第十五章:「親友のために」
最近、ひなの様子が少しおかしいと感じていた。
仕事が忙しすぎて、体調を崩しているわけではないけれど、目に見えないところで心の中に何かが積もっているような気がしてならない。
それに、たまに会話の中で仁さんの名前が出ると、ひなの顔がぱっと明るくなる。
その変化を、私は見逃さなかった。
ホストの仁さん――どこかでひなが特別視しているのが、私にはすぐに分かる。
でも、私は知っていた。
彼がホストであることの意味も、ひなが抱える心の中の葛藤も。
そして、その先に待っているかもしれない痛みも。
私はひなを大切に思っている。
だからこそ、ただのお客さんとして彼が見ているのなら、期待させるのは良くないと思う。
…もしそうだとしたら私は、親友としてひなの目を覚まさせる役目があるとも感じていた。
でも、ひなが仁さんの話をするとき、あまりにも幸せそうな顔をしているのを見ると、どうしても複雑な気持ちになってしまう。
「ねえ、杏奈。最近仁さんから連絡もらったんだけど…。」
ひなが嬉しそうに話すその顔を見て、私は心の中で何度も自問した。
(彼女は本当にこれで幸せなのか?)
でも、その答えをどうしても出せない自分がいた。
ひなが仁さんのことを話すとき、純粋にそして儚げな顔をする。
私には、ひなを支えることしかできない。
でも、仁さんのことを話すたびに、私はただ横で聞いているだけしかできなかった。
仁さんは、他のホストとどこか違う――それは私にも感じている。
ただの遊びでないことは分かる。
でも、彼の職業が何であれ、ひなの心が深く関わっていることには変わりない。
ある夜、二人で飲みに行った帰り、私は思わずひなの手を握った。
「ねえ、ひな…?」
「うん?」
「ほんとに、大丈夫?」
その言葉は、心の中でずっと気になっていたことだった。
「仁さんのこと、どう思ってるの?」
ひなの表情がふわっと柔らかくなるのを見て、私はその顔がとても切なくなった。
「うーん、どうだろう…。でも、やっぱりすごく安心するんだ。仁さんといると、何もかも忘れられる気がして。」
その言葉に、私は思わず目を逸らした。
安心するのはいいことだと思う。でも、それが本当の意味で幸せだとは限らない。
「でもね、杏奈、私、ちゃんと分かってるよ。」
ひなが突然、真剣な顔で言った。
「仁さんはホストだから、どこか割り切って会ってるってこと。私が期待しても、きっとそれは無駄だって思ってる。でも、なんだろう…彼といると、すごく楽しいし、落ち着くんだ。」
その言葉に私は心の中で深くため息をついた。
ひなは、仁さんのことを「ただのホスト」として割り切れていない。
でも、それを隠すように過ごしている。
彼女の中では、少しずつ気持ちが膨らんでいるのは間違いない。
そして、仁さんもひなに特別な感情を持っていることを、私はどこか分かっていた。
でも、それが一時的なものではないか――ホストとしての演技の一環ではないか、とも疑っている。
それでも、ひながあんなに幸せそうな顔をしているのを見ると、その幸せを奪いたくない気持ちもあった。
次の日、私はひなと一緒に昼食を取っている時、つい口をついて出た。
「ひな、もう少し自分の気持ちを大事にしてね。
仁さんが本当にひなを大切に思ってくれているなら、きっとそんなに悩まなくて済むはずだよ。」
ひなは少し驚いた表情を浮かべたけれど、すぐに微笑んだ。
「ありがとう、杏奈。でも、私は…今はこれでいいんだよ。何も急ぐ必要ないし、ちゃんと自分の気持ちを整理してから、どうするか考えるつもりだから。」
その言葉に、私はまた心の中でため息をついた。
ひなはどこかで自分の気持ちを抑えている。
でも、私はその抑え込んだ気持ちが、いつか爆発してしまうんじゃないかと心配でならなかった。
その後も、ひなと仁さんの関係はどんどん深まっていった。
でも、私の中でひなの幸せを信じつつも、どこかでその幸せを見守るしかない自分がいることに、気づいていた。
私はひなの親友として、彼女が痛みを感じないように、全力でサポートしたい。
でも同時に、仁さんに対しての不安が、どうしても払拭できない。
ひなを幸せにしてくれるなら、それを応援したい。
でも心の中で、その「幸せ」が本当に長続きするのか、迷いが生まれていた。
私はこれまで、恋に生きる人間だった。
沢山の恋をして、愛し愛される喜びも知り、そして沢山の痛みも感じてきた。
だからこそ、今のひなの気持ちが私にも痛いほどわかる。
それと同時に、危険な匂いがする気持ちも感じていた。
仁さんがひなにとって本当に特別な存在になるなら、私はそのすべてを受け入れるべきなのか、それとも…。




