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2-9 久しぶりに丸一日、お守りから解放され

久しぶりに丸一日、お守りから解放され、体も動かして楽しく過ごした翌日、すっかり通いなれたペニンシュラの「ザ・ロビー」に顔を出すと、そこにいるはずの月見之介とリタの姿はどこにも見つからなかった。

LINE通話で電話をしてみてもつながらず、メッセージにも既読がつかないので、どうしたものかと思案していると、エリックから電話が来た。


「よう。

今何してるんだ?」

「クライアントのお守りをしようとペニンシュラまで来たところだ。

何か用?」

「ああ。

まさにおまえのクライアントの話なんだがな。

連中、昨日の昼からマカオに行ったぜ?」

「は?」


エリックが簡単に説明するところによると、英会話の初日の終わり際に、リタがマカオでギャンブルができる話をしたらしい。

月見之介が興味を示したので、実際に旅行する時に必要な英会話を、マカオに行って練習してみたらいいとリタが吹き込んだ。


「『それは、リタちゃんも一緒に来て、色々教えてくれるっていうことなのか?』って、おまえのクライアントが鼻息荒く聞いてきたって、リタが笑ってたよ。」


その光景があまりにも簡単に想像できて、僕は頭を抱えた。


「で、エリック、そのタイミングでリタから金の話を相談されて、あんたが2人のマカオ行きをコーディネートしたとか、そんなとこか?」

「話が早くて助かるよ、イーストタートル。

マンダリンオリエンタルのデラックス・ベイビュー・キングルームを6泊7日で抑えた。

翌日からの急な予約だったから、結構大変だったんだぜ、部屋押さえるの。」

「支払いは?」

「急なことだから、こっちで立て替えさせてもらったよ。

一応断っておくが、俺はリタにおまえに連絡する必要があるかないか、ちゃんと確認させたんだぜ?

そしたら、リタが言うには、月見之介からおまえに話すから大丈夫だって。

その声の様子じゃ、連絡来てないんだろうけどな。」

「何も聞いていない。」

「おまえも大変だな。

ま、それはともかく、手間賃込で、20,000香港ドル。

請求書は後でWhatsAppで送っておく。

来週の頭までには銀行振り込みなり手渡しなりで、金を容易してくれるとありがたい。」


20,000香港ドル。

日本円で25万円以上の金額だった。


「リタに連絡して、2人がどうしてるのか確認取るけど、構わないか?」

「そうだな、是非そうしろよ。

結構な金額だからな。

本当にマカオに2人がいるのか、納得いくまで確認しろ。

俺がおまえでも同じようにするんじゃないかな。」


通話を切って、WhatsAppで、エリックと話をしたことをリタに伝えると、すごく楽しそうに笑っている月見之介とリタのツーショットの写真が返信されてきた。

続いて、エッグタルトを食べさせあう2人の様子が写真で送られてきて、とりあえずは2人でいるらしいことは確認が取れた。

スマホのポップアップが、エリックからPDFが送られてきたことを通知したのでダウンロードしてみてみると、繁体字の中国語とアルファベットが併記された、思ったよりもずっとしっかりした請求書が表示された。

明細には、HKD20,000という標記の左側に、「澳門蜜月遊覧/Macau Honey Moon Excursion」と書かれていた。

いつのまに2人はハネムーン用のパッケージツアーに参加するような間柄になったのか問いただしたいところだった。

もっとも、そう聞いたところで、エリックなら「時間の問題だっただろう」と言い切っただろうが。



月見之介に連絡が欲しい旨、LINEで伝えたのだが、既読スルーのまま、返事は返ってこなかった。

一方、リタからは頼んでもいないのに、やたらと楽しそうにしている月見之介の写真がひっきりなしに送られてきた。

何の相談もなく2人分の飛行機チケット代に相当しそうな出費がされたことについて、一言言ってやらなきゃ気が済まない気分だった僕のささくれだった感情は、リタからの写真を見ているうちに落ち着いてきて、だんだん馬鹿々々しくなってきた。

いつのまにか、2人のデート風景を見せつけられるのにも嫌気がさしてきたので、WhatsAppでのリタとのトークのポップアップ通知を切った。

そのままスマホを触っていると、ジャニスから電話が来た。


「東亀ー、おはよう。

昨日はバドミントンつきあってくれてありがと。」

「こちらこそ、楽しかったよ。

たまに体動かすといいよね。

そんで、ジャニス、今日はどしたの?」

「んー、連日になっちゃうんだけど、今夜暇かなって思って。」


ジャニスの話によると、インディーズの対バンイベントが観塘(クントン)であるらしく、そこに知り合いのバンドがいくつか出演するとのことだった。


「まあ、ちっちゃな所帯なんだよね、香港のインディーズシーンって。

全員が全員の知り合いみたいなところがあって。

だから、まあ何人か知ってる子もいるから、紹介するよ。」

「うーん、紹介してほしいのは、僕にミュージシャンを、じゃなくて、月見之介に性格度外視のそれなりに可愛い女を、なんだけどな。」

「それはもうリタで終わった話じゃなくって?

まあ、とにかくさ。

電話なんかやめてさ、観塘で飲もうよ。」

「今すぐおいでよ、って?」

「今すぐじゃなくていいよ、今夜。

大丈夫?

まだ午前中なのに、酔っぱらってるの?」

「そういう歌が日本にあるんだよ。」

「意味わかんない。

東亀ってそういうところあるよね。」


僕は上手く言い返せず、合流するための時間と場所を確定させて電話を切った。

スマホをしまう前に、何となくリタとのトーク履歴を見ると、13枚も追加で写真が送られてきていたので、とりあえず既読にしておいた。

向こうは向こうで楽しんでいるようで、とりあえずは何よりだった。



ペニンシュラから地下鉄の駅の構内を通り抜けて重慶大厦(チョンキンマンション)に戻り、1階のインド人屋台街で昼ごはんを済ました後、宿で夜遊びに備えて仮眠を取った。

テレビとエアコンを点けっぱなしにして、ベッドで横になっていたら、思ったよりも早く眠りが訪れた。

浅い眠りだったので、タランティーノの「レザボア・ドックス」のワンシーンのような状況に巻き込まれるという、奇妙な夢を見た。

出演者は何故か全員インド人で、全員が自分以外の誰かに向けて銃を向けて怒鳴り合う中、僕はアイシュワラ・ラーイとディーピカー・パードゥコーンを両腕に抱きながら、赤ワインの色をしたネルソンのマシュマロソファにもたれてそれを眺めていた。


目を覚ますと、エアコンが利きすぎていて、少し喉が痛かった。

テレビを見ると、表示はまだ16時で、警察と市民がお互いに殴り合うという、映画なのかニュース映像なのかわからないような動画が流れていた。

リモコンでチャンネルをザッピングすると、レスリー・チャンがトニー・レオンとピアソラの音に合わせてタンゴを踊る映像が一瞬映ったかと思ったら、有料チャンネルに登録されていないという表示が英語と広東語で出たので、テレビのスイッチを落とした。

シャワーを浴びると、すでにいい時間になっていたので、着替えて尖沙咀(チムサーチョイ)から旺角(モンコック)へ移動する。

旺角の駅で荃湾(ツェンワン)線から観塘(クントン)線に乗り換える。

調景嶺(ティウゲンレン)行きの電車に乗る前に、プラットホームで待ち合わせていたジャニスと合流した。


「そういや、エリックだっけ?

この間のリタの誕生日パーティーで、東亀が話してた。

あいつも来るって。」


会ってすぐさま、挨拶もそこそこにジャニスが言った。


「マジか。

今はあんまり会いたくないんだけどな。」

「何で?」

「金払わなきゃいけないんだけど、まだ払ってないんだよ。」

「いや、意味わかんないんだけど。」


僕はジャニスに、月見之介とリタが昨日から2人でマカオに出かけているのをかいつまんで説明した。


「なんだろう、詐欺じゃないの、それ?」

「いやそれがさ、そうでもなくて。

ほら、これ、見てよ。」


僕はスマホのスクリーンにリタとのトーク履歴を見せた。

昼寝する前に13枚送られていた写真の枚数は、すでに40枚を超えていた。


「うわぁ。」


ジャニスは僕の操作するスマホをの画面を追っていく。

テンポよく次々に写真を見ていると、2人が同じベッドにうつ伏せで横になっている写真がでてきた。


「うわぁ。」


さらにスマホをスワイプすると、月見之介がキメ顔でリタの腰に腕を回して、2人で笑顔を作った。


「うわぁ。」


ジャニスがかぶりつくように顔を寄せてきたので、スマホを手渡した。

地下鉄に揺られながら、気のすむまで左右にスワイプした後、ジャニスはスマホを僕に返して言った。


「東亀さ、これ、まだ月見之介に女の子誰か紹介する必要ある?」

「いや、あの、その、つまり。」

「多けりゃ多いほどいいってもんじゃないよね?」

「いや、まあ、その、確かに。」


さっきの電話と同じように、しどろもどろになる僕を後目に、しかしまあ随分展開の早い話だとかなんとか、ジャニスはぶつぶつ言っていた。

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