第三十八章:「変わらない覚悟」
咲の動きが妙だ。
ここ最近、明らかにおかしい。
名前を知らないはずなのにひなちゃんと呼び、そして話題にあげてくる。
笑顔の奥で、何かを探ってるような感じがしていた。
気のせいだと思いたかった。
でも――俺の勘はずっと当たる方だ。
咲は俺の太客。
そしてそれは、店の中でもトップクラス。
何年も前から付き合いがあって、金も時間も惜しみなく使うタイプ。
だからこそ、簡単に切れない。
感情で動いて、俺一人の判断で関係を壊せば、俺の成績はもちろん、店にもダメージがいく。
下手に刺激したら何をするか分からない、そういう危うさも咲にはある。
それは、ホストをやってきたこの数年で、嫌というほど見てきた類の人間だ。
そんな中、後輩ホストが俺に耳打ちしてきた。
「仁さん、ちょっとヤバい話があるんすけど…。咲さん、裏で何か探ってるっぽいです。
最近、別のスタッフに色々と聞き回ってるらしくて…。
たぶんターゲット、仁さんの“本命”かと」
息が詰まりそうになった。
やっぱりか――その言葉が、頭の中で鳴る。
ひなに直接何かしたとは聞いていない。
けど、動いている。間違いなく。
俺が何度かひなと店の外で会っていたのを、どこかで気づいたのか。
それとも、ただの勘なのか。
どちらにせよ、咲がそこに執着を始めたら、止まらないのは目に見えてる。
ひなには、絶対に知られたくなかった。
咲のことも、こういう裏の世界の人間関係も。
今まではどれだけ気を遣っても、俺の“仕事”の枠から抜けなかった。
でも、ひなだけは違った。
最初はただの客だったはずの彼女が、俺の心の中にどんどん入ってきた。
だから、守りたいと思った。
一人の男として、彼女の傍に立ちたかった。
けど、それを現実にするには、あまりに多くの代償が必要だった。
売上が落ちれば、俺の地位は危うくなる。
俺が潰れるだけならまだいい。
でも、今の俺の売上で店全体が回っている部分もある。
従業員、集客、広告、全部が俺の数字に依存している現実。
それが崩れれば、俺一人じゃなく、何十人の人生に影響する。
それでも、もしも咲が本当にひなに何かしていたとしたら?
守らなきゃ――それが俺の中でどんどん強くなっていく。
「どうしたらいい…」
心の中で呟いた。
咲を怒らせずに、ひなを守る方法。
そんな都合のいい選択肢は、どこにもなかった。
俺が中途半端な態度を取り続ければ、ひなは壊される。
でも俺が咲を切れば、すべてを失う。
この仕事をしてきて、何度も“割り切ること”を覚えたはずなのに。
今だけは、割り切ることができなかった。
ただ、一つ確信してることがある。
――もし、ひなに何かあったら。
俺は全部捨ててでも、咲に牙を剥くだろう。
その覚悟だけは、もう心に決めていた。




