第十二章:「ジレンマ」
次の日の朝、一通の通知音で目が覚める。
「ポーン」
その通知音が、何故か私の胸を強く打った。
それが仁からの返事だと、何となくわかっているけれど――見たくない、と思う自分がいた。
手が震える。
顔は熱くて、視界がかすむ。
こんなに怖い気持ちを、ずっと感じていたいわけじゃない。
でも今は、全身が凍りつきそうなほど緊張していた。
スマホを手に取るが、指が動かない。
(見ちゃダメ。きっと、もう全部終わってしまう。こんな気持ち送るんじゃなかった。なんで送っちゃったんだろう)
一度、指を画面にかけて、通知を開こうとしたが、すぐに止めた。
「…きっと、ただの仕事の返事だよね。」
でも、心の中では、それが“ただの仕事の返事”じゃないことも、わかるような気がしていた。
手が再び震える。
(どうしよう、どうしよう)
その瞬間、目の前にいるフウに視線を向けた。
フウは何も言わず、丸まって寝ているだけだ。
「フウ、わかってくれるよね…。」
ふと、そう思った。
フウにだけでも、すべてを伝えられたら――。
(こんなの、どうすればいいの?)
やがて、私は再びスマホを手に取る。
だけど、まだ送信されたメッセージに目を向けられなかった。
(とりあえず、杏奈に相談しよう)
そう、思った。
彼女なら、きっと何か言ってくれる――そんな気がしたから。
数分後、杏奈に電話をかけた。
スマホが鳴り、少し遅れてから受信音が響く。
「もしもし? どうした、ひな?」
杏奈の声は、普段と変わらず温かくて、少し安心する。
「杏奈…、昨日の夜、私なんかヤバいことしちゃった。」
声が震えているのを、自分自身が感じていた。
「どうしたの? なんかあった?」
杏奈は心配そうに返す。
深く息を吸って、話し始めた。
「…あのね、仁さんに好きって送っちゃったの。」
「え?」
杏奈が少し驚いた声をあげた。
「告白したんだ。自分でもどうしていいか分からなくて、でも送ったの。」
だんだんと声は小さくなる。
「それで、多分さっき仁さんから返事がきたんだけど――見れないの。どうしよう、杏奈。もし、好きだって伝えたことに対して返事がないとかだったら、きっと私、立ち直れない。こんな恋、終わりだよね?」
杏奈はしばらく沈黙した。
その後、しっかりとした声で話し始めた。
「ひな、怖いのはわかるよ。でも、そんなこと言わないで。返事がなくても、好きでい続けたい気持ちがあるなら、無理に終わらせる必要はないと私は思う。」
「でも…。」
「だって、ひなが本当に伝えたかったのは、そんなに簡単に終わらせられるようなものじゃないでしょ?」
杏奈の言葉に、私は少しだけ目を見開いた。
「もしもさ、もしもその返事が“仕事”とか“お金”とかの話だったら、どうすればいいんだろう? それを、どう受け止めればいいのかな。 私、どうしていいか全然分かんないよ…。」
杏奈は黙っていたが、その後、少しだけ優しい声で言った。
「ひな、どんな返事でも、それが“仁さんの答え”だよ。結果として受け入れることしかできないかもしれないけど、想いを伝えたことで少しでもひなが楽になるなら、それでいいんじゃないかな。」
私は必死で涙をこらえていた。
「でも、それが終わりだったら嫌だよ…仁さんのことが、好きだもん。」
「分かるよ。分かるけど、あんたが好きだって気持ちを持ってるだけで十分すごいことだよ。だってさ、こんなに胸が苦しいのって、誰かを本気で好きになった証拠でしょ?」
その言葉に、少しだけ肩の力を抜いた。
「…そうだね、ありがとう杏奈。なんか、少し楽になった気がする。」
「いつでも言ってよ。私はひなの味方だよ。」
もう一度スマホを見つめる。
届いたメッセージの先に、何が待っているのか――その答えが、今すぐに欲しかった。




