第三十六章:「日常が崩れる音がした」
最近、なんだかおかしい。
いつもの日常なのに、何か違う。
まるでどこからか、目に見えない何かに追われているような感覚。
仕事にも集中できなくて、夜になるとやっと心を落ち着けられるけれど、
朝になるとまた気持ちが重くなっていく。
最初は気のせいだと思った。
誰かが私を見ているような気がして、背中がゾワっとする。
振り返っても誰もいないーー。
でも、その感覚は日に日に強くなり、
いつからか何通もの無視できない内容のメッセージやが携帯に届き始めた。
それだけじゃない。
自宅の玄関に何かが落ちていることが増えて、
最初は風で吹き飛ばされたものだと思っていたけれど、
今ではそれも気味が悪く感じるようになってきた。
「誰だろう…」
私はそのことを誰にも話していなかった。杏奈にも仁さんにも。
心配をかけたくない。
自分の問題を、大事な二人に押し付けることはしたくない。
私のことで悩ませるわけにはいかないからーー。
でも、このままにすることもできない。
誰にも相談せず、一人で抱え込んでいる時間が長くなるにつれ、自分がおかしくなりそうだった。
そんな時、杏奈に会うことになった。
二人で会って話すのは久々だと嬉しく思っていたけれど、どこか元気が出ない自分に気づいていた。
「どうしたの?最近ちょっと元気なくない?」
人の変化に敏感な杏奈は、すぐに気づいた。
「ちょっとさ、最近変なことが続いてて…」
私は、全てを話した。
最近起きている奇妙な出来事を、少しずつ杏奈に伝えていった。
無視できないメッセージ、玄関の不審な物、気配を感じることが増えたこと。
最初は本当に怖かったけど、杏奈に話すことで少し楽になった気がした。
でも、杏奈の顔色が、私が話すごとに少しずつ、変わっていくのがわかった。
その目は、なんだかすごく冷静だった。
「ひな、それ、もしかして…」
杏奈は言葉を切りながら、ゆっくりと私を見つめた。
その瞳には、今まで見たことがないような、確信を持った何かが浮かんでいた。
「もしかして、あの人じゃないよね…?咲って人。」
杏奈が名前を出した瞬間、私の心臓がドキッとした。
咲。
私も心のどこかで、あの人がやっているんじゃないかと感じていた。
でも、私はその確証を持てなかったし、そんなことがあるはずないと信じたかった。
「なんでそう思うの?」
私は思わず声を上げたけれど、
杏奈の反応を見ると、彼女もその答えを知っているかのような、冷静さを感じ取った。
「だって、ひなの周りでそういうことが起きたら、あの人しか考えられないもん。」
杏奈は続けた。
「ひな、あの人がどれだけしつこいか、私知ってる。
多分…いや確実に。私が知ってる咲だと思う。地元でも有名だったから。」
私の中で何かがガラガラと音を立てて崩れた。
咲が? 私に?
頭の中にはたくさんの?があったけれど、
でも、考えれば考えるほど、彼女にしかできないことだと思えてきた。
「ひな、気をつけて。あの人は危ないよ。」
杏奈のその言葉が、私の心に深く刺さった。
これからどうしよう。
私は、どうすればいいのだろう。
咲の嫌がらせに気づきながらも、それにどう向き合っていけばいいのかが全くわからなかった。




