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2-8 ジャニスが寝るようになったその男は

ジャニスが寝るようになったその男は、背が低くて華奢だったが、つり目がちの大きな瞳が意志の強さを感じさせるやり手の起業家だった。


「いかにも香港出身って感じのサイズ感の体なのに、やたらキビキビ動くんだよね。

で、目つきが鋭くて、頭も切れれば口も悪いし、皮肉屋で、でも仕事ができる。

悔しいけど、顔も性格も好みだったんだ。

特に仕事ができるところがすごくかっこよく見えた。」


どう聞いても、サイコパス気味のモラハラ男にしか思えなかったが、そういう男が往々にして仕事ができて、社会的に成功しているのは香港でも同じらしい。


何度か会ううちに、ジャニスが仕事をクビになったことを知った彼は、自分の経営している貿易会社や飲食店関連の細々とした仕事をジャニスに回してきた。

収入源がなくなっていたジャニスしてみればありがたい話で、一も二もなくオファーされた仕事に飛びついた。


そのような具合で、雇用者・被雇用者の関係になりつつもセフレでもある状況が1ヶ月弱続いたある金曜日の午後、ジャニスは金鐘(アドミラルティ)のカフェに呼び出された。

いつも彼と会う時は九龍半島側だったことから、わざわざ香港島に呼び出すなんてどうしたんだろう、と訝しながら指定された場所に向かったジャニスが待ち合わせ場所に着くと、そこにいたのは彼ともう1人、彼よりもジャニスよりも10歳は年上に見える妙に身なりのいい別の女だった。


「食事会の時の与太話、こんなビジネスはどうかっていうアイデアの中に、アパレル関係のがあったんだよね。

ヨーロッパの、イギリスかどこかで、センスある服飾関係の学生か個人作家の、一点物の作品の権利を安値で買い叩いて、東莞か広州のアパレル工場に持ち込んで数を作って売ったらどうかって話。

それを起業家仲間に話したら、何人かが興味を示したって言うんだ。

で、そのうちの一人がその女で、紹介したいと思って連れてきたんだって。」

「なんか、話が早いね。

むしろ早すぎるというか。」

「あたしもそう思ったんだけど、どうも起業家の連中はそういうものみたいでさ。

で、その連れてきた女は中国本土(メインランド)の工場にツテがあって、商品の実物があれば小ロットから生産してくれるところを知ってるって言うんだ。

あたしの前の仕事がアパレル関係で、ショップでもオンラインでも販売の管理とか、マーケティングの戦略を現場の店舗に落とし込むのとか、売上の管理とかも含めて、バックヤードの仕事は一通りできるっていうのはその男が話してたみたいで、あたしにやる気があるなら、出資してもいいって。」

「こりゃ、早いと言うよりも、むしろうますぎる話だね。」

「あたしもそう思った。

投資詐欺なのかなって考えたんだけど、その割にはあたしが出資するのは1000USドルでいいって言うんだ。

その分、実務で動けってさ。

で、男の方がイギリスにツテがあるから、来月からちょっと市場視察で行ってみて、ものになりそうなら実際に作家とコンタクトを取って、サンプルを持ち帰ろうって話になった。

その女が彼に馴れ馴れしいのがちょっと気になったけど、まあテンションの上がる話だったんだ。

仕事をクビになったと思ったら、急に面白そうな話が舞い込んできて、しかもそれが自分のやりたいアパレル関係って、一昔前の韓流ドラマよりもご都合主義な展開だよね。」

「確かに。

新しい恋人と、2人でヨーロッパに出張っていうのは、でき過ぎな話だね。」

「舞い上がってたと言われれば、舞い上がってた。

その日から出発まで、彼の起業家仲間とか、スポンサーとか、職業投資家とかと週3ペースで会って顔を繋いで、空いてる時間に事業計画書を作って、パワーポイントのデータにプレゼン資料を起こしたりもして、とにかく忙しかった。

そんなことしても誰かがお金をくれる訳じゃないのに、もしかしたらこれが自分のビジネスになるかもしれないと思うと、楽しくってさ。」

「アドレナリンが出てたんだろうね。」


あっという間に次の月になり、ジャニスと彼はキャセイパシフィックのエコノミークラスで香港からヒースローに飛んだ。

ロンドンでは男の知り合いのフラットを転々とした後に、ウィルスデン・グリーンのフラットをAirbnbで見つけて、とりあえず2ヶ月滞在できるように手配した。

それからは、ジャニス1人でハンドメイドの一点物の商品を探して、ロンドン中を駆けずり回った。

カムデンやノッティング・ヒルのフリーマーケットに行ってはハンドメイドの良い服や雑貨を探し、アパレル関連の展示会があれば入場料を払って参加し、商品になりそうなものを物色した。

元々はレディースの服や雑貨に焦点を絞っていたが、ネットワーキングの一環と割り切って、メンズの商品ばかりの展示会にも顔を出した。

2週間もする頃には、韓国人やマレーシア人、インド人やメキシコ人のバイヤーと顔見知りになり、情報交換するようになっていた。


「なんか、随分忙しそうに聞こえるけど、その間、一緒にロンドンまで来た例の男はどうしてたの?」

「たまに一緒に展示会に来てたりしてたけど、他の仕事の対応があるからって、サウサンプトンとかフェリックストーだとかいう、聞いたことのない場所に出張に出かけてた。。

そういや1回、ロッテルダムにも行ったんじゃなかったかな。

まあ、よくわかんない。

今から思うと、全部嘘だったのかもしれないし。

でも、良さそうな商品があって、しかも作家さんともコンタクトが取れそうな見込みがある時は必ず連絡してたよ。」

「なんだかドライな話だね。

てっきりもっと甘々なエピソードが出てくるかと思ってたんだけど。」

「それは確かにそうなんだよね。

もうちょっと、ロマンチックな感じになるのかなあと期待してなかった訳じゃないんだけど、イギリスに着いたら、とにかく時間が限られてるって意識が強くて、一緒にベッドでゴロゴロするって雰囲気じゃなかったんだよね。」


いくつかめぼしい商品を見つけて、数人の作家とライセンス生産の契約について交渉を済ませた頃には既に2ヶ月目も半ばを過ぎていた。

香港から来た時にはスカスカだったスーツケースには、やたらとプリーツの入った布のバッグや、アフリカンパターンを上品にポイントで入れてある服を丁寧に梱包して入れた。

香港で紹介された、身なりのいい女にも連絡し、帰国予定日などの事務連絡と併せて、商品サンプルの写真をWhatsAppで送った。

知り合いになったバイヤーにはなにか面白い一点物のアイテムがあったら連絡をくれるように個別に頼んだ。


「でき過ぎって言ってもいいくらいに上手くいったんだ。

これで香港に戻ったら、今度は生産工場を押さえたり、販路をどうするか考えたり、マーケティングの仕方を打ち合わせしたり、やりたいことがたくさんあって、ワクワクしてたんだよ。」


ジャニスは楽しそうにそう言って、それから大きなため息をついた。


「帰国の日が近づいてきても、あの男はどっかに出かけてて帰ってこなかったから、フラットに残ってる荷物をどうするか聞いたら、帰国の前日に知り合いが片付けるからそのままでいいって言うの。

で、その通りに、どっかからハイエースで乗り付けた華人の男が何人か、彼の荷物を全部持って行った。

荷物の引き取りが終わったのを教えようとして電話したら、次の日にヒースロー空港で合流するから、一緒の便で香港に帰れるって言うんだよ。

モヤモヤしたけど、まあ仕方ないかと思って、次の日ヒースローに行ったんだ。

そしたら、あいつ、来なかったんだよ。

後でわかったんだけど、起業家から集めたお金の半分を使い込んで、イギリスで知り合った人民解放軍の幹部のご令嬢に貢いでたんだ。

で、盛り上がった2人は残りのお金を全部持って、その前の日には手に手を取って仲良く一緒にオーストラリアに出国してたんだってさ。

笑っちゃうでしょ?

香港に戻ってから出資者のみなさんに鬼詰めされたあたしは、全くもって笑ってる余裕なんてなかったけどね。」

資料探しを兼ねて、ロンドンで開催されてる展示会の情報をいろいろ検索したのですが、めちゃめちゃおもしろそうな物がいくつか…

Jacket Required Londonとか、FROCK ME! VINTAGE FASHION FAIRとか、是非とも見に行きたいんですが、COVID-19ニキ、早いとこなんとかなりませんかね。

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