555 エジプトのミイラからも発見された
道中はなにごともなく、例の小屋に到着。
屋根はリートが「なんとかして」いた。わりと無茶な感じに近くの木の枝が誘引され、さらに無茶な感じに葉が茂っている。つまりその……かなり異様な見た目だ。
「あれもジェレンスが?」
わぁぁ、違う、違います!
常々そういう感じのひとだから勘違いも無理ないけど、冤罪!
「すみません……屋根を破ったのは、わたしです」
「我がやった」
すかさず、ナクンバ様が庇ってくださった。……ナクンバ様、なんて良い竜なの!
「ああ……そういえば、シュルージュが話していましたね。一時的に、ジェレンスが攫われたと。なるほど」
なんとなく、やっぱりジェレンスのせいですねという結論が聞こえた気がした。
やばい、エルフ校長がキマっちゃってる――なにを見ても「ジェレンスが悪い」になる方向に……!
これ、ジェレンス先生と顔を合わせる前に帰ってもらった方がいいんじゃない? ねぇ? なんか怖くない?
「えっと……校長先生、急にお呼び出しして、申しわけありませんでした。もうご存じのことをお伝えしようとしていたなんて、ほんとに……。お忙しくしてらしたのでは?」
「忙しい? ええ、ファビウスと呪符の条件付けについて議論していたところでしたが」
ねぇ! 早くお帰りいただいた方がよくないかなッ!
「ではその……もう大丈夫ですし、お戻りに? つまり、その……つづきを?」
お帰りいただいても、それはそれでなんか怖そうな気はするけど……とりあえず平和な環境が欲しい。
エルフ校長は微笑んで答えた。
「いいえ。ジェレンスに用があります」
「えっ……」
「伝言を預かっているのでね」
だ、誰から? ファビウス先輩? いったいどんな? ……いや怖くて訊けないんだけどぉぉ!
硬直するわたしの頭をさらっと撫でて、エルフ校長は優雅に扉をノックした。
「どなたですか」
誰何の声は、たぶんファランス様かな。
「央国王立魔法学園の学園長……と、お答えすればよろしいでしょうか? 聖女ルルベルも居ます」
扉が開いてファランス様が顔を出す。わたしの姿を認めて、ほっとしたように表情を緩めたところへ、エルフ校長が畳み掛けた。
「当学の教師、ジェレンスに話があります。もう起きていますか? ああ、起きていなければ叩き起こしてくださってかまいません」
「……起きてます」
ファランス様を押し退けるように、頭ボサボサのジェレンス先生が姿をあらわした。うわ、眠そう。
「ジェレンス」
「はい」
「諸々の事情は、シュルージュから聞きました」
びくぅ! ってなったジェレンス先生は、それでも表情を繕って冷静そうにうなずいた。
シュルージュ様のお名前だけで、効果がすごいな。
「本営にいた学園関係者全員で、君とルルベルとの契約のようなものを共有してあります。シュルージュが僕のほかの誰かに話したかは、必要なら、君が自身で確認してください」
「はい」
「それと――ウィブルから伝言を預かっています」
ウィブル、という形にジェレンス先生の口が動いたけど、音にはならなかった。
そこでようやく、わたしは思いだした。リートが、ジェレンス先生は生属性魔法使いが苦手って話してたことを。
でもそれ、違うと思うんだよな。
ジェレンス先生って、ただただシュルージュ様とウィブル先生に頭が上がらないんんじゃない?
シュルージュ様は……たぶん教育の過程でなにかあったんだろうけど、ウィブル先生はなんだろうなぁ。学生時代にお世話になったとか? いやもうお世話にしかならなさそうだけどさ。
わたしが想像をふくらませているあいだに、時間は進む。エルフ校長は、伝言を口にした。
「結石作ってやるから覚悟しな――だ、そうです」
生属性魔法使い、無法過ぎる!
口を開けてしまったわたしはともかく、ジェレンス先生にはピンと来なかったようだ。
「結石?」
「そういってましたよ」
「なんだろうな……」
「すっごく痛いやつです!」
思わず叫んじゃったよ。ジェレンス先生はもとより、エルフ校長も、ジェレンス先生の後ろにいた皆も、一斉にわたしに注目――されてから、気がついた。
あっ、これこの世界の常識じゃないんだね! 尿路結石!
前世ではけっこうメジャーな病気である。なんと紀元前……紀元前何年だったかな、四千年? 五千年? 正確には思いだせないけど、エジプトのミイラからも発見されたことがあるらしい。
……わたしの前世知識って……トリビア〜、みたいな感じであんまり使えないのばっかり……。
せめて生属性魔法が使えたら、なにかの役に立ったかな? でも、尿路結石の治療……。イメージしたいかと問われると、あんまり……。
「ルルベルは経験あんのか?」
「いえ、あの……近所のおじさんが、なったって話で」
これは実話。前世知識と照らし合わせることができる今にして思えば、あれはそうだったんだな! って話で、そういう診断がくだったかは知らない。
前世といえば、親戚の誰かがなってた気がする……そりゃもう地獄の苦しみだったと聞いた覚えがあるけど、誰だったかは不明である。
「へぇー。痛いのか?」
「殺してくれ、ってほど痛いらしいです」
近所のおじさんが大騒ぎしたときは、たしか、そんな感じだったはず。
え、とジェレンス先生が引いたのはわかったけど、わたし的には納得である。国でいちばんの生属性魔法使いであるウィブル先生なら、結石くらい作れるだろう。体内にあるものを、ちょちょっと集めて固めるだけだ。お手軽きわまりない。それが褒められたことではないのも、わかるけど。
「それ、治るのか……?」
「おじさんは治ってましたし――生属性魔法使いにたのめば、すぐ解決すると思いますよ」
「その生属性魔法使いが、結石とかいうのを生成しようとしてるんだが?」
「そうされてもしかたない、ということですね。……僕もなにかできないでしょうか」
エルフ校長が、物騒な提案をぶっ込んできた!
「いやもう! もう、やめてあげてください! あの……ジェレンス先生が羽目を外した場合、わたしの命で責任をとるというのは……わたしが勝手に主張したことで! ジェレンス先生が望んだわけではないので!」
「それは知っていますが」
「あの、だからジェレンス先生をそんなに……尿路結石だけで、じゅうぶんですから! 七転八倒するくらい痛いらしいですから!」
「七転八倒」
ジェレンス先生がリピートした。
なるほど、とエルフ校長がうなずいた。
「そういうことなら、僕は遠慮しましょうか。ウィブルも、それでも手加減したらしいのですよ?」
「七転八倒が手加減?」
おまえはなにをいってるんだ顔になったジェレンス先生に、エルフ校長はやさしく教えた。
「はじめは、血栓つくってやる! と息巻いていましたからね。聞けば命の危険があるそうでしたから、それは最終的な局面までとっておきなさいと指導しました」
血栓……いやそれもウィブル先生ならできるだろうけどね? できるだろうけど、ほんま! ほんま生属性魔法使い、無双過ぎん?
いやそれ以前に、最終的な局面って、どんなよ……。
「僕としては、結石? が懲罰になるなら、一回やっておいていいと思いますね」
「校長!」
「先ほど、竜巻を見て来ました。あれほどの破壊が必要でしたか?」
「それは……敵は魔王ですから当然。あれでさえ、どれだけ足止めできるか」
そこだけは急にキリッとして、ジェレンス先生は答えた。
まぁ、その主張も理解はできる。相手は魔王だ、でだいたいの無理は通ってしまう。
……あ、だからか。だから今、シュルージュ様はジェレンス先生を野放しにできないと判断なさったんだ。
相手は魔王だから――それですべてが正当化されてしまう今、ジェレンス先生はどんどん好き勝手に、思いついたもっとも強力な魔法を使ってしまう。
魔王を倒せるレベルの魔法って、あたり一帯を不毛の大地に変えてしまうようなものだろう。そして、ジェレンス先生ならそれが……できてしまうんだ。やろうと思えばできちゃうのは前からだったにせよ、実際やるかは別問題だったのに。気軽に実行できるタイミングが今、つまり魔王復活なんだ。
だから、抑止力が必要だったんだ――今頃理解したわ。
「……結石、体験してみたいです?」
「ルルベル!」
ぎょっとした顔をこちらに向けたジェレンス先生、後ろから撃たれたみたいな感覚かもね。
でもさ、よく考えてくださいよ。
「ちょっと一回、どれだけ痛いか体感してもらった方がいいかもしれないな、って。わたしの方は、痛いじゃ済まないってこと、わかってます?」
こちとら、なりゆきで命懸けになっちゃったんだからな!
おとなしくしてくれよ、たのむよジェレンス先生。




