547 リートが……リートが他人を褒めた!
……シスコがリートを叱りつけているあいだ、わたしはまた、ぐるぐるの思考に陥りそうになっていた。
自分がなんとかしなきゃ……でも、できることなんてある? ってやつだ。
時間の無駄だから、やめたい! ほんっと、無駄。
ほかのことを考えよう……このお菓子、美味しい。どこで買えるのか知らんけど……ジェレンス先生って甘党だっけ? いやまったく知らんな。
……実はジェレンス先生のこと、なんも知らないな。俺様ノンデリ最強魔法使いで、弱点は伯母様だってことくらい? 知ってるのって。
推定魔王を相手に生徒を使って実験? 戯れ? を仕掛ける程度には、イカレている。
……そう、イカレてない? 相手は未確定とはいえ魔王だし、使ってるのは生徒だぞ! 俺様思考が過ぎない? ぜったい負けないって思ってるでしょ、あのひと。魔王が相手だったとしても、だ。
「ジェレンス先生って、失敗体験がないのかな」
ほとんど無意識のつぶやきを、アリアンが拾った。
「ない、とまでは断言できないでしょうけど。それでも、かなり薄いのは間違いないわね」
「え、なんの話?」
たまに反論してくるリートと容赦なくやりあっていたシスコは、当然だけど、唐突なわたしのつぶやきからスタートした話の流れが見えずに当惑している。
アリアンが、さらりと説明してくれた。
「ジェレンス先生の失敗体験よ。あのひと、自分にできないことはない、くらいの感覚で生きているように見えない?」
「あー……」
シスコのみならず、全員が「あー……」の顔になった。リートもだ。
「五属性持ちの当代一だからな」
「無法な強さですね。我が国でも、伝説の魔法使い扱いです。今回、お会いできるのは光栄だと思っていました」
……過去形! ファランス様、さりげないディスり?
そこへ、アリアンの忖度ないストレートが炸裂!
「無自覚に傲慢でいらっしゃるのよね」
わかりやすい表現だなー、無自覚に傲慢。たしかに、ジェレンス先生ってそんな感じだ。
「なんでもできて当然って状態で生きてるから、できないということが、理解できない……みたいな?」
「そうね。その割に、わかっていない生徒への説明は上手いんだけど」
「たしかに……」
「感覚的にできることを理論で下支えできるよう、学ばれたのではないでしょうか?」
ファランス様の意見が、正解っぽい気はする。
なんでもできちゃうけど、どうしてできるのか、なんでそうなってるのか……って部分もきちんと調べて、理解できるようにしたんだろう。そこは努力の賜物で、身につけた財産ってやつだ。そうでもなければ、教師としては三流以下になっていたに違いないし。
「なんにせよ、凹むってことが滅多にないから調子に乗ってるっぽく見える」
「同感ね。そのうち、とんでもない失敗をしそうな予感がするわ」
「とんでもない……ジェレンス先生の『とんでもない失敗』って、どうなるのかしら」
シスコのつぶやきに、全員が視線を宙にさまよわせた。最悪の想像の、さらに上を行きそうな気がするよなぁ。
……こわ!
「国家規模だったりして」
「世界規模の間違いでは?」
口々につぶやいていると、リートがあっさり突き放した。
「巻き込まれないようにしたいものだな」
さすがリートである。
「巻き込まれないのは無理じゃない? 世界規模だった場合」
「そうだな……一回、適度な凹みをお膳立てできるか考えてみるべきかもしれない」
適度な凹みって!
「でも、ジェレンス先生の失敗体験って……あ」
「あ?」
「シュルージュ様なんじゃない? あの異様な従順さ、もしかしてジェレンス先生の唯一の失敗というか……敗北経験が、シュルージュ様を相手にしたときなんじゃないの?」
「ありそうな話だな」
リートは納得してくれたが、ほかのメンバーはジェレンス先生の「はい、伯母上」を目撃したことがないので、いまいちピンと来てないらしい。
まぁねぇ……あれは見ないとわからないよ。うん。わたしだって、自分で見てなきゃ信じない。想像もできない。
「やっぱり、シュルージュ様に訴えておいた方がいい気がする」
「さっきも指摘したが、それでもやらかしたんだからな、あの糞教師」
たしかに、いかんともしがたい事実である。言葉遣いはともかくとして。
「ナヴァトが起き上がれなくなるなんて、相当よね?」
「相当だな。あいつは身体能力も高いし体力もあるが、なにより気力が持続するところが長所だ。護衛をつとめるにあたって、気が緩むことなく日々を過ごせている点、評価が高い」
わたしは眼をしばたたいた。
リートが……リートが他人を褒めた!
いやでも、へたに弄ると前言撤回したりしそうだし、ここはサラッと流そう、うん。
「そうね。ナヴァトがだらけてるところ、見たことない」
「そのナヴァトが、おとなしく寝てろといわれて反論らしい反論もせず従っているんだぞ。よほどのことだ」
「……うん」
推定魔王も厄介だけど、味方の最強魔法使いもそれなりに扱いに困るという現実が、じわじわと浸透してきた。
ジェレンス先生は、強い。たよりになる。
だけど、ちょっとイカレてる。
マッド・サイエンティストみたいというか……魔法に関することなら「面白ければそれが正義」みたいな感じなのかも? より正確には、自分の興味を惹くかどうか、かな? これはどうだと思いついたら、パッ! とやっちゃう。もっとこうして、ここをああして、そっちはどうだ……と、無限にバリエーションを思いついては試しちゃうんじゃないか。
「本人は、あの移動を連発しても平気らしいからな。俺たちにどれだけ負担がかかっているか、まったく理解していないんだろう。あの『はい、伯母上』は、逆らうと面倒だから従っておこう、という表面上の姿勢に過ぎない」
「……つまり、今後もわたしたちはポンポン飛ばされつづけるってこと?」
「今まで以上に、と考えるべきだろうな。ふれずに発動できるようになったようだから」
「うわぁ……」
今度の絶望は、全員に通じた――皆、経験してるもんな! 虚無移動!
アリアンが、貴族的な婉曲表現でこう断じた。
「嬉しい話とは、いえないわね」
「……やっぱりシュルージュ様にガツンとやってもらうしかない気がする」
なんなら、世界の果てに落っことされた話も説明した方がいいかもしれない。
あれは、わたし個人の特殊な事情――呪文を学んでいる最中に何回か事故りかけてたせいで、そういう現象が起きやすくなっていた――を踏まえての事故ではあるけど、それでも、回数やってたら危ないんじゃないの?
「魔法伯も伝説的な魔法使いではいらっしゃいますが……ジェレンス師を上回るのは、難しいのでは? つまり、その――聖女様がおっしゃるような敗北を、未熟な、おそらく幼い頃にジェレンス師が喫しておられたとして。それで魔法伯には逆らえないと思い込んでらっしゃるのなら、今あらためて対立を煽るのは悪手になりかねないのではないですか。今度はジェレンス師が勝利をおさめられる可能性が高いのでは」
ファランス様の意見には、ちょっとびっくりさせられた。
え、そんな本気でやりあうことある? なにかいわれても、はい伯母上で終わるんじゃないの?
……いや、そうか。表面的な従属ではたりないって話なんだから、シュルージュ様があらためてジェレンス先生をわからせる必要があるってことか。
「相性というものがあるからな」
平然と答えたのはリートだ。ファランス様は、少し眉根を寄せた。
「しかし、ジェレンス師は五属性持ちと聞いています」
「俺たちも、そう聞いている」
「当代一の〈無二〉ですよ。さすがに、相性でなんとかなる問題ではないのでは」
「だが、あの糞野郎は生属性を天敵みたいに恐れてる」
「えっ?」
思わず声をあげたわたしに、リートは肩をすくめて告げた。
「学園にいるだろう。国いちばんの生属性魔法使いが」
「……あー!」
そういえば、ウィブル先生には逆らえない感じだった……。魔法学園の良心であり良識であり、ジェレンス先生のやんちゃを抑えることができる逸材。それがウィブル先生だ。
そしてたしかに、シュルージュ様もウィブル先生も、生属性。
「リートは?」
「さすがに属性の相性だけでは勝てんだろうな。俺は魔力量の問題で、大魔法が使えない。〈無二〉を倒すのは荷が重い」
「いや倒さなくていいけどさ……」
「倒すくらいのつもりでないと、圧倒はできない。そしてこの場合、圧倒しなければ意味がない」
そりゃそうかもだけど、なんでだろう?
魔王対策でもなんでもなく、我が方の最大戦力との戦いかたを論じることになっている不思議!




