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535 世界とわたしを二択にしないでほしい

いつもの時刻に更新でなくて、すみません。

今日のぶんのSNS連載更新用のファイルを用意するのに必死になっていて、こちらの予約を完全に失念しておりました!

 わたしは――わたしたちは、前に進む。

 やわらかな苔の絨毯に足が沈み込み、その合間から小さなきらめきが舞い散る。

 日没を迎えて暗くなりつつある景色のあちこちに、やわらかな光が灯る。その光る花の蕾が次々と開いて、あたりはやがて燦然たる光の渦に包まれる。


 ……いや、魔王のイメージと違い過ぎん?

 なんかもう前世でいうライトアップ・ショーを見に来たみたいだよ。営業は何時までですか?


 声をあげるのもはばかられる空間だったけど、無言でもいられなくて、わたしはささやいた。


「校長先生」

「どうしました?」

「魔王がいるとしたら、もっとこう……暗そうっていうか……そんな想像をしてたんですけど」


 ああ、とエルフ校長はうなずいた。


「違いますよ、ルルベル」

「違う?」

「これは魔王の力ではありません」


 ……はい?


「でも、わたしたちは魔王の封印を――」


 そうですよ、と。エルフ校長が、しっかりと力のこもった声で答えた。


「封印です」

「……あっ!」


 そうか。

 これ、前代の――つまり、我が国の初代国王陛下がなさった封印の力なんだ。つまり、紛うかたなき聖属性魔法の顕現だ!

 ……いやでも待って。

 初代様って、拳でわからせるタイプの人じゃなかった? つまり……殴ってこれができちゃうの? えーっ!


「ぼ……」

「ぼ?」

「暴力がこんなに美しくなるなんて」


 思わず素の感想をつぶやいたら、エルフ校長が笑った。

 ナヴァト忍者は、意味不明という顔でわたしを見ている……。いやそうか、そうだよね。そういう詳細はね、語られてないからね。


「わたしの前に魔王を封印した、その……」

「ロスタルス一世聖王陛下ですか?」

「そう、その陛下がその……肉弾戦に秀でたかたで」

「存じております」


 存じてたかー。さすが、元は王子の護衛だっただけあって、王家関連の知識が深い!

 わたしなんか全然知らなかったもんなー。初代陛下が脳筋だったとか。しかし、王家への忠誠心篤いナヴァト忍者の前で、脳筋なんて表現をするわけにも。


「だからその、聖属性魔法も拳で」

「……拳で?」

「拳でわからせる魔法だったと、校長先生からお話を伺ったことがあって。つまり、封印も……殴った、みたいな?」


 ナヴァト忍者は一回、眼をしばたたいた。

 一拍置いてから、キリッとした顔でこうだ。


「なるほど」


 なるほど? うんまぁ、どうリアクションするかはそれぞれの自由だと思うけども! 深く納得したような顔をされるとは思わなかったよね!

 というか、ほんと……初代陛下がどういう魔法使いだったにせよ、この美しさは。


「やはり、珍しい植物なんですか?」


 エルフ校長に尋ねてみると、苦笑された。


「いえ。僕の知識の上では、存在しない植物ですね」

「存在しない……」

「ルルベルが発見したのは魔王の封印の座標がもたらす異常ですが、これは……我が友の痕跡です」


 つまり、とエルフ校長は深く息を吐いた。


「彼の魔法――魔王の封印が、分解されつつある証左となる現象です」


 危機的な状況を示唆する言葉だけど、わたしはなんだか、ぼうっとしてしまっていた。

 美しいし、安らげるのだ。

 こんな魔法に包まれていた魔王は、どんな心地で過ごしていたのだろう。相反する属性の存在なんだから、不快を覚える? それとも、自分の欠けた部分が満たされたような気分になるのだろうか?


「対象が動く気配はありません」


 ナヴァト忍者の報告に、わたしは小さくうなずいた。

 対象どころか、我々も動いてない……こんなところで、ぼけっとしてる場合じゃないのに。


「行きましょう。……あっ、こんなに聖属性魔法が満ちてても、大丈夫? 苦しくない?」

「問題ありません。無駄かもしれませんが、ここからは姿を消します」


 宣言して、ナヴァト忍者がかき消えた。いやもうほんと、まったく見えない。


「この先に魔王の封印が顕現しているのは間違いないでしょう」

「はい」

「ルルベル、ここで帰還してもかまわないんですよ。その方が安全です」


 エルフ校長にはそういわれたけど、わたしの心は揺らがなかった。

 勇敢だからではなく、この空間が心地良過ぎたから……なんだと思う。とにかく、ずっと揺蕩たゆたっていたいと感じてしまうんだ。

 ……これも封印の効力のひとつなのかな?


 そのときだ。

 そう遠くない場所から、うぁぁん、と声がした。


 魔王、あるいは魔王の眷属の可能性が高い――それくらい、わたしにだってわかる。

 さすがに、ぼやっとしてはいられない。


「確認しましょう」

「ルルベル……いざとなったら杖を」


 ……杖?

 あー! 万物融解装置か! 最終兵器過ぎて使わないから、うっかり存在ごと忘れそうになってたよ!

 ふと気がついて、尋ねてみる。


「万象の杖で、魔王を消すことはできますか?」

「できるかできないかでいえば――はい。できます」


 エルフ校長の言葉に、わたしは首をかしげる。


「でも、……しない方がいい?」

「ルルベルが失われるよりは、した方がいいです」

「できれば避けた方がいいんですね」


 確認すると、エルフ校長は顔を歪めた。


「ルルベルが失われるよりは、魔王が失われる方がいい」


 うぁぁん、と声がする。


 なんかよくわかんないけど、詳しく聞くのはあとだ。どうせ、前世で読み漁ったファンタジー小説の定石からして、魔王を消すと世界の均衡が崩れるとか、そういうやつだろう……って、消したらヤバいじゃん!

 世界とわたしを二択にしないでほしいわ!


「できるだけ使わないようにします」


 そうだ。歴代の聖属性魔法使いたちは、魔王を封印してきたんだ。倒すんじゃなくて。

 力及ばず、しかたなく――だったのかもしれないけど。それが討伐ではなく封印であることにも、きっと意味があるに違いない。

 だったら、わたしがその意味を消しとばすわけにはいかない。

 ……それができちゃいそうなのが、怖いんだけどな!


 うぁぁん……うぁん……。


「聖女様、対象を確認しました」


 不意にナヴァトの声が聞こえて、ヒッ! となったよね。頑張って平静を装ったけど、まぁモロバレだろう。


「動いてないのね?」

「動けないようです」

「動けない? まだ空間に固定されてるとか?」

「いえ……姿を見る限り、動く能力がなさそうです」


 はい?


「どういうこと?」

「赤子です」

「は?」

「人間の赤ん坊と同じ姿をして、泣いています」


 うぁぁん。


「……じゃ、さっきから聞こえてるのは」

「赤子の鳴き声です」


 冷静になれ、ルルベル。

 こういうのもパターンとしてある気がするぞ!


「赤子の姿と声で人を惑わしているのでは?」

「刺激してみないと、なんとも……やってみたところで、自分が望む状況になるまで無力なふりをつづけるかと」


 そりゃそうか。わたしが魔王でも、そういう方向で考えるわ……。

 つまり、聖女がのこのこ近寄ったらヤバいということだろうけど、ええー。

 どうすんの、コレ?


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