548 おまえがその気なら、殺し合いましょうか
問題の最強魔法使いが小屋に戻ってきたのは、翌朝だった。
「よぅ、ちょっと寝かせろ」
夜を徹して戦っていたらしいのに、なんか爽やか……だったジェレンス先生の顔が、ピキッと音がするほど固まった。
「待ちましたよ、ジェレンス」
「あ、いや……」
「早く帰るよう、ハーペンス師に連絡を入れてもらったはずですが」
「まさか伯母上がお待ちとは思わず! 失礼しました!」
固まっていたはずのジェレンス先生は、軟体動物のようにくにょくにょ曲がりはじめた。たぶん高速でお辞儀してる。 はい伯母上を見慣れていたわたしでさえ、なんじゃそりゃと思う勢いだ。
シュルージュ様を取り囲むように座っている生徒たちなど、目に入ってなさそう……。
「弁明は不要です」
「はい、伯母上。いやしかし、伯母上――俺は魔王の相手をしていて、返信の余裕もなく」
「不要だといったのが、聞こえませんでしたか」
「はい、伯母上!」
ジェレンス先生は黙った。
シュルージュ様は、ゆっくりと立ち上がる。
「手短に話しましょう。わたしは命じたはずですね? おまえの瞬間移動魔法は危険だから、他者に向けては運用しないように……と」
口を開けたジェレンス先生だったが、すぐにまた閉じてしまった。
弁明は不要だからね!
シュルージュ様は、歩を進める。
一歩。ジェレンス先生は眼をひん剥いてその足先を凝視する。
二歩。ジェレンス先生の肩がふるえる。
「わたしには、一族の当主としての義務があります。おまえを監督下に置き、その無尽蔵な魔力と考えなしのふるまいが、必要もなく他者を傷つけることがないように」
「は……」
「何回めです、ジェレンス」
「わかりません!」
正直過ぎる。というか、ジェレンス先生が完全にテンパってる。
ぶっちゃけると、見守るわたしたちもテンパっている。
シュルージュ様の声はおだやかで、言葉遣いも丁寧きわまりない。威圧的な身振りすらしない。だけど……。
「今、おまえを失うのは、みずからの戦力を削ぎ落とすことと同義ですが――」
ごくり、と。わたしたちは息を呑んだ。
後ろからでは、シュルージュ様の表情を窺うことはできない。ぴんと伸びた背筋、とくに力が入っているようには見えない肩。落ち着いた挙措なのに、圧倒されてしまう。
揺るぎない足取りで、三歩め。
「――そうせざるを得ないのかもしれませんね」
「失礼ながら伯母上! 俺は役に立ちます!」
ジェレンス先生の反応は、素早かった。食い気味といってもいい。
「そうですね。しかし、たいへんな迷惑もかけてくれていますよ、ジェレンス。わたしとて、今ここにいるべきではないのです。なのに、来ざるを得なかった。その間、戦場を支えているのは誰だと思います? おまえの教え子たちですよ。ここにいるのもそうですが――」
ジェレンス先生の視線がようやく、わたしたちの上を彷徨う。この話はどこに着地するんだという困惑が、表情から見てとれる――まだ全然理解してないってことが、よくわかった。
シュルージュ様が、問いかける。
「――全員、おまえに無体をはたらかれたそうですね?」
これで、虚無移動が問題にされていると見当がついたのだろう。ジェレンス先生は、即座に対応した。
「危急の事態で、やむなく」
「楽しんでいたでしょう、ジェレンス」
ビシリ。
鞭のような言葉という表現があるけど、こういうのをいうんだろうな……。
ジェレンス先生が、口を閉じた。視線がわたしをとらえる。助けてくれ、助けろルルベル、と顔に書いてある。
……よく考えてよ先生。シュルージュ様がここにいる理由は、なんだと思う?
わたしらが呼んだからに決まってるだろ!
あのあと、このままでは魔王がやられる前に我々がジェレンス先生にすり潰されるという合意が形成され、ファランス様とアリアンがシュルージュ様のもとに行ったのである。
正確には、まず様子を窺いがてら本営のハーペンス師のもとへ向かい、ハーペンス師にたのんでシュルージュ様のところに飛ばしてもらったらしいけど、まぁ省略。
実際の被害者が同行すべきではあったけど、ナヴァトは論外、わたしも本営に近づくのはアウト、リートも避けた方がいいかもってことになって、経緯を知ってるファランス様がマストになった。本人はひとりで行けるといったけど、風属性ふたりなら補いあえて、どんな事態にも対処できるだろって話し合って、アリアンが同行。
すごく……相性が悪そうだけど……「不測の事態があっても、どちらかが連絡係として高速移動できる」利点を考えたら、ほかに選択肢がなかった。
わたしの護衛という点では、リートが一応復活してたのと、もともとこの場所わりと安全なのでね……いざとなったら、地元出身のナクンバ様に出張ってもらえばいいし。なんなら、万物融解装置だって隠し持っているのだ。
……あれ、魔王に使ったらどうなるのかなという疑念が頭をかすめたけど、ちょっと冒険過ぎるなという感想にしかならなかった。
そういうわけで、深夜、ものすごく冷静にお怒りになられたシュルージュ様が、アリアンとファランス様のサポートつきで到着。まだヘバっていたナヴァト忍者を強制再起動してくださった……生属性怖い。
ファランス様とアリアンも、魔法使いとしては疲れていたけど、身体的な疲労は軽減してもらったそうだ。
……生属性強い。
シュルージュ様は、すでに聞いていた話を我々に確認し、殊にナヴァト忍者とリートには念入りに状況を話させて。
で、こうなっているわけだ。
冷静に怒ってるシュルージュ様、すっごく……怖い。
「そ、それは……」
正直過ぎるジェレンス先生に、わたしは同情の念を禁じ得ない。へたにごまかすことができない圧力が、その場を支配している。
「研究したくなったでしょう。どこまで、どれだけ、どんな風に。自分以外を動かすことが、面白かったのでしょう。そうですね?」
「……はい」
もはや質問ではない。ただの確認である。
だけど、ジェレンス先生もちょっとは抵抗した。
「しかし伯母上、これは魔王との戦いを有利に進めることができる要素かと!」
「あなたを生かしておく条件を、忘れてしまったのですか?」
これには、ジェレンス先生よりも、同席していた我々の方がビビったよね。えっ……生かしておく条件? なにそれ!
ジェレンス先生の足が、くにゃっとした。
さっきのお辞儀を軟体動物なんて呼んでごめんなさい、くらいのやわらかさだ。
……待って、人体ってこんな風に曲がらなくない? 待って待って!
「シュルージュ様!」
思わず立ち上がったわたしを、ふり返りもせず。
「一族の問題です。聖女様におかれましては、どうぞお気になさいませぬよう」
いやいやいや、無理ですって! だってジェレンス先生、なんかにょろにょろしてるよ! 脂汗も滲んでるし! 思いっきり歯を食いしばってるし!
「ですが、シュルージュ様」
「この者は、おのれの興味のおもむくまま、他者を玩具にしたのです。そういうことはするなと、何回も忠告してきました。一族の長として、もはや看過できません」
ジェレンス先生が、絶望の表情でシュルージュ様を見上げる。
いやいや……ほんと待って!
と思ったけど、気がついたら声が出なくなってた。
……生属性魔法こっわ!
「いいでしょう、ジェレンス。おまえがその気なら、殺し合いましょうか。その覚悟ができたかを、見届けてあげましょう」
駄目ーッ!
もちろん声は出ない。とっさに、わたしはジェレンス先生の前に立ちはだかっていた。
シュルージュ様が眉を上げる――視線はわたしではなく、わたしにかばわれているジェレンス先生に向けられていた。心底がっかりした、という表情だ。
「生徒にかばわせて、どんな気もちです?」
「……罰は甘んじて受けます。退け、ルルベル」
「嫌です! わたしの目の前で殺し合いなんて許しませんからッ!」
あ、声が出てる。
わたしはシュルージュ様をまっすぐ見据え、急いで畳み掛けた――声が出てるうちに、喋らないとね!
「ジェレンス先生は、その、今回のように無茶なこともなさいますが、それでも、今まで何回も助けてくださいました。殺すなんて、そんな。シュルージュ様もです、ずっと戦場を支えてくださっている、今回の戦争の立役者です。なぜ、味方同士で争う必要があるんですか! やめてください!」
「聖女様……愚かな味方なら、いない方がよい場合もあるのですよ」
こいつのような、という視線でシュルージュ様はジェレンス先生を見遣った。
「ジェレンス先生は、ちゃんと、わたしたちを導いてくださいます! 愚かなんかじゃ、ありません!」
ここでようやく、シュルージュ様はわたしと視線を合わせてくださった。そして、こうだ。
「では、あなたがわたしと殺し合いますか? ジェレンスを監督する力があると証明し、わたしに替わって保護者になる覚悟がありますか?」
なにそれ、ハード・モード過ぎるッ!
更新が遅れて申しわけありません。
完全に忘れていました。




