第三十三章:「守り方を教えて」
咲が去っていったあと、テーブルに残ったのは、
気まずさよりも“何も言えない空気”だった。
俺は、水を飲みながらひなの表情を見た。
目は逸らさないのに、どこか遠くを見てる。
「……ごめん」
そう言うことしかできなかった。
でもそれも、ほんとは違う。
大事なことは“謝る”じゃなかった。
咲は、ああいう客の中でもとくに厄介なタイプだ。
店全体で見ても、1位2位を争うほどの金を落とす。
お金を使っているからこそ、自分の言いなりになってくれると思っている。
俺や店の売上を支えてるのは、こういう客たち。
それはわかってる。
ただ、過度な要求が増え、俺も店も頭を悩ませていた。
だからといって今日みたいなことを起こさせたのは、完全に俺の落ち度だ。
俺は、ひなに何もしてやれなかった。
「……ああいう人、多いの?」
そう聞かれたとき、安心させる返答ができたら良かったのに。
それができなかった。
あいつは黙って頷いて、何も責めてこなかった。
だけど、それが一番苦しい。
あの目を見ていると、
あいつがどれだけ勇気を出して俺に会いに来てくれたかが、痛いほどに伝わる。
かなりの時間が空いても、
こうしてまた会えたことに俺は浮かれていたのかもしれない。
“期待していた”んだ。
「昔みたいに戻れるかも」と。
それをまた、俺は壊そうとしているのかもしれない。
守るべき人に、また背を向けている。
ずっとそうだった。
子どもの頃から、自分に近づいてくれる人間ほど、遠ざけてしまう癖がある。
向き合えば向き合うほど、怖くなる。
“それを失うかもしれない”ということに、怯える。
でも、ひなは違った。
まっすぐで、何度拒まれても逃げなかった。
あいつは、俺を好きでいてくれた。
それを、“信じ切れなかった”のは俺の弱さ。
——ひなは今、何考えてるんだろう。
このまま、また俺を“思い出”にしようとしているのだろうか。
胸の奥が、ズキズキと鈍く痛む。
店を後にしたひなに、俺はお礼のメッセージを送ることしかできなかった。
大切な人を守るって、どうすればいいんだろう…。
今の俺には、まだその答えが出せない。
ただ、それでも。
ひなが離れたら、俺はまた壊れる。
それだけは、わかっていた。




