546 馬鹿にされた気もちになるから、やめたまえ
あわてるわたしを気にすることなく、リートは言葉をつづける。
「俺はついでに死角からできることをやれ、って感じの飛ばされかただったが、あいつは明白に囮あつかいで、ついたり消えたりする勢いで移動させられてた」
「うわぁ……」
気の毒過ぎて、言葉も出ない。それもこれも、発端は「ママを抱っこ」だからな……。「ママ」と「抱っこ」は、推定魔王の二大ブレない要素だ。……役満である。
「どういうことなの?」
まだ話が飲み込めていないらしいアリアンに、推定魔王の話をざっと説明。
魔王らしき存在に追われてるって話は、ファランス様がさらっと伝えてくださっていたようだけど、「ママ」と「抱っこ」については言葉を濁してたっぽいな。ご配慮、感謝いたします……。
「それで、護衛のためにルルベルを抱き上げたナヴァトが、嫌われたというわけ?」
「わたしが走るより、ナヴァトに運んでもらう方が速いのよね……」
「想像がつくわ」
なんでやねーん!
そりゃね、どんくさいですよ、わたし? どんくさいですけど、さすがに深窓のお嬢様よりは走れるじゃん? 日常的にバタバタ労働して暮らしてたわけだし?
「ナヴァトは騎士団でも将来を嘱望される若手だったようよ。噂を聞いたわ」
……あ、そっち? わたしがどんくさいのではなく、ナヴァトが速いって方の納得か。失礼しました!
「その期待の若手をぽんぽん飛ばしまくって自力で動けなくさせたのが、ジェレンスの糞野郎だ」
「リート、言葉遣い!」
「身内しかいない、かまわんだろう」
……勝手に身内扱いされた皆様がお気の毒、と思って見上げると、面白そうにこちらを見ているアリアンと目があった。
「ルルベルって、顔を見るだけで考えていることがわかるわね」
「えっ。それは正直者って意味かな……」
「だいたい、そんなところよ。可愛いひとって意味でもあるわね」
ものすごく褒めるそぶりでディスられている気がしないでもないけど、アリアンの笑顔が美しかったので、問題ありません。まぁ、顔芸も腹芸もできないのは自覚があるしな!
「ナヴァトが限界を迎えそうになったのに気づいたところで、ここに送還されたわけだ」
「じゃあ……ジェレンス先生は、今はひとりで?」
「そろそろ本営から応援が来ると思うが……あいつの場合、ひとりの方が楽なんじゃないか?」
そこまで?
「でも、リートやナヴァトを使ってたんでしょ」
「あれは遊んでたな……相手の実力と手札を見てただけだ」
推定魔王相手にお遊び感覚か! さすが当代一。
……あのノンデリ、ママママうるさい推定魔王をどんな扱いしてるのかと思うと、ちょっと怖い。
わたしだって、はじめはひどい扱いだったもん。ジェレンス先生は忘れてるかもだけど、わたしは忘れないよ! 平民平民って馬鹿にされたもんね。
担任は重度の差別主義者なのかと絶望しかけたけど、実態は、ただ口が悪いだけだったという……。
……まぁ、差別主義者じゃないところは評価してもいい。
実際のとこ、わたしの周囲がさばけてるだけで、平民と貴族階級の溝は深いんだから。
「もしかするとだが、自分の魔法の練習も兼ねていたのかもしれん」
「魔法の練習?」
「今まで、あの瞬間移動的な魔法、糞野郎との接触が必須だっただろう? さっき、俺とナヴァトをふれもせずに飛ばしてたからな」
糞野郎、って。さすがにいかがなものかと思うが、それ以前にだ。
手もふれずに飛ばしてた? 虚無移動を、遠隔操作できるってこと?
「そんなこと、できるの?」
「ああ。でなければ、ナヴァトを囮には使えんだろう。自分も一緒に移動することになる」
あっ……。なるほど、いわれてみれば!
「すごい魔法が、さらにすごくなったってこと?」
「気もち悪さも乗算だ。今までの比じゃない」
全員が、わぁ……という顔になった。なるほど、シスコとアリアンも虚無移動でここに来たわけね。察した!
「使われる側は、たまったものではないわね」
アリアンが、ずばりと指摘してくれたけど……ほんとそう。ほんと! そう!
「わたし、決意した」
「どうしたの、ルルベル」
「これ、シュルージュ様に直訴が必要な案件だ。いわれないと、平気でずっとやると思う」
「そもそも、すでに一回注意を受けてるはずだぞ」
リートにいわれるまでもなく、わたしは知っている。シュルージュ様は、やんちゃな甥にきっちり注意してくださっていたはずだ。
「そうだよね。濫用していい魔法じゃないんだよ、あれは。わたしなんか――」
世界の果てに落っこちたくらいだし、と思ったけど、言葉にするのはやめた。
リートは知ってるけど、ほかの面々を心配させる必要はない。そもそも、呪文を唱えて向こう側に行きがちだったという前提条件があるわけだし。
「――何回も経験してるけど、慣れないし、慣れていいものでもないと思う」
あやしまれないように正論で結んで、顔をしかめた。考えてることが筒抜けの我が顔よ、ちょっと頑張ってくれたまえ!
いやでも……うーん。
世界の果てに紛れ込んでしまったことを思いだしたら、どうしても考えてしまう。
あのとき、漂白者ルールディーユスはジェレンス先生の魔法に興味を抱いた。知りたがり過ぎて世界の果てを目指してしまうエルフですら知らない、斬新な魔法。そして、危険な魔法だ。
存在の根幹にかかわる魔法、って話してた……はず。
つまり、だ。あれって、呪文と親和性が高い魔法なのでは?
それにどういう意味があるかは不明だけど、たとえば――ジェレンス先生も世界の果てに落っこちる可能性があるのでは?
あらためて、エルフ校長に相談しておくべきなのでは?
なんとなくだけど、呪文まわりってエルフの管轄な気がする……人間の世界に普及してる魔法じゃないし。当然、それが孕む危険性だって、人間には知られていない。
「リート、校長先生に連絡とれる?」
「君がとれるだろう」
「無理だよ」
「あの紙を使えばいい」
ああー。強制的にエルフの里にお招きっぽいアレか!
でもなぁ……この場をはなれるのも、どうなのって感じするなぁ。
「そこまで急ぎじゃないかな」
「じゃあ、おとなしくしていたまえ。まったく、君は落ち着かないな」
口から先に元気を取り戻しつつあるリートによれば、わたしがファランス様と移動したあと、魔王の足止めは、ほとんど無理だったらしい。つまり、ふたりには目もくれず、魔王がファランス様を追ってしまったのだそうだ――はじめはよたよた、徐々に早足、さらには超高速で空を飛んで行ったそうな。
その時点で成長も早まっていたそうだから、なるほど、わたしたちに追いついた時点では、もう完成形になっていたわけだ。
「あのまま成長を加速させてたら、おじいさんになるのかな?」
「知らん。だが一般論として、老人の肉体は脆弱だ。経験の蓄積によるアドバンテージがあるだけで、あいつみたいに成長促進を使って一足飛びに年老いたら、肝心の経験を積むこともできない。つまり、弱るだけで強くならない。そこまで意味のないことは、しないだろう」
「なるほど……」
「やってみるか?」
「なにを?」
リートはにやりと笑った――悪い顔というやつである。
「ママのお願いで、老人まで成長してもらう」
「……いつもリートがわたしに呆れてるときの顔、真似してもいい?」
「馬鹿にされた気もちになるから、やめたまえ」
馬鹿にするんだよ! てーか、やっぱり常時わたしを馬鹿にしてんだな、リートめ!
不機嫌に睨みあっていると、ファランス様が割り込んできた。
「真面目に考えてみたのですが、あれも常時従順というわけではないですからね……こちらに都合よく扱うのは、難しいでしょう」
「抱っこしてやれば、一発じゃないか?」
「却下」
「君のことだ。一時は、それですべて解決とか思ってただろう」
「……却下!」
「却下に決まっているでしょう! そんなわけのわからない存在とルルベルをふれあわせるなんて!」
シスコが真面目に怒りだし、我々は口をつぐむことになった。
知っているか? ふだんあまり怒らないひとが怒ると、迫力がすごいんだぞ……。
リートすら、おとなしくなるレベル!




