545 口と危機意識は元気でも
貴族階級のかたがたの高等テクニックはともかく。
わたしは、なんとなく焦っていた。こんなところで優雅にお茶してる場合なのか? って。
いや待てルルベル、どんな場合かはともかく、今できることってある? おまえの魔力はすっからかんだぞ。聖属性魔力以外になにか取り柄ある?
……なかったわー!
焦って、宥めて、落ち込んで。ひとりでループしてる感じだ。
でも、どうしたって気になるよ。リートやナヴァト忍者はどうしてるのか。ジェレンス先生は……まぁ心配するだけ無駄な気はするけどね? 無駄かもしれないけど、それでもやっぱり心配だ。相手は、ママのためならなんでもしそうなヤンデレ変態っぽい魔王である。わたしが行けば、なにもかも解決するかもしれないのに。
それなのに、わたしはここでお茶を飲んでいる。安全に。守られて。
……嫌だなぁ。
なにもかも、嫌だなぁ。
シスコたちがここに来たことも、わたしがなにもできないことも。
すべて、間違っている気がしてしかたがない。
あの推定魔王との遭遇だって、もっとこう……うまくやれたんじゃないだろうか。
ママ呼びが衝撃過ぎて否定に走っちゃったのは、間違ってたかも。うまく取り入れて、友好的に対話できるようにしていれば……。
「ルルベル、どうしたの?」
気がつくと、全員がわたしを見ていた。
……しまった、完全に黙っちゃってたか!
聞き流していた会話をなんとか掘り出そうとして、ちょっと苦笑してしまう――だって、さいごに聞き取った記憶があるフレーズが、「とにかくルルベルが無事でよかった」というアリアンの言葉だったから。
「……ごめん、ちょっと考えごとしてた」
「聖女様は、お疲れなのでは?」
そういうファランス様だって、疲れてないはずがないのに。そう思うけど、声にする前にシスコが反応した。
「ああ……気がつかなくて! そうよね、当然よ。奥の部屋に寝台があるから、今のうちに休んでおくといいわ」
おふぅ、心配させてしまったぞ……。できるだけ快活に答えろ、ルルベル!
「大丈夫、大丈夫。心配しないで、わたしは傷ひとつないんだから」
そう。わたしは守られてる。ぜんぜん平気。
困ったことなんて、なにもない――だから困ってる。
誰より頑張らなきゃいけない立場なのに。それはわかってるのに、頑張りようがない。
アリアンが口をひらきかけた、まさにその瞬間。
ばぁん! っと、扉が開いたのと、ファランス様がさっと立ち上がって皆を背後にかばったのが、ほぼ同時。
「おぅ、戻ったぞ!」
……ノンデリ最強〈無二〉だった。
右手にナヴァト忍者、左手にリートを抱えてる。ふたりとも意識はあるようだけど、ぐんにゃりしてる……また虚無移動のせいなのか、それとも推定魔王と戦ったせいかは、不明だけども。
「こいつらを頼んだ」
ぽいっ、とジェレンス先生がふたりを放り投げる。ああっ、雑! 雑過ぎる!
ふかふかのラグが敷いてあるとはいえ、床に転がすとか!
「先生!」
相変わらず反応が遅れがちなわたしが無言でも、シスコがちゃんと抗議の声をあげてくれた。おお、我が天使よ。
「怪我はしてねぇよ、へばってるだけだ。寝かせときゃ治る」
とことん雑!
「じゃ、俺はまた行ってくるから」
「待ってください。なにがどうなっているのか、もう少し、説明を――」
ファランス様が声をあげたときには、ジェレンス先生の姿は消えていた。
……神出鬼没でひっかき回すの、マジでほんと、もう!
「――してもらえませんでしたね」
苦笑して、ファランス様は転がされた親衛隊のかたわらに膝をつき、様子を見た。
そのあいだに、アリアンが外を窺ってから扉を閉める。
シスコは水差しからコップに水を注いで、飲めるでしょうか、とファランス様に渡していた。
……皆、てきぱきしてるなぁ。
「自分勝手を体現したような存在ですわね。今にはじまったことでは、ないけれど」
辛辣に評したのはアリアンだけど、まぁ……あんまり否定はできないね。
「また伯母様に叱られると思うよ……」
「ああ、魔法伯ね。あのジェレンス先生が、頭が上がらないって聞いたわ」
「信じられないでしょう? でも、事実だよ。御前に出ると『はい、伯母様』自動返答装置になるの、すごいよ」
「見てみたいわね」
「そのうち見られるんじゃないかな」
床の方から、リートが呻いた。
「君たちはまた、この状況でそんなくだらん話を……」
「リートこそ、そんな下の方から上から目線発言、みっともない。黙って転がって体力と魔力を回復してちょうだい。これは聖女命令だよ」
なんとか身を起こして水を飲むと、リートはわたしを睨んだ。
「君は元気そうだな」
「おかげさまで。ただ、魔力は空っぽだから気をつけてね」
「なんでだ」
「ジェレンス先生に命じられたの。全力でぶっぱなせ、って。その結果、空っぽ!」
「まったく……後先考えないのは困りものだな。そこは、命令を無視してでも少し残しておけ」
……うん、リートは元気だ。放っておいて大丈夫!
「ナヴァトは?」
「申しわけありません……」
ナヴァト忍者は起き上がり、床に座っていた。こっちの方が状態が悪そうかな……いつもなら、さっと立ち上がって、後ろに控える態勢をとるよね。それをしないってことは、できない、ってことだ。
「いいの、謝らないで。ナヴァトも安静にして。奥の部屋に寝台があるの?」
顔をふり向けてシスコに訊くと、肯定が返った。
「あるわ」
「じゃあ寝かせましょ。ええっと……」
「運びましょう」
ファランス様がおっしゃって、いやナヴァト忍者って骨格がっしりだし筋肉質だしで、むっちゃ重そうだけど大丈夫か訊いたら東国男の矜持を傷つけるかしら……と考えてるあいだに、ナヴァト忍者の身体がふわりと浮かび上がった。ああ、魔法ね! はいはい。
「自分で……」
「無理はしないように。聖女様のご命令ですよ」
東国男のスマート対応、男性相手にも発動してる! ……ファランス様、すげー。
で、ナヴァト忍者がおとなしく片づけられたところで、わたしはリートの背中にクッションを突っ込み、ソファにもたれさせることに成功した。
口と危機意識は元気でも、くたびれてはいるようだったから。聖女の情けってやつだよ。
「……くそっ、あの無法な移動のせいで」
やっぱ、移動酔いだったか。なんか気分悪そ〜って顔してたから、そうかなとは思った。
「怪我はないの?」
「すり傷くらいだな。急いで移動したから、下生えを回避しきれなかった……おい、見るな。その程度の傷は、もう治してある」
よく見れば、頬のあたりにうっすらと傷がある。ピンク色の初々しい皮膚があるとこ、本来は切り傷だったのだろう。
……まぁ、そのへんは心配しなくていいんだろうな。さすがの生属性魔法使いだ。
「ナヴァトは?」
「あいつの方が重傷だった。だいたい治してあるが、反動でへばってるところにジェレンスの野郎……」
さすがの生属性魔法使いだな! 後半、なんか恨み節が混ざってるが。
「やっぱり交戦したんだね」
「あの流れで交戦しないなどということが、あり得るか?」
「……ほんとに元気ね」
「ジェレンスにふり回されるまでは、無事だったんだ。あの野郎、俺たちが追いついたと見るや、的の代わりにぽんぽん飛ばしやがって」
……はい?
「ジェレンス先生って、瞬間的な移動魔法を使えるのよね? さっきも、不意に消えたわ……」
アリアンの問いに、ああ、話はそこからか……って思ったよね。
「使えるけど、同行すると虚無を味わうことになるから、できれば逃げてね」
「そうですね……体験せずに済むなら、その方が幸せな人生といえるでしょう」
隣室から戻って来たファランス様が口添えしてくれた。彼にとっても、虚無移動は印象深いものだったらしい。しかし、幸せな人生って!
「むしろ、全員体験しろ。……俺たちはそれを、何回もだぞ! 短時間に」
リート様、本気でご立腹。
「残念だけれど、わたしたちも体験してるわ。ここに来るときにね」
……御愁傷様です。
それはそれとしてリートの発言が気になる。
「的にしたって、どういうこと?」
「ナヴァトが魔王に注目されてたからな」
「注目?」
「いきなり『ママを抱っこしてた男!』って絶叫されて、雷撃みたいなの飛ばされてたから」
アリアンとシスコがわたしを見た。……いや待って、誤解!




