549 いざというときにジェレンスを殺せますか?
「……シュルージュ様、いくらなんでも極端です!」
わたしの反駁に、シュルージュ様は微笑んだ。すごく、冷たい笑みだった。
「この子は規格外過ぎます。その点は、ご理解いただけますね?」
「え? っと、はい」
「興味があるから、気になったから。ちょっと面白そうだから――思いつきだけで、なんでもできてしまう。結果を熟慮しない。強過ぎて、弱者を理解できない。自分がふりまわしている力の強さを、まったくわかっていない。周囲を虐げていることへの自覚すら、できていない」
ふたたびジェレンス先生に視線を向けながら、シュルージュ様はつづけた。
「だから、わたしには無条件で従うよう、教育しました」
それで「はい、伯母上」マシンが爆誕したわけ? どんな教育したの……想像したくないんだけど。
ジェレンス――と、シュルージュ様は先生の名を呼ぶ。
「はい、伯母上」
「おのれの傲慢を、自覚できますか? まったくわかっていない、という事実程度は心に刻めましたか?」
「はい、伯母上」
「わたしは嘘が嫌いです」
「はい……伯母上」
小さく吐息を漏らすと、シュルージュ様は、あらためてわたしを見た。
「聖女様。畏れ多くも、あなた様がこの者をかばわれるのでしたら。それは、わたしに替わってこの者を躾け、すべての責任をとることを意味します。それでも、お気もちは変わりませんか」
わたしはビビっていた。ビビり過ぎて、一周まわってワン! って感じだ。
「こ……殺し合ってほしくないだけです!」
「わたしがジェレンスと殺し合わないための条件を申し上げているのです。この愚か者は、小器用に立ち回り過ぎました。だから、いつまでも覚悟ができない。人生を引き受ける覚悟が、ないのです」
「伯母上、俺は――」
なんとか口を挟もうとしたジェレンス先生を、シュルージュ様は視線だけで黙らせた。
「犠牲とはなにかを叩き込まねば、いくらでも同じことをするでしょう。ですから、ここで誰かが死ぬ必要があるのです。わたしか、ジェレンスか。あるいは聖女様、あなた様でもかまいません。そこまでしても自覚できないなら、この子は終わりです。世界を滅ぼす魔王となるのは、この子自身でしょう」
ま……。待ってくれ!
「魔王は別にいます! 封印が解けたところを、それこそジェレンス先生がなんとか足止めしてくださって」
「もちろん存じております。魔王という呼称が紛らわしいなら、災厄とでも呼びましょうか? とにかく、世に解きはなってはならないものです」
それで、とシュルージュ様はわたしを見る。
「どうなさいますか。一族の長として、わたしはジェレンスの監督者であり、保護者でありました。聖女様が替わってくださるとおっしゃるなら、それだけのお力がおありかを確認する義務があります」
「そ……それで殺し合いなんて、おかしくないですか!」
「わたしを殺せない者が、いざというときにジェレンスを殺せますか?」
やばい、とわたしは思った。シュルージュ様は本気だ。ガチマジだ。
このひと、だいじなものを守るためなら「殺せる」ひとだ。
なんの役にも立たない前世知識を、ふとピン・ポイントに思いだしたのだけど。アメリカで、南北戦争ってあったじゃん? あの戦争で使われたライフルを集めて検証したとところ、むやみと弾が詰め込まれただけで、撃った形跡がないものが大量にあったんだそうな。
そのライフルの持ち主は、撃てなかったのだ。
つまり、弾を込めてるふりで凌いでいた兵士が大勢いたのである――殺せないから。
そりゃそうだ、ふつう、人間は人間を殺さない。
殺人なんて行為、ストレスのかたまりである。平気でできるのは、そういう訓練を受けて慣れたか、あるいはもとから規格外の存在で同族殺しが平気なのか、どっちかだ。
シュルージュ様は、まぁ……前者だろう。この世の平和と一族の名誉を守るためなら殺す、って覚悟が決まってる。
わたし? わたしは駄目よ……。
「……できません」
ジェレンス先生が目の前で大迷惑魔法をかまそうとして、それが甚大な被害を生むとわかっていて。止めるならジェレンス先生を殺すしかない――そんな状況に置かれたとしたら。
殺せる?
ジェレンス先生を?
……いや、無理でしょ! 無理無理! パン屋の娘に殺人を求めないで!
「でも、シュルージュ様にもジェレンス先生を殺してほしくありません!」
「わがままですね、聖女様」
「知り合いが殺し合うのを楽しめるような性格ではありませんから!」
こうなったら、ヤケである。世の中、声が大きい方が勝つのだ!
そしてわたしはパン屋の看板娘。呼び込み売り込みお会計。喉は鍛えられているのである。
今こそ下町で生まれ育った平民の実力を出すとき! よしルルベル、腹から声出せぇ!
「絶対! やめてください! 絶対に、です!」
「心情的にはともかく、可能ですか?」
「はい?」
「あなたにジェレンスを倒す力はありますか」
ものすごく意表を突かれて、わたしは戸惑った。
え、当代一の〈無二〉を殺す能力があるかって意味?
「そもそも、それがなければ監督権の移譲はいたしかねます。であれば、現在の監督者として、わたしがこの者を躾け直す必要があります」
「それが殺し合いって! 極端過ぎます、ほんとに」
「必要なことです」
このとき、わたしはひらめいた。ひらめいて、しまった。
これシュルージュ様、ご自分の死を覚悟の上ってことじゃないの? ……だってそうでしょ、これだけ本気で来られたら、ジェレンス先生だって反射的に自分を守るじゃん。そしたら、シュルージュ様がどうなるかって話よ。
死んでも、あるいは重傷を負ってもいい。むしろ、それが狙いなんじゃないか。
そうなれば、ジェレンス先生も自覚せざるを得ない――自分が容易に人殺しになるって事実をよ。
……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「わがままといわれても、かまいません! でも、押し通します!」
――ナクンバ様!
――応。
――ジェレンス先生とわたしを……
――諾。
皆までイメージする必要はなかった。即座に巨大化したナクンバ様が、小屋の屋根をふっとばす。両の前足でわたしとジェレンス先生をひっ掴み、びゅわーん!
気がつくと、高空にいた。
――生属性では、この高さまでは追いすがれまい。
――ありがとう! ナクンバ様、すごい!
――もっと褒めてもよいぞ。
――最高! 世界一! 大好き!
「……ぷはー、助かったー」
ジェレンス先生の呑気な声を聞いて、キッ、とわたしはそちらを見た。
「殺し合いたいんですか?」
「えっ? なんだよ、ルルベルまで……どうしたんだ」
ザ・呑気! ここまでのやりとりを聞いてて、これ? リートに一から危機意識を学んでこい!
「シュルージュ様を殺して、わたしも殺して、自由に生きたいのかって訊いてるんですよ!」
「いやまさか、そんな」
「ジェレンス先生がやってるのは、そういうことなんですよ。あれが危険だってこと、ちゃんとわかってます? あの移動方法のせいで、わたしのこと向こう側に落っことしたの、忘れてないでしょうね?」
「いや、……忘れては……いない」
忘れてないなら、なお悪い。まぁええやろで気にしてなかったってことじゃん。
「現状、ジェレンス先生は一時的にわたしの監督下にあるわけですが」
「……はい」
「こうなってみると、シュルージュ様のお立場がよくわかります」
こんな超弩級ヤンチャ坊主、監督できるか、って。責任とれるかっつーの!
「……おまえを殺したくはないぞ? あと、殺されたくもない」
「わかってます。わたしもそうしたくはないです。でも、できるかどうかでいえば、できると思います」
「は?」
「わたしには聖属性しかないと思っておいでかもですけど、ナクンバ様もいらっしゃいますし、それ以外にも秘密アイテムがアレコレありますからね」
とくに、万物融解装置とか万物融解装置とか万物融解装置とかだな!
あれでジェレンス先生を「なかったこと」にしちゃうのは、たいへん心苦しい。やりたくない。でも、可能か否かでいえば、可能だと思う。
「……おぅ、こわ」
「とにかく不要不急の虚無移動はナシです。あれ、危険ですよね?」
「まぁな」
「ルールディーユス様が、存在自体をいじってる魔法だ、って。そうなんですか?」
「あー、だいたいあってるな」
「そんな魔法、聞いたことがありませんけど」
「俺も、自分以外に使えるやつは知らねぇよ。たぶん、属性の問題だろう」
「属性……ジェレンス先生って、たしか……」
前代未聞の五属性持ち。
それは知ってる……知ってるけど、多過ぎてとっさに思いだせない。なんだっけ。
「火、水、風、時までは公表してる」
チート過ぎる! と思いつつ、わたしはジェレンス先生を見た。非公表の内容も教えてくれますか? ってことだよ。
先生は、ため息をついて答えた。
「非公表のは、前例がなくて名前もないんだ。俺は勝手に『存在』って呼んでる」
……そのまんまやん!
申〜〜しわけありません!
またウッカリして更新が遅れてしまいました。




