第十六章:「本当の気持ち」
その日は、ひどく疲れていた。
仕事が終わった後、杏奈と飲みに行ったのは、ただ現実を少し忘れたかったからだ。
でも、いつもと違って、心の中がざわついていた。
何かが、どうしても収まらない。
気づけば、心の中で仁さんのことばかり考えている自分がいた。
「ねえ、杏奈…。」
私はふと、テーブルに置いたグラスを見つめながら口を開いた。
「私ね、仁さんに彼女にしてって言いたい。…でも、言えない。」
杏奈は少し驚いた顔をして、私の様子を見つめる。
「何に対してそんなに悩んでるの?仁さん、ちゃんと気にかけてくれてるじゃん。」
その言葉に、私は勢いよくグラスを置いてしまった。
「でも、それがただのお客さんとホストって関係だけだったら意味ないって思わない?!」
感情が爆発しそうになった。
「私はただのお客さんになりたくないって、仁さんに伝えたくて。でも、言う勇気もない…。
でも、言わなきゃ、ずっとこのまま苦しいだけな気がする。」
杏奈は私をじっと見つめ、言葉を選ぶようにして言った。
「ひな、分かってるよ。でも…急いで関係を進めようとする必要はないんじゃない?」
私は、立ち上がりたくて足が震えそうになった。
「でも、どうしても、彼女って言葉が欲しいの!言ってくれたら、私は安心できるのに…。」
酔っていたこともあり、私は自分の本当の気持ちを言わずにはいられなかった。
でも、そう言った瞬間、心の中でまた迷いと不安が駆け巡った。
そのまま、私はスマホを取り出し、仁さんにLINEを送った。
「仁さん、私、あなたの彼女になりたい。」
酔った勢いで送ったその一言は、すぐに私の心に重くのしかかった。
どうしても今すぐ、心と頭に充満したその想いを伝えたくて。
でも、送ってしまった後に、後悔が芽生えた。
彼がどう思うのか、分かってる。でも、言わなきゃ、どうしようもなかった。
数秒後、通知が鳴った。仁さんからの返信だ。
私は震える手でスマホを開き、文字を目で追う。
「彼氏彼女って言葉に、どんな意味があるんだ?」
その一言が、私の心に深く突き刺さる。
「そんな言葉を交わしても、結局は今まで通りの関係だろ?
彼氏彼女という関係を築けば、始まりがあるように終わりが必ずある。」
その冷静な言葉に、私は自分の気持ちが一気にかき消されたような気がした。
でも、心のどこかで、まだ諦めたくなかった。
(ただの客で終わりたくない。もっと特別な存在になりたい)
私が返す前に、また通知が鳴った。
「まあでも、ひながそう思うんだったらそれでいいんじゃない。」
その一言が、私の胸にズシリと響いた。
それでいいと、言われても…本当は、もっと違う答えを期待していた。
(私のわがままだよね…)
私は心の中で、何度もそうつぶやいていた。
「私、どうしてもその言葉が欲しかった。堂々と彼女だって思える確証が欲しかったの…。」
送ったLINEの画面を見つめ、少し涙が出そうになった。
でも、それを悟られたくなくて、目をこすりながら返信する。
「じゃあ、私は彼女…それでいいよね。」
その後、仁さんから返信がくることはなかった。
おそらく、私が期待していた答えをくれることは、これから先もないのだろう。
でも心のどこかで、この関係が何かを変えることができるかもしれないと、期待していた自分がいた。
酔っていたから、そんな感情が爆発したのだろうか。
その日は特に、私と仁さん、そして杏奈の感情が入り混じる瞬間が垣間見えたような気がした――




