第二十六章:「悲しい秋の匂い」
日曜の午後、人気のない公園のベンチ。
風が少し冷たくて、言葉を口にするには十分すぎる静けさだった。
彼は隣に座って、いつも通り穏やかに笑っていた。
付き合って、もうすぐ半年が経とうとしていた。
いつもとどこか様子が違う私に気づいていた彼は、何も話さずに、ただ待ってくれていた。
膝の上に置いた手をぎゅっと握る。
「…ねえ」
「ん?」
「ずっと言わなきゃって思ってた。ちゃんと、向き合って言わなきゃいけないなって。」
彼は、ただ静かに頷いた。
その優しさが、逆に胸に刺さる。
「私ね…忘れられない人がいるの。もう何ヶ月も会ってないし、連絡もとってない。
でも、ふとしたときに思い出すのは彼の存在で、そのたびに、あなたに申し訳なくなって…。
こんなの、すごく失礼だなと思う。」
「うん…。」
「優しいあなたのこと、ちゃんと好きになろうとした。
こんな私を好きだと言ってくれて、大事にしてくれて。
このまま一緒にいたらきっと幸せになれる、そう思ってた。
でも…心はあなたじゃない人を求めてた。」
彼はしばらく黙っていた。
すると、顔を伏せていた私の前で、優しい声が返ってきた。
「…気づいてましたよ、なんとなく。」
その第一声に思わず顔をあげた。
「いつも僕じゃない誰かを思い出して、悲しそうに笑ってました。
でも、必死に前を向こうとしてたのも感じてて。
だから俺も、もしかしたら…って思ってたんです。
いつか、自分に心が向く日が来るかもって。」
私は涙を堪えるのに精一杯だった。
「でも、その人のことまだ…本気で好きなんですね。」
「…うん。」
「それなら、ちゃんと終わりにしましょう。僕じゃその人にはなれないから…。
どこかで気づいていたんです。ただ認めたくなくて。」
彼の声は、少し震えていた。
それでも、泣き顔ひとつ見せずに、優しく笑っていた。
「僕、初めてだったんです。こんなに好きになって、大事にしたいと思った人。
本当はすごく悔しいです…でも、好きだったからこそ、ちゃんと送り出したい。
ひなさん、幸せになってください。いつか、ちゃんと笑えますように。」
我慢していた涙は、彼の優しい言葉に背中を押されるように静かに溢れ出した。
「ありがとう。本当に、ごめんね。…ありがとう。」
風が吹き、少しずつ咲き始めた金木犀が彼の肩に落ちる。
彼はそれをそっと払い、少し寂しそうに微笑んだ。
「僕、ちゃんと見てきたので。ひなさんが誰かを本気で想ってる姿。
あの人に勝てない、そう思ったのは、僕のほうです。」
別れは静かで、穏やかで、でも確かに心に響くものだった。




