逃げ出した先は…
『止まれ!…カナメ!!!』
「嫌だ!あそこに帰れ!!」
『待ってくれ!!』
「来るなっつってんだろ!!」
北門を突破して直ぐ見つかり、門が閉まっていたことで距離を稼げたものの、もう、目と鼻の先程に追いつかれた。
その上林が途切れ、見晴らしのいい草原に晒された。
町の近くに寄せてあった船は見えているというのに、これじゃあ乗り込んだら最後…捕まることは間違いない。
かといってここのままでは……
足音が途切れたとハッとした瞬間、肩を…体を包むものと浮遊感が襲い、勢いのまま仰向けに草の上を滑った…
捕まったと、拘束を解くため力を入れるも、下にあった男の体がスッとなくなり、覆い被さった…
私の両腕は抑えられ、足も絡めて抑えられ…の、完全なお手上げ状態…
互いに荒い息を吐き出しながら、声を発することも出来なかった。
逆光で見えない顔は、どんな表情をしているのか…考えると怖くなった…
まだ、嫌われたくないと思う私は本当に往生際が悪い…。
だけど、本当の指名手配になっただろう私は、逃げなければいけない。
突き飛ばせるならそうした…
そんな甘い相手なら迷わずそうした…
力的にどうしようも出来ないと、微動だにしない体は十二分に分かっている。
「はあ、はあ、こ、今度はお前が私を犯すのか?」
さあ、私を離せ…私を仲間と思うなら退くだろう?
ふと視界が黒に染まった瞬間、私の口は塞がれた。
何故?どうして?
すぐさま顔を横に振り、それを離すと、抑えた腕が脇から入り、肩裏を通って頭を抑えられる…
「ギル!!ホントにやるつもりか!!?」
『……それでもいいが、しばしこのまま……』
混乱する私を余所に、顔にすり寄り、ギルの髪が顔にかかる。
言葉に詰まって、呼吸を整える事に専念するしか、選択肢はなかった。
ギルの上下する肩は、私のものか…ギルのものか…
テンポもくそもない煩い鼓動はどちらのものか…
触れている…いや、重なっている…が正しい。
喜ばしい状況ではない筈なのに、どうしようもなく幸せだと感じた…
目に涙が滲んで…それは容易く溢れた…
ギルの気持ちが伝わってきた…いや、確信したと言うべきか…
ここまでされて気付かずに居ろと言う方が無理がある。
私を好きだと言っている…
言葉に出さなくても分かる…
私もそうしたいと思っていたから…
抱き締めて触れたいと思っていたから…
このまま同じ人間になれたらいいのに…
私の体が消えて、ギルの中に溶け込めたらいいのに…
なら、人の世の障害なんて関係なくなるのに…
「ギル…私はもうこの国にすら居られなくなってしまったな…」
答えない…けれど抱く腕の強さで応えてくれる…
私もそれに応える。体勢的に髪しか触れないけれど、後頭部を抱くように手を添える。
伝えたかった…
最後なのだから…
「大好きだった…町も人も…お前も……」
ピクリと肩が揺れ、少し離すと引き起こされた。
ギルの膝に乗せられ、胸に押し付けるように強く抱かれる…
「…ホント、やり過ぎた…何も考えてなかった。戦が終われば解決して、家族にも会って、自慢気に有名人気取ってさ……ふふふ…自業自得だ。馬鹿みてぇ!何が国のためだ!何がイベルナだ!なんで…なんで!私が」
『すまない!すまないカナメ…』
つい握りしめてしまっていた横腹と背中をパッと離す
「ごめん…ギルのせいじゃない…ごめん…ごめんな、ギル…もうこれっきり会えなくなる」
私が悪いんだ…何もかも…
『もう、離さないと、そう決めた…』
「何言ってんだ!?」
体を捻って膝立ちに肩を掴む
少し見下ろして見たギルの顔は、優しく微笑んでいた…
『この一年…お前の居なかったその間…言いようの無い喪失感に耐えてきた…お前をこうして捕らえ、満たされた今、どうして離れられる?……離せるわけがないだろう?』
諭すように…それでいて、さも当たり前と言うように言い放った…
「いや…だから…」
体を引き寄せられ、跨いでいた膝に落とされる
『俺はお前が欲しい。』
口付け一つ私に落とし、
『愛している』
もう一つ…
『離す気はない』
熱烈な告白と色気にあてられて、されるがままに唇を奪われ、吸い付き、絡めとられ…ふわふわと理性が消えていくのを感じた…
私も欲しい
ギルが欲しい
もっと…
もっともっと、私にくれ…
このまま死ねたらどんなに幸せか…
押し倒されて、胸を這う手で我に返った。
「ぎ、ギル!馬鹿が…」
『す、すまない…』
ギルの差し出す手を取り立ち上がる。
突如吹き付けた強い風が、私を本当の意味で素に戻らせた。
今後の事を…ギルの捨てなきゃいけないものが何なのかを…
私が心の底から憎しみ、恨みを抱いている奴らと、同じ事を、させてしまうということを…
「駄目だ…お前は居なきゃいけない理由がある。やらなきゃいけない務めがある!」
一歩後ろに下がる…
『覚悟など疾うに出来ている…』
「私のために、家族を捨てるなんて絶対に許さない!あの糞親父も、妹も、母親も!!本当の家族を捨てたお前なんていらない!」
また一歩…
分かってる。自分のことを棚に上げて、ギルを責めていることは。
『カナメ…』
手を取られそうになるのを振り払い、三歩下がる…
「触るな!…私が好きなのはなぁ!融通の効かない正義感のあるお前だ。責任感が強いお前だ。仲間を大事に思うお前だ。」
『何故下がる…』
「私を思ってそうしようとしているのは分かる…でもな、私は家族を捨てる奴は大嫌いだ。責任感のあるお前は何処に居った!?幼なじみのアルを捨てるのか!?引き継ぐことのできないお前の領はどうなる!?」
『………』
「仕方がないとは言わせない!…私は私の好きなお前でいて欲しい。好きなままでいたい…」
『くっ…俺を…また、突き放すのか!?そうやって、いつもお前は身を引こうとする…自らの気持ちを犠牲にして…言っておくが俺は何を言われようとも…どう思われようとも退く気はない!』
迫り来るギルに負けじと下がる私。
仕方ない。
私と同じ道を行かせるわけにはいかないんだ!!
キィッ
「なら、潔く」
『『やめろ!!!』』
首に添えた剣をそのままに、声のありかに目をやった。
「ライネル?……いつから!?」
それには答えずただただ歩いてくるライネル。
「動くな!!それ以上近付くなら死ぬ!!」
『オラァアアァァ!!馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!』
全身で吠えたライネルに、止まった涙が流れ始める…
「う、うるさい!来るなら死ぬ…私を行かせろ!!」
やめてくれ…来ないでくれ…
『とんでもねぇ馬鹿だ!お前は俺の前で死ねんのか?あ?』
威張り散らしてグングン近づくライネルに、動揺を隠せない…
「と、止まれっつってんだ!!」
捕まってしまう…もう今から走っても遅い…
『あ?俺やアイツの前で自害できるような奴かって聞いてんだ!!』
無理に決まってるじゃん…
そう、ハッタリだ…
大切なお前らにこんな辛い仕打ちが出来るかよ…
瞬間視界がブレて、よろめいた…
剣がある筈の首に何かが当たり、手を強く下に引っ張られる
剣を探す頭に、固く馴染みあるもので殴られた。
強制的にガクンと膝を着くと馬の足音が大きくなって来る
ーーーーーどうゆう状況?!ーーーーー
ーーーーーーカナメ〜もう安心していいぞーーーーーー
ーーーーもうあの話は帳消しになった!ーーーー
「…………は?」
力が抜けて、落とした剣をギルのものだろう足が踏み、視界を遮るように包まれた…
『マッドか!?どういうことだ!?』
『闘王からお許しが出た!何にも心配いらねぇぞ!!』
「嘘だろ…?」
だってあんなに…
『ギル!!カナメ!!』
ドンッ
アルの声と共にグラッと後ろに倒れ込む
『すまなかった!!』
倒れたものの重みはない。しっかり踏ん張る腕があったから…
『アル…どけ』
『すまん。すまんギル!!』
『だから、どいてくれ…』
四つん這いのギルに、縋りついて謝るアル…下から見ても滑稽な2人。
「ふっ……ハハハハッ!」
『ククク…』
『あ?……すまん…こんなつもりじゃ…』
『アル!2人が潰れちゃうとこだったじゃん。大丈夫?ギル、カナメ…』
両手を差し出すヴィル。
その手をギルが取り、立ち上がった。
私も、もう一つに手を乗せ…ようとして、叩く!
直ぐ反動つけて立ち上がる。
「私はまだお前を許してねぇから!!」
わけがわからない…でも、口はそう動いてた。
『ええ〜!俺、これでも頑張ったんだよ?』
「知るか!…それより…訳が分からない…」
『本当だよ?今も、お気に入りになっちゃったカナメのことで、盛り上がってるんじゃないかな?』
「は?お気に入りって…もっと意味わかんねぇし!」
『まぁ…色々あったの!大丈夫だから帰ろっ!』
帰ろ?
何で?闘王が私を許すわけない…
でも、アルも、マッドも、私に『真実だ』と頷いている…
ヴィルは信用ならないが、私を嵌めるような奴ではない…
信じていいのか?
私は逃げなくて大丈夫なのか?
皆を捨てなくていいのか……?
『カナメ…良かったな』
信じられた…
お前がそう言うなら、本当だ。
頭を撫でる懐かしい仕草が、今、ギルとの出来事を思い出させた。
「あ…うん…そうだ…な……」
いや…気まずい気まずい気まずい!!!
わ、私、あんな事になっちまって…
それで…ぶちまけちゃって!?
その上死ぬハッタリかまして……
「ああ!!!私やっぱり死にたい!!」
ゴッ
『馬鹿野郎が!今更恥ずかしがってんじゃねぇ!!』
拳骨の痛みなんて、今の私には関係ない!
「ライネル…助けてくれ!」
『馬鹿、抱きつくな!相手間違えてんぞ!』
「兄ちゃんだからいいじゃないか!」
『…後ろ見てみろ……』
「い…嫌だ…怖い……」
『カナメ!!』
「わ、私先帰る!!…アル!馬借りるぞ!!」
『お、お前!駄目だ!!』
ああ、どうしよう?!
無理…無理無理無理!
もう全部…記憶も思考も、消えてなくなれーーー!!




