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536 ほのぼの路線のほんわかあったか

月曜日の予約を失念しておりました……。

更新がずれてしまい、申しわけありません。

 うぁえーん、うぁぁ、うぁぁん!


 声は、だんだんやかましくなってきた。赤子だといわれたら、そうかもって感じだ。

 そういや弟の方のリートが赤ん坊だった頃、あまりに大声で泣きまくるので、はす向かいのグレンジャさんが怒鳴り込んできたことがあったな……あれはさすがにグレンジャさんが悪いというよりリートがうるさかったな……と、どうでもいいことを思いだし。


 ……ま! なんとかなるっしょ!

 女は度胸だ、看板娘は愛嬌だ、そして聖女は……なんだろ?


「近寄りますね。警戒お願いします」

「ルルベル、いざとなったら杖ですよ。杖」


 聖属性の呪符を手に、わたしは前に進んだ。きらめく植物たちは、現実のものではないのだろう――かき分けるまでもなく、わたしを通過させてしまう。

 その向こう、淡くかがやく苔の上に、赤子はいた。

 いやマジで赤ん坊。

 その……生まれたて過ぎて、目がくらんでる親以外が見たら「なんかシワシワ」「可愛い……とは思えない」「宇宙人みたい」って感じの、ほら。ぷくぷくして可愛いとかいう段階以前の赤ん坊だ。


 ……えっ。これが、魔王?


 うぁうぁ泣いていた赤ん坊と、目が合う――真っ黒な、夜空みたいな瞳。きらきらとまたたく星まで見える。


「だぁ」


 赤ん坊は、おくるみの中から手を差し伸べる。あきらかに、わたしに向かって。

 あっ……やば……これ魅了とか入ってない? ねぇ?


「校長先生……なんか、可愛く見えてきちゃうんですけど、魅了の魔法とか発動してます?」

「いいえ、魔法の気配はありません」


 エルフ校長も困惑気味だ。


「魔王が赤子だったという前例は?」

「僕が知る限りでは、ありませんね……」


 前例のない存在、やめてくんないかなー! 対処に困るから!


「これ……どうすれば」

「見張りを残して帰還しましょう」


 エルフ校長が、現実的な提案をしてくれた。


「でも……」

「はじめから、そういう指示ですよ」


 たしかに、魔王らしきものを発見しても交戦するな、とはいわれてる。

 でもこれさぁ〜……交戦って感じじゃなくない? むしろ、保護しないといけなくない?

 ナヴァト忍者が、おそるおそるといった顔つきで尋ねる。


「まさかとは思いますが……赤子の姿に絆されましたか?」


 そのまさかだよ!


「だって、こんなの……放っておけない……」

「もちろん放ってはおきません。監視は残すべきです」


 ソウジャナイ! ソウジャナイ!


「あの赤ちゃんがほんとに魔王なのかさえ、わからないですよね?」


 赤子は相変わらず、だぁー、とか、くぅぷ、とか不思議な音声を発している。弟の方のリートも、昔はこんな感じだったはず。

 ……なつかしいな! 弟が赤ん坊の頃って、わたしだってかなり幼かったはずだけど。でも、なんとなく覚えてる。むっちむちの足とか、ちっちゃい手。指をさしだすと、ぎゅ! って。握ってくるんだ……思いがけないほど、強い力で。

 赤ん坊が、わたしを見て笑った。あきゃぷぅ、みたいな音を発している。か……可愛い!

 そんなわたしに、エルフ校長が冷静に問いかける。


「ルルベル、よく考えて。君は、あの赤子は魔王の復活地点に偶然放置された、無関係な存在だと思うのですか?」


 この問いはキツい……さすがにそれはナイワーと、わたしでも思う。

 念のため、ナクンバ様にもあの赤ちゃんが魔王だと思うかと頭の中で尋ねてみた。なんと回答は、今は感知できないとのこと。

 ここ、初代陛下の封印の残滓が濃くて、聖属性魔力大好きであるナクンバ様にとっては大好物……なんだけど、それが原因で感知力などは逆に鈍ってしまうらしい。

 ……なるほどね。魔力全振りの幻獣さんだと、そういうこともあるのか。


 わたしは前世知識を必死に検索した。おぼろげではあったが、乙女ゲームっぽい世界に転生してみたいわぁなんてリクエストを出す程度には、オタク知識が残っている。

 探せばあるはずだ……魔王が乳幼児だったパターン!


 結果、バブってる魔王の漫画を読んだ記憶にたどり着いたが、徹底したほのぼの路線のほんわかあったか漫画であり……わたしが今生きているこの世界観でトレースするのは無理があるな、という結論に落ち着いた。

 だってさー、主人公の男性勇者は、バブってる魔王に秒で堕ちて、保護者になるって展開なんだよ。そのあとは、よちよち乳幼児にふりまわされつつ愛情を深めていく展開だ。たま〜に、すごい魔力で大変なことが起きたりするけど、そういった事件もすべて、ほのぼのに呑まれていく……。

 この世界は、ほのぼのですべてを許してくれはしないだろう。

 実際、王都の吸血鬼案件あたりを、ほのぼの解釈できる? 無理でしょ。相手は人間を血液袋としか思ってないんだぞ。とんでもサイコホラー×ほのぼの……? 受け入れられるか、そんな組み合わせ!


「……とにかく、誰が残って誰が報告に行くかを決めよう」

「僕がルルベルと戻るのは?」


 さっそくエルフ校長が提案して来たけど、それは却下!


「わたしか校長先生かのどちらかは、ここに残るべきです。あの子がその……魔王の本性? 的なものを出してきたときに、ナヴァトひとりでは対応しきれない可能性があります」

「魔力玉を使えば、なんとかなるのでは」


 これは、ナヴァト忍者。まぁ、たしかに魔力玉は渡してあるし、ナヴァト忍者は魔力のコントロールがうまいから、使いこなすことはできるんだろうけど。

 だろうけど……魔王本体かもしれない相手だぞ?


「最善は、わたしが残ることですね。魔力はまだありますし、いざとなったら使える奥の手もふたつほどあります」


 ナクンバ様と、万物融解装置。どっちも、アホほど強い。

 ですが、とエルフ校長とナヴァト忍者が同時に否定しようとしたけど、事実でしょ。わたしが強い。


「相手が魔王単体なら、わたしが最強。これは間違いのない事実です。論理的に考えたら、わたしが残るしかありません。瞬間移動できる校長先生ご自身が、ひとりで移動すれば、ふたりは残れます。……物理攻撃に備えて、悪いけどナヴァトにも残ってもらいたいです」

「心得ました」


 ナヴァト忍者は受け入れてくれたけど、エルフ校長はまだ不満そうな顔だ。


「報告者としても、校長先生が適任なんです。校長先生なら、立場的にも年齢的にも、この突拍子もない話にちゃんと耳を傾けてもらえるでしょう? わたしが行って話すより、ずっと効率的だと思います」


 エルフ校長は、ここに至っても少し抵抗を見せた。


「……しかし、ルルベルをこの場に置いていくのは」

「目を離すわけにはいかないでしょう? あの子の正体がなんであれ、魔王とまったくの無関係である可能性は低いんでしょうし……魔王自身かもしれないし。本営には、早めに報告した方がいいです。どうしても心配なら、さっと戻って来てくださればいいんですよ」

「そういうわけにも、いかないでしょう」


 と答えたエルフ校長は、わりと現実的である。

 ……まぁなぁ、魔王の復活地点と思しきあたりに赤ん坊が放置されてました、では! で戻って来ちゃったら、本営を混乱させるだけだ。ある程度は説明したり念押ししたり、なんなら望ましい方向に議論の誘導を試みたり……が報告とセットになるだろう。


「校長先生でも手間取られるような報告なら、わたしの手には負えません」

「……移動にはどうしても僕がいる。ナヴァトひとりを置き去りにはできない――」

「いえ、ご命令とあらばお引き受けしますが」


 律儀に割って入ったナヴァト忍者を無視して、エルフ校長は言葉をつづける。


「――逆に、ナヴァトを連れてルルベルを置いて行く意味もない」


 悩ましげな吐息をひとつ。エルフ校長は、わたしの手を掴んで告げた。


「絶対に、あぶないことはしないように。おかしいと思ったら、すぐに逃げなさい」

「はい。ナヴァトに運んでもらいます」


 わたしが自力で走るより速いからな! 絶対に!


「リートに接触して事情を伝え、かれらに先行して戻ってもらいます」


 どうやって? ……とか、訊いてはいけない。空間に関するエルフの魔法は、人類が扱う魔法とはちょっとレベルが違うのである……いや、ちょっとじゃないな。かなりの格差がある。


「ルルベル、けっして無茶はしないで」

「信用してくださらないんですか?」


 エルフ校長はわたしの手をはなし、そのまま頭をやさしく撫でてくれた。そうっと、ふれるかふれないかくらいの距離感で。

 ……ジェレンス先生、乙女の頭を撫でるときはこれだぞ! これ! 見本として提出したい!


「できるだけ早く戻ります」


 たのみますよという目線をナヴァト忍者に送ると、しゅっ! エルフ校長の姿は消えてしまった。


「エルフの魔法って、ほんとすごいね……」

「はい。ところで、聖女様」

「うん?」

「赤子が動いています」

「えっ」


 あわてて例の赤ちゃんに視線を戻すと、ナヴァト忍者のいう通りだった。

 おくるみっぽいものから抜け出して、はいはいしている……。おむつはしているようだった。

 魔王のはいはい? いや、これほんとに魔王なの? おむつしてる魔王? ……ほのぼの世界観に侵食されるぅ!


 赤ちゃんは、かがやくような笑顔でみつめている。わたしを。自分の手元や足元など、まったく見ていない。わたしに一直線! だ。


「……こっちに来る」

「はい。後退しましょう」


 かくして、はいはいする赤子と後ずさる学生たち、という妙な構図が完成した!

 なお、赤子はたまに止まって「なんで遠くなるの? かなちぃ。つかれちゃった……でも、行くよ」という表情を見せるものとする。


 ……いたたまれない!


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