物思いに耽る
私達が起こしたあの日の騒動から2夜明けた早朝…騒ぐ民衆から逃げるように出発した。
今の所、領主、孤児院、商会、それぞれの関係者は、拘留された上で話を聞き出している最中で、家や施設を引っかき回されていることだろう…
孤児院内の子供達の様子については、混乱や動揺など一切無く、非常に従順で、受け答えもしっかりしているとのこと。
『従順』が少し気になるが、出来ることが一つもない私達は、深く聞くことに意味はなく、全てを軍の『一時預かり』として委ねた。
あの日、アルがいた隣国への裏道は、明け方逃げてきた商会関係者を確保。
ヴィルは、孤児院での確保劇の報が入り次第、領主館突入。ギルが用意した家宅捜索と尋問要求書を突きつけて…
そして、ギルは、孤児院に来る商会の連中と、孤児院の職員を捕らえると共に孤児の保護を見届け、想定外の侵入者『ケイナー』を軍に引き渡した。
私は…宿に篭もっていた事になっているが、実の所孤児院の中に居た。
それも、意図して居たのではなく、仕方がなかった。むしろ、ファインプレーである。
数々の約束違反は目を瞑って流して欲しかったが、そう甘くはないのが現実だ…
まず『宿を出るな』を破っただろ?
その上、マキシムの家を訪ねた事だろ?
そしてその後、町を探し回り、寄りにも依って孤児院に侵入したことだろ?
ケイナーに麻酔針を刺したことだろ?
孤児院の高い塀を越えられなくて、ギルに助けを求めたのが悪かったんだよな…
それも、兵士達にバレるより遥かに良かったので、仕方なかったことなのだが…
何もかも、ケイナーが悪い!
…が、あんな無茶やケガまでして侵入したことや、マキシムに聞いた事情を考えると、やっぱり私の判断はケイナーにとって『悪』だったと思う。それ程までにやりたかった復讐を邪魔したのだから…
どうか普通の、ありふれた青年になって欲しい…
またマキシムと2人、楽しく暮らしていって欲しい…
これからマラッサルは変わる。
今度来ることがあるなら、その時、マキシムとケイナーの働いている姿を覗いてみたい…コッソリと。
本当に追いかけて来たら嫌だなぁ。
逆恨みされてませんように……
「…カナメ、どうした?」
「お…ギル…不寝番は私だぞ?」
「…様子が気になってな…」
「見ての通り、全く異変無し。蚊がうっとおしいだけだな…」
「お前だ…」
「私?…ケガも何もないぞ?」
「それは知っている…」
「………?まぁ、眠れないなら、何か話してくれ。」
「話?」
「例えば〜…夜だし、怖い話とか!」
「……カナメに怖い物はあるのか?」
「…ハハハハ!ちょっ、それ…違うぞ?クククク…まぁそれでいいや。でもさ、それって私に怖い物はないと思ってる、ってことか?」
「そうだ…無茶が過ぎる」
「謝ったじゃん…あーえー…私の怖いもの…怖いもの。……物や動物ではないけど、やっぱり…手にあった物を失う事が怖い。」
「ん?例えば?」
「家族とか、仲間とか…気持ちが離れて拒絶されたりだとか……」
「…ケイナーか?」
「それはまあ、寂しいとは思ったけど、もっと身近な人。例えばギル達仲間。…もし会いたくないと、顔も見せるなと言われたら、私はどうすればいいのか分からなくなる。身動きとれなくなる。体じゃなくて心がな…多分折れてしまう気がする…」
「…有り得ない。そんな事は一生…」
「一生…?言い切れるのか?」
「神に誓って。」
「…マジか…うん!私もない。ギルには一生そう思わない自信がある!ありがとうギル…私、今なら何でもやれそうな気がする!」
「…駄目だ。また無茶をしでかす…」
「チェッ…やる気になってんのに…」
「俺はお前をーーーー怖い…」
「ん?お前を、なんて?」
「いや…何でもない。少し寝る…何かあれば起こせ…」
「ん?わかった〜おやすみ〜」
「ああ、おやすみ」
私の頭を一撫でして、テントに戻っていった。
「…何て言ったんだろ?……あーこの蚊、ウザイっ!!」
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野営具の中に入り、右端に寝転がる。
この町に来て、ひたすらに後悔をしていたのが、少し薄まった気がする…
カナメと共に居ることになってから、危ないことが多少はあった。
それでもこの町では、最も避けたかった対人的な事象でカナメが危険に晒された…
初めて盗賊に襲われた時のあの脆さを、俺は忘れることができない。
稽古だと分かっているのに、剣を向ける事に怯え、不安に歪めた顔を見て、俺は守らなければと思った。
恐る恐る剣を交え、カナメの強さが戻ってきた時、『この』カナメを、守り抜くと決めた。強いままでいさせてやりたい…そう思ったのだ。
それからカナメを好きだと自覚したのは、ヴィルに乗せられて行った悪質な演技がキッカケだったが、守りたいのは保護の義務ではなく愛情だとわかり、自分がそれを持っていたことに胸を撫で下ろした。勿論、戸惑いはしたが…
そう、カナメには婚約者が居る。それも、唯一愛していると言い切る『家族』。
俺の気持ちは邪魔でしかない。しかし、伝えなければいい。俺の下に居る間は、俺が守ってやれる。その間は俺の時間だと思っていた。
ところがマラッサルに来て、問題が発覚した。視察が目的だとも知らないカナメが、無意識に連れてきたのだ。それはヴィルの誘導があったからこそだったが、そうしなければどうなっていたことか…
それをキッカケに、カナメは更に踏み入り、目を付けられて、1人、組織の頭の拠点に連れ込まれた。
浮浪者の知らせにどれほどの思いをしたか、カナメは分かっていない。
無事な姿を確認し、存在を確かめた時の思いを分かっていない。
自分を『有効な手札』と言い、それを『切れ』と言うカナメは、俺に酷い仕打ちをしていることなど、毛程も気付いていないのだ。
確かに『情』だ。捨てなければならないこともあると、立場上分かっていた。
けれど、その『情』は、何よりも捨ててはいけないと、俺の唯一なのだと、どうしてお前にそれを言われるのか…憎らしくて憎らしくて、どうしようもなかった…
話を聞く内、カナメの意志を尊重するということを思い出し、冷静になれた事は幸いだった。
他の男の所に通う事は、無性に苛立ち、凄まじく不安は募ったが、来る日も来る日も笑って帰ってきた。
そして対面の日…カナメの笑顔に安堵するものの、馴染みすぎは否めない…
目の前で明日の約束を聞かされ、認めなければならないなど、もうこれっきり、許しはしない!
計画決行の日、カナメが無事戻った後、留守番を厳命して、俺達は宿を出た。
そして、予定通り事が運んで安堵している最中、カナメが、事もあろうに孤児院の中に居たのだ。それも『気になる』と言っていたケイナーと一緒に…
怒鳴りたくなるのを抑え、事情を大まかに聞いた。
露天商でいつぞやに手に入れていた麻酔薬を使ったと言う…それも獣用の…
ケイナーはケイナーで、軍服を着用して眠りこけているのだから厄介極まりない。
カナメの侵入もバレてしまえば聴取される他ない…
バレる前に戻したいが、この高い塀では乗り越えられないと言う…
そこでまた、突拍子の無いことを言い出すカナメ…なんと、投げろと言うのだ…
実際には、俺の手のひらに飛び乗り、その反動で塀の上に押し上げ飛ばすという危なげなものだった。俺の匙加減で塀にぶち当たる可能性がある、危ない賭け…
試したこともないことを、自信満々の笑みで『やれ』と急かしてくるのだ。
俺にまで無茶を強いるカナメ…しかし、時間はない。
そんな状況で頷いたのは、俺も世の習わしに沿っているのだろう。
『惚れた者負け』だと…
結果、余裕で飛び越え、着地を心配したものの、カナメの笑い声と兵達に追われる声で、颯爽と逃げ出したと察した。
全く、このままでは心労は尽きない。今一度教育し直すべきと身に染みた。
戻った朝、説教を始めようと囲んだが、俺達もカナメについて日々学んでいる。叱りつけたぐらいで言うこと聞くような小娘ではない。なので、カナメが必死の拒絶を示したヴィルの案、『女装』をしてもらうことにしたのだ。
それは次の町、ゼルスで決行されることに決まり、嫌がる顔が妙に好奇心をくすぐった。
俺も男だ。今のままでもいいが、興味はある。是非とも女性的な美を見て……
おっと、思考がズレた…
町を出た今も、カナメは物思いに耽っている。
恐らくケイナーのこと。
恋だの愛だのではないと思うが、正直不安だった。
婚約者がいるから言えずにいるというのに、横からかっさられたらたまったもんじゃない…
因みに、ヴィルだっていつ本気になるか分からないのだ。
その不安が先程の行動に繋がる…
だが、その答えは寂しい『けど』という、比較的重要な事ではないと分かった。
それよりも、シュベルド家と離れたことや、俺達に捨てられる事が怖いのだと…
そんな事はありもしない。出来ることなら領に連れ帰り、一生共に居たいというのに…
俺の答えに心底嬉しそうに笑ったカナメは、焚き火に照らされ、より一層輝いて見えた。
愛しい
…けれど、伝えてはいけない。どうせ無理だと分かっているのだから…
カナメの義兄、エヴァンシールがカナメの気持ちを汲み取ってくれたなら、その時初めて伝えられるだろう。
伝えても、男に興味のないカナメだから、無理なのだとは分かり切っているがな…
何でも出来るなら、俺を好いてくれ…
そう願うのはとても現実的ではない事だからか…
そういう意味ではない、お前やる気は危うい事しかしないのだ…
俺が怖いのは、マラッサルに来て何度も味わったこと…
『俺はお前を失うのが怖い』




