556 伯母上に知られたら、生き血を搾り取られる
結局、エルフ校長は厳重注意だけして本営に戻って行った。
その際、本国から援軍を率いて来た貴族が、王命であるとして偽聖女ルルベルの引き渡しを要求してる――って話も聞いた。ガチマジで「王命」だってさ。
なんということでしょう! と、棒読みせざるを得ない。
無論、本営にいるのは央国の人間だけではないのでね……そんなアホなことがあってたまるか、と強めに却下されてはいるものの、じゃあ適当なタイミングで攫おうか、とならないとは限らない。万が一があっても困るから、当面はまだ戻らない方が面倒がないだろう、とのこと。
というか、すでに強火の聖女担もいる現状、うっかりすると内輪揉めに発展しかねないので、絶対来ないようにと念押しされた……。
いや、もちろんね? エルフ校長は「強火の聖女担」なんて表現はしなかったよ?
聖女に害が及ぶとなれば黙ってはいない者も多く、国際紛争に発展しかねない云々《うんぬん》……って、丁寧な口調で申し渡されましたわよ。国際紛争って……。
うちの親衛隊が王様の勅命を受けた人々と争うだけなら、国内で終わる話だったのに、ってことではある。
でもさぁ、聖女らしくふるまった結果がそう化けるなんて、誰に予想できたであろうか! わたしには無理でした!
「ルルベルが偽聖女? 舐めた話だよなぁ、現場を知らねぇやつらはよ」
ジェレンス先生は、反省という概念を知っているのだろうか……。
とはいえ、すっかり元の調子に戻ってくれた方が、やりやすいのも事実ではある。ここは、大人の余裕でそう装ってくれているのだと思うことにしよう、うん、そうしよう。
その方が、わたしのメンタルが楽!
「チェリア嬢って、どの程度、その……できるんですかね?」
聖属性でないのは間違いないんだけど。いったい何属性なのかすら、よくわからん。
「俺も現場は見てねぇからな」
「わたしも、的当てのときしか魔法を使うところは見てない」
「全員そうではないかしら? 接点がほとんどありませんもの」
アリアンが、あっさりまとめてくれた。うん……そうだよなぁ。クラスも違うし。
「聖女扱いなのだとしたら、危険な目に遭うのでは」
チェリア嬢は聖属性魔法使いではない――ということは、あの的当てのときみたいに高威力・高精度の魔法を使えるのだとしても、雑には戦えないということだし、効果もそれなりのはずだ。
「俺は魔法を使っているのを見たことがある。魔力量は豊富だし、勘がするどいのが特徴だな」
「勘?」
「眼を閉じてても魔法を撃てるというから、おだてて実演させたんだ。止まっている的じゃ意味がないからと、小石を投げてな。たまに、本人を狙ったりもして」
そういえば、しばらくチェリア嬢に迎合する演技をしてたんだったな、リート……すっかり忘れてたわ。
「ちょっとリート、そんな危険なこと!」
「ゆるく投げたから、当たっても怪我さえしないさ。というか、チェリア嬢には当たらなかったんだ、一個も」
「何個投げたのよ!」
「彼女を狙った石だけ、魔法が全的中した。ゆるく投げても、するどく投げてもだ」
狙わなかったのは、一個も当たらなかったそうだ。え、なにそれ怖い。
「……で、褒め称えたわけね」
「実際、それに値する結果を出したわけだからな。あれの心配をする必要はないだろう。魔法学園のほとんどの生徒より、はるかに実戦向きだ」
むしろ君の方がヤバい、という顔で見られてしまった。返す言葉もございませんわ……。
話を聞いていたジェレンス先生――椅子に逆向きに座り、背もたれに両手をかけて顎を乗せるという行儀の悪いスタイルで、だ――が、そんなら問題ないなと興味なさげに話を引き取った。
仮にも教師が! 生徒の身の安全にそんな雑でいいんですか!
「ま、それなりに護衛もついてんだろ、たしか。それよりも、聖属性じゃねぇってとこが問題だ。聖属性以外、浄化はできねぇ。幸い、巨人はルルベルが片付けてるから、当面は目立たないだろうが……魔王が復活したってことは、次の巨人があらわれることも覚悟した方がいい」
嫌な予言、キマシタワァ。
シスコとアリアンは直接体験してないから、嫌だなぁくらいの表情だけど、ほかの面々は表情が消えたよね。感情が死んだというか。
わたしだって、あれはもう嫌だ。ほんとに嫌。
「浄化ができなければ聖属性でないことが判明はするでしょう」
そういったのは、ナヴァト忍者である。
それはそう。それはそうなんだけど、そうじゃない。本物聖女がどっちかなんて、二の次だよ。あんなの、被害を抑えるのが難し過ぎる!
「さっさと魔王を封印しないと……」
「それだよな。相手をするだけならまぁ、なんとかなると思うんだ。俺でも。ただ、致命的っていうか……その……」
ジェレンス先生は口ごもった。
……ジェレンス先生が? 口ごもる?
「先生?」
「や、伯母上には絶対いうなよ」
「シュルージュ様にお伝えできないようなことは、却下で」
「いやいや、これは考えたってだけだから。なんもやってねぇから。やってねぇってか、できねぇんだよ」
やろうとしたってことじゃん! シュルージュ様に締め上げられそうなことを!
わたしが絶句しているのをよそに、冷静に質したのはファランス様だ。
「できないとは、どういうことでしょう?」
「大雑把にいうと、これなら滅ぼせるだろって思えるような魔法を、頭の中で考えるだろ? で、実行しようとすると、急速にそれが瓦解するんだ」
「瓦解……」
「組み立てられなくなっちまうんだよ、魔法が」
魔王を滅ぼせるような魔法がどんなかは、この際、後回しである。それがなんにせよ、イメージできなくなってしまう……と、ジェレンス先生は証言しているわけだ。
魔法はイメージだ。
想像力、それも知識にもとづいたものが重要なんだろうと、わたしは思っている。
どんな想像をしようと、それが現実に即していなければ、うまく作用しない。ウィブル先生が尿路結石を作れるのは、その病気がどういう機序で発生しているかを理解できているからだ。
わたしだって、そう。聖属性魔法を直接的な物理攻撃に転用しようとしたって、そんなのは無理。どんなにイメージしても、それは実現不能な魔法でしかない。
魔王の消滅をイメージしきれないのは、ジェレンス先生が使おうとした魔法がそぐわなかったのかもしれないし、それが現実の――この世界の基本的な約束ごとに反しているからなのかもしれない。
たぶん後者なんだろうな、と思う。
だって、これまでも魔王は倒されたことがないんだ。ずっと、封印されてきた。
「どんな魔法を使おうとしたんです。どの属性を、どのように?」
リートが問い詰める。
「そりゃ……さりげなく誘導すんなよ、俺だって命は惜しいんだよ。伯母上に知られたら、生き血を搾り取られるんだよ、吸血鬼なんかより情け容赦なくな!」
「……どんな魔法ですか、いったい」
思わずつぶやくと、ジェレンス先生は肩をすくめて答えた。
「ルルベルになら教えてもいいけどな。一蓮托生になったわけだし?」
なりたくてなったんじゃねーわ、コラ!
「真面目な話、なにが駄目だったかという点は、今後の戦術に大いに参考にできると思うのですが」
「無理無理、おまえらにできるような魔法じゃねぇから、そもそも」
あー……非公開属性を使おうとしたのね。
つまり!
存在まるごと、魔王を消し飛ばそうとしたな、こいつ!
「そりゃ失敗しますね、先生」
「お、おぅ? なんでだよ」
「これは聖女の――聖属性魔法使いとしての勘なんですけど、魔王は倒せません」
ジェレンス先生は、顔をしかめた。それこそ、子どもみたいに。
「だから、なんでだよ」
「同じことを訊かれたら、同じ返事を返すしかないじゃないですか。勘ですよ。でも、史実を鑑みてもかまいませんよ? ジェレンス先生はたしかに、お強いです。ですが、これまでだって、強い魔法使いがいなかったはずないでしょう」
大暗黒期のせいで、いろんな記録が失われてはいるけれど。伝説のように語られつづける魔法使いたちはいる。
千人対一人の戦いという死地から生還したことで有名な〈不死〉のアーメント、身体欠損や命にかかわる重傷でもたやすく治療したという〈癒し手〉ラウレージュ。光魔法の達人〈閃光〉ウァルウス、多彩な魔法でつねに正体を隠し、素顔はおろか性別や本名さえ不明な〈仮面〉のナバルス――。
本に検証結果が載っていて、比較的その逸話の信憑性が高く、存在が確認されていた魔法使いたちだけでも、両手に余るほどの名前が残されている。もちろん、ジェレンス先生が読めと指定した本だ。
「……どういうことだ」
「魔王は、世界の仕組みの一部だと思うんですよ。もちろん、聖属性魔法使いもそうなんでしょうけど」
返事はなく、静寂だけが答えだった。
皆がわたしの発言について考え込んでいるような、ちょっと圧のある静けさを破ったのは――やはりというか、鉄の心臓を持つリートだった。
「なんで急に自信満々なんだ? なんの根拠もないだろう」
しかも、ディスってきやがった! 勘って、とつぶやきながらフッと笑う。もちろん鼻でだ。
わたし的には、やっと聖女らしい発言というか、ふるまいというか、まぁそういうのができたと思ってたのに!
「そうじゃないと説明つかないと思うから」
「勘で?」
「すごく正直にいうと、わたしもチラッと思ったんだよ。消しちゃえないかな、って」
わたしには貯蓄型聖属性大パワー出力機構であるナクンバ様がついている上に、万物融解装置……いや、万象の杖もあるのだ。
その気になれば消せると思うんだよね。
問題は――その選択肢を選ぶ気になれない、ってことなんだ。
むしろ、それをしちゃ駄目だと頭の中で警鐘が鳴る。それくらいの勢いだった。
たとえ相手が全裸の可能性がある変態抱っこ魔王でも――消しちゃいけないんだ。




