第三十章:「ずっと求めていたもの」
「今日忙しい?」
LINEの入力欄に、震える指でそう打ち込んだ。
何度も書いては消して、ようやく送信を押せたのは、既読をつけてから数日後のことだった。
返事は意外とすぐに来た。
「大丈夫だよ。時間わかったら教えて。」
「わかった。」
短くて、いつもと変わらない文面。
でも、心臓は一気に跳ね上がった。
行くと決めたくせに、タクシーから降りたあとも、ひたすら不安が押し寄せた。
会って何から話そう―――。
どんな顔をすればいいんだろう―――。
そもそも、あの人はどんな気持ちで返事をくれたんだろう―――。
考えれば考えるほど、答えがまとまらない。
でも──それでも、私は今日ここに来た。
自分で選んで、自分の足で。
私と仁さんが出会った、思い出が詰まった場所。
何度も泣いて、笑って、怒って、許した場所。
重たいドアを押して入る久しぶりに入るお店。
変わらない内装と、少しだけ見慣れないスタッフの顔。
案内された席につき、仁さんがくるまでの間、話し相手になってくれるヘルプの子と挨拶を交わした。
「ひなさん!めっちゃ久しぶりですね!」
「うん、そうだね。見慣れないキャストの人もいて、ちょっと緊張しちゃうな。」
他愛もない話をしていると、その姿が遠くに見えた。
その瞬間、時間が巻き戻ったように、呼吸が止まる。
仁さんは、前より少し髪が伸びていて、少し瘦せているように感じた。
でもその佇まいも、目の奥の影も、何も変わっていない。
私の隣に座ると、彼は小さく呟く。
「…来てくれたんだ。」
声もあの頃のままだった。
私はうつむいたまま、頷く。
「…久しぶり、だね。」
ようやく言葉を出すと、仁さんはゆっくりと頷いた。
「…うん、ほんとにな。」
少しの沈黙が、逆に心地よかった。
取り繕うような嘘も、駆け引きもいらなかった。
「…会いたかったよ。」
その一言が、やっと、心から出てきた。
仁さんはほんの少し目を伏せて、小さく、でも確かに微笑んだ。
「俺もだよ、ひな。」
名前を呼ばれた瞬間、ずっと求めていたものがここにあったのだと、再確認した。




