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2-4 世間一般に、生まれて初めて女であることの意味を

世間一般に、生まれて初めて女であることの意味を女性が考えるのは、大体何歳くらいなのだろうか。


いくつからでも、いくつになっても女は女、というような意味のことは、学校やら飲み屋やらで仲良くなった女の子たちが、まるでこの世界でも一番重要な秘密を打ち明けるみたいに何度かこっそり教えてくれた。

幼稚園の時からお気に入りの男の子というのはいるし、決まった相手と長年住んで年を重ねた後になっても、ふとした拍子によく知らない他の誰かに心が揺れ動くこともあるのだそうだ。


「それを『女だから』という理由で、半ば諦めながら、ありのままを受け入れようとするのが女の生き方なの。

だから男の人にも同じように、ありのままを受け入れて欲しいってのが本音なんだよ。」


興味深いのは、そう主張しているのが中国本土で生まれ育った女性だということだ。

違う文化圏の違うイデオロギーでは恋愛模様も違うものだとばかり思っていたのだが、人というのは思ったよりも種としての特性に心理的な影響を受けているらしい。


僕の目の前にいる難しい名前の中国人女子は、20世紀半ばによくいた演説の上手い政治家のように、女であることの意味を熱弁している。

彼女の横では、月見之介がつまらなそうにスマホをいじっていて、さらにテーブル挟んだ向かい、僕の隣にいるジャニスがそれを見て苦笑いを浮かべる。


なんでこんな混み入った話になったのか、経緯がよくわからないのだが、とりあえず、食事会はあまり上手くいっていなかった。


「東亀は、年上の女はいくつ上くらいまで付き合える?」

「どうかな、あんまり考えたことなかったな。

10歳くらい上までなら実績があるんだけど。」

「それ、いくつの時の話?」

「24歳の時かな。」

「じゃあ34歳までは守備範囲ってことね。」


中国人女子は笑う爬虫類のように、口元を緩めて歯を見せた。

僕は怖くて彼女の年齢が聞けなかった。


「そういえば、月見之介さんも、今年34歳なんだよ。」

「へえ、そうなんだ。

もっと若いかと思ってた。」


僕の雑な話題の変え方にジャニスが乗ってくれる。

月見之介は自分の名前が呼ばれたことに反応して、スマホの画面から顔を上げた。


「何の話だ?」

「月見之介さんが今年で34歳になるって話ですよ。」

「ねえ、月見之介は、年上だったら何歳上まで付き合える?」

「東亀よ、ジャニスちゃんはなんて言っているんだ?」

「月見之介さんは、何歳年上の女性まで付き合えるかって聞いてますよ。」

「年下の女にそんなこと聞かれてもな。

そんな見え透いた、雑な話の振り方されても困るぞ。」

「気を使ってくれてるんですよ。

多少は社交的に振る舞ってくださいよ。」


そんな話を日本語でしていると、中国人女子がトイレに立った。

月見之介はモデルのように歩いていくカクテルドレス体系の彼女を目で追う。

ジャニスがそれを見て、また苦笑いする。


「月見之介、彼女のこと、見た目はそれなりに好みみたいだね。」

「隣に座っている時は目すら合わせないけどね。

もうちょっと愛想よく、社交的に振る舞ってくれって今言ったところなんだけど。」

「まあ、そうだね、もうちょっと愛想よくてもいいかも。

東亀、通訳してよ。」


ジャニスは月見之介に向かって微笑む。


「月見之介、彼女のことはどう思う?」


あまりに直なジャニスの物言いにためらいつつも、日本語で月見之介に聞き直す。


「まあ、綺麗な女だな。」

「彼女のこと、好き?」

「見た目は好みだな。

性格は、正直よくわからんが。」

「彼女とは職場の同僚を介して知り合ったんだ。

お互いファッションに興味があって、販売の仕事が長いから、時々会うようになったんだけどね。」

「ジャニスちゃんとは随分違うタイプに見えるんだがな。」

中国本土出身の子(メインランダー)にしては、彼女は話が成立する方なんだよ。

違うタイプってのは月見之介の言う通りかもしれないけど。」


月見之介は肩を竦めた。

僕も通訳としてではなく、ジャニスと2人でこんな話をしていたら、やはり肩を竦めていただろう。


「月見之介は、この後予定ある?」

「いや、特には。」

「友達の誕生日パーティーがあるんだけど、良かったら顔を出してみない?」

「飲み足りないというのが本音だが、言葉の通じない連中と話すのはあんまり気が乗らんな。」

「日本語を勉強中って女の子が何人かいて、年上の日本の男と今日ご飯を食べるって言ったら、是非誕生日パーティーにも連れて来いって。」


月見之介の鼻が少し膨らんだ。


「東亀よ、おまえはどう思う?」

「別にいいんじゃないですか?

明日も特に予定があるわけじゃないですし。

あんまり面白くなかったらタクシーで帰れば済む話です。」


月見之介は考えるような表情を見せた。

面子の問題なのはわかるが、もうバレバレなのでそんなに取り繕わなくてもいいんじゃないかと思う。


「東亀が行ってみたいそうだから、ちょっと顔を出してみるかな。」

「おー、やった! みんな喜ぶよ。」


こういうやりとりを延々と通訳するのに疲れてきていたので、僕としても渡りに船だった。

誰のどんな誕生日パーティーかは知らないが、女性の日本語話者を見つけて、月見之介の相手役をなすりつけられれば本望だ。


この前と同じように、ジャニスが広東語で伝票を頼んだ。

カクテルドレス体系の爬虫類系女子がこっちに戻ってくるのが見える。

化粧を直してきたようで、唇がさっきよりもてかっていた。

今から行くパーティーで、月見之介だけじゃなく、彼女のありのままを受け入れてくれる度量のある男も見つかったら、みんな幸せになれるはずなのだが。



銅鑼湾(コーズウェイベイ)からタクシーで移動し、ようやく蘭桂坊(ランカイフォン)に着くころには夜の10時を回っていた。

にぎやかなパブだかクラブだかの横、雑居ビルの上の階に続く狭い廊下を奥へ進むとエレベーターがある。

4階でエレベーターを降りると、暗い照明の中に店のエントランスが浮かんでいる。

受付にいるスタッフに、ジャニスがスマートフォンの画面を見せている。

貸し切り営業にでもしてあるのか、それとも予約席の客であることを証明するためのメッセージか何かを見せているのか。

少し待った後、店の中に通されると、大きなガラス窓が店内の右側に設けられていて、そこから蘭桂坊の街と、中環(セントラル)の巨大なビルのネオンが覗いていた。


店内には西洋人と東洋人が半々。

中東系やアフリカ系はいない。

帽子を被っている客ばかりだ。


「そういえば、パーティーのテーマ、帽子だった。

言うの忘れてたけど。」


ジャニスが悪びれずに言いながら、自分の鞄からハンチング帽を取り出す。

中国人女子も、いつのまにか大きなテンガロンハットを被っている。


「なきゃダメっていうんなら、誕生日の子におめでとうだけ言って帰るよ。」

「大丈夫じゃない?

たぶん、気にしないって言ってくれると思うよ。」


実際問題、その場にいる子たちは誰も帽子の有無なんて気にしていないようだった。

窓と反対側にあるバーカウンターでギネスのロゴが入ったグラスを傾けながら管を巻いている西洋人たちは帽子を被っていない。

あの連中がパーティーの参加者なのかどうかわからなかったが、少なくとも帽子のない人間がいてはいけないという雰囲気でもなかった。


ジャニスに連れられてソファ席の奥に行くと、Happy Birthdayという文字のサイリウムがくっついた背の高い王冠を頭に載せている女が、西洋人の男と東洋人の男に両脇を挟まれて大声で笑っているのに出くわした。

爬虫類っぽいテンガロンハット中国人女子が王冠女に声をかけて、ジャニスも話の輪に加わる。

しばらく広東語で、その後北京語で少しやりとりがあった後、ジャニスは英語で僕と月見之介を紹介した。


「はじめまして、東亀です。

こっちは親戚の月見之介です。

誕生日おめでとうございます。

初対面の人にこんなことを言うのも変な感じですけど。」

「全然変じゃないよー、はじめましてー。」


驚いたことに、英語で話した僕に彼女は日本語で返事をした。

語尾を伸ばした、のんびりした雰囲気のソフトなイントネーションの日本語。


「わたし、リタですー。

誕生日ガールですー、来てくれてありがとうー。」


僕はジャニスに向き直って、パーティーのホストが日本語を話せるなんて聞いてないと言った。

ジャニスはにやりと不敵に笑った。

いたずらが成功した子どもみたいな笑い方だった。


「俺は月見之介だ。

浮世月見之介。

よろしく、リタちゃん。」


僕がジャニスと話している間に、さっきまで僕の陰に隠れていた月見之介がリタの隣に行き、日本語であいさつしていた。


「ツキミノスキー?」

「いや、月見之介だ。

ロシア人じゃない。」

「ふふ、ロシア人ですー。」

「いやだから、違うって。」


頭に載っているバカみたいな王冠のせいで見逃していたが、リタはかなりいいスタイルをしていた。

背こそ高くないものの、パーティーの主役であることを割り引いても、男を2人隣に侍らせているのが納得できるくらいに顔も可愛かった。


「どう? 来てみて良かったでしょ。

これでお守りから解放されるんじゃない?」

「どういうことだよ?」

「東亀、今日は会ってからずっと気を遣ってて、面白くなさそうだったよ。

食事の間は、まあ言葉の問題もあったから仕方ないにしても、あそこまで露骨に気を遣われたら、一緒にいるこっちも楽しめないよ。

きっと月見之介も同じだったんじゃないかな。」


ジャニスのコメントに身がつまされる思いがした。


「これから、ずっとあの子と一緒に旅行するんでしょ?

もっと適当に放し飼いにしてあげないと、東亀もあの子も息が詰まっちゃうよ。」

「ジャニスから、そんな思慮と洞察力に富んだことを言われるなんて、3年前には思いもしなかったな。」

「4年前でしょ、お酒飲んでもないのにもう酔っぱらったの?

バカなこと言うなら、せめて何か飲んでからにしたら?

ほら、バーカウンターに行こうよ。

楽しそうにしてる月見之介はほっといて大丈夫だよ。

カシスソーダとかのカクテルじゃなくて、今日は何か強いやつ飲みたい気分なんだ。

明日休みだしね。

東亀も付き合ってよ。」


ジャニスが僕をカウンターへ引っ張っていく途中に、BGMがマイケル・ジャクソンに変わった。

後ろで歓声がしたので振り向いたら、リタと月見之介が楽しそうに笑っていたのが見えた。

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