第十一章:「震える手、送信ボタンを押した夜」
夜は、すべてを正直にさせる。
部屋の明かりを落として、フウが膝の上で丸くなっている。
テレビの音も、スマホの通知も、すべてが遠くて、静かな空間。
でも、私の心臓だけが、ずっとざわざわと落ち着かないままだった。
飲みの帰り道、酔いはもうすっかり冷めていた。
けれど、胸の中に残った感情の熱だけが、まだ抜けない。
「もう、言ってしまいたいな…。」
ふと、そんな言葉がこぼれた。
LINEのトーク画面を開く。
“仁さん”のアイコンが、そこにある。
最後に来たメッセージは、2日前の『また来れるときでいいよ』だった。
その優しさが、時々、凶器のように刺さる。
私は、緊張で少し震える指で、文字を打ち始めた。
――――――
もう知ってると思うけど、仁さんのこと好きになっちゃった。
多分、ずっと前から。
最初は癒されてるだけだと思ってたけど、違ったみたい。
会えないと不安で、会えたら嬉しくて、でも帰ると辛くて。
そういうのって、もう“好き”って言うんだよね。
私が好きなの、きっと仁さんは気づいてるよね。
でも気づかないフリしてるのも、ちゃんと分かってる。
ホストってそういう仕事だし、私は“お客さん”だから。
本気で好きになられても困るよね。
もしかしたら「俺も好きだよ」って返すのかもしれないけど、
それが“本当”じゃないことも分かってるよ。
でも、黙ってる方が、私には辛かったから。
勝手に伝えてごめんね。
――――――
最後の文を打ち終えたとき、私はスマホを見つめたまま、深く息を吐いた。
心臓の鼓動が速くなり、指が汗ばむ。
それでも、私の目はスマホの「送信」ボタンを見据えていた。
送って、何かが変わるわけじゃない。
むしろ、壊れてしまう確率のほうが高い。
それでも――この気持ちはもう、私には抱えきれなかった。
スマホを伏せたり、指を引っ込めたり、送るまでの葛藤は何度もしていた。
そしてついに、震える指で画面を押した。
「…送っちゃった。」
その瞬間、胸の奥にあった何かが、静かにほどけた気がした。
これが、“恋”の終わりなのか、“始まり”なのか、
その答えは、仁さんからの返信が教えてくれるのかもしれない。
あるいは、返信がなくても、もう何かが前に進んだ気がしていた。
その日の夜、仁さんからの返信が届くことはなかった。




