室が、すっと静まる。
「班は自由で構いません。人数は十人まで。もちろん一人でも可とします」
(やったっ!)
思わず詩乃ちゃんを見ると、
ぱちっと目が合った。
「それでは、どうぞ。騒がないように」
合図と同時に、
一斉に立ち上がるクラスメイトたち。
私は玲央くんと目を合わせて、
自然といつもの場所へ向かった。
カナタは私たちを確認すると目を細め、
拓斗はこちらを見て小さく笑った。
まるで最初から決まっていたみたいに、
いつもの六人が揃った。
少しだけ、ほっとする。
「まっ、こうなるわよね」
優ちゃんが、肩をすくめながら笑った。
「ね〜!」
詩乃ちゃんが私の腕に抱きつく。
みんなの顔を見る。
誰も何も言わないのに、ちゃんと揃っている。
それだけで、嬉しくなる。
「地上かぁ……」
腕を組んだ玲央くんが、ぽつりと呟いた。
「新年祭以外で降りたこと、ないな」
「ほとんどの人がそうでしょ」
優ちゃんが小さく笑う。
「カナタは? 教会のお手伝いとかで行ったことないの?」
私が聞くと、カナタは静かに首を振った。
『ないね』
「そっかぁ」
なんとなく、意外だった。
「拓斗くんは?」
今度は詩乃ちゃんが拓斗へ顔を向ける。
「まぁ……旅行で何回か」
「「おぉ〜っ!」」
私と詩乃ちゃんの声が、ぴたりと重なった。
拓斗が少しだけ眉をひそめる。
「なんだよ」
「泊まるところなんてあるんだっ!?」
詩乃ちゃんが目を丸くした。
「いくつかあるって聞いたわよ」
「すっごく高いみたいだけど」
優ちゃんがさらっと言う。
「「わぁ〜っ」」
また私と詩乃ちゃんの声が重なった。
思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
(さすが、拓斗のお家……)
そんな、何でもない会話。
楽しみと、少しの不安が混ざった、
柔らかい空気。
そのときだった——
「……ねぇ、あたしもいいっ?」
背後から明るい声がして、
私たちは同時に振り返った。
そこにいたのは、
同じクラスのはずなのに、
誰も名前をすぐ思い出せない女子だった。
赤く煌めくふわふわの長い髪に、
やたら明るい笑顔の子。
「……え?」
優ちゃんが素直に声を漏らす。
玲央くんも珍しく目を瞬かせている。
——誰だっけ。
そんな空気が、全員の間に流れた。
「……仲いい子と組まなくていいの?」
やんわりと尋ねると、彼女はにこっと笑った。
「ううん! あたし、みんなと仲良くなれる気がするのっ!」
一瞬、場が止まった。
質問の答えになっていない。
カナタと拓斗は無言で見ている。
表情こそ変わらないが、
少し警戒しているようだった。
玲央くんと優ちゃんは
困ったように顔を見合わせてる。
「そ、それなら……別に」
詩乃ちゃんが少し戸惑いながらも、
優しく笑って頷いた。
私もつられるように、小さく笑って頷く。
「……うん、いいよ」
「やった!」
彼女はぱっと顔を輝かせ、
躊躇いもなく、当然のように輪の中へ入ってきた。
「よろしくっ、なれちょって呼んで!」
私は思わず瞬きをした。
(……あれ、そんな名前だったっけ)
「よ、よろしくね。なれちょちゃん」
詩乃ちゃんがぎこちなく笑う。
「なれちょっ! “ちゃん”はいらないよっ」
「う、うん。わかったよ……」
その瞬間、拓斗だけが小さくため息を吐く。
思わず視線を向けると、目が合った。
拓斗は肩をすくめる。
「あたしっ、莉愛ちゃんと話したかったんだっ!」
「えっ」
急に名前を出されて、思わず肩を縮こませた。
「莉愛ちゃんって、可愛いじゃん!」
「っ……あ、ありがとう……」
どう返していいかわからなくて、
とっさにお礼を言った。
「双輪試走もすごかったし、みんな注目してるんだよっ」
「へっ!?」
注目されているなんて知らなかった。
急にそわそわして、どこかに隠れたくなる。
「“莉愛”っていう名前も可愛いよねっ! 響きも、漢字も!」
「あっ、わかるっ!」
詩乃ちゃんがすぐに頷いた。
「でしょー!」
なれちょが嬉しそうに笑う。
「あっ、でも——」
悪気のない顔のまま、言葉を続けた。
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