06-20 慟哭とトライ・アンド・エラー。知念はな。
知念はなはスキル『疾風怒濤』で自分の周囲に風の壁を作る。
竜巻の中心部、台風の目的な無風の部分に自分自身が立っている形だ。
少なくともこれで、飛来するガラスの破片で傷つくことはなくなる。
七重の投擲攻撃を防ぐため、スキル『捲土重来』で隆起させた土壁の端から、不意に素早く動くなにかが知念にむかって飛び込んできた。
早い。
反応が間に合わない。
知念は、かろうじて自分の頭部を守るように両腕をあげ、同時にスキル『ファイヤ・スターター』でその物体と自分の間に炎を出現させる。
あまり考えるべき余裕もなかったし、ほぼ反射的な判断であり行動であった。
そのなにかは、知念が発生させた炎──それは決して小さなものではなく、直径二メートルほどの球形をした炎であったのだが──とにかく、その炎に怯むことなくそんまま直進し、知念に肉薄する。
衝撃があった。
知念の左の前腕が、肘と手首のちょうど中間点で通常ではあり得ない方向に折れ、だらんとぶら下がっている。
痛みは、ない。
まだない……と、いうべきだろうか。
とにかく、この時点では、知念は感じていなかった。
「あ。
折れたな」
と、冷静にそう認識しただけだ。
「……スキル『キッカー』には身体能力を向上させる補正が入っていてね」
いつの間にか、すぐ目の前に路地遙が立っている。
「あんたがどんなに強力なスキルを持っていようが、今のわたしの速度には反応できない。
わたしの『キッカー』のレベルは、今は七百を越えている」
路地は、感情がこもっていない声で知念にそう告げた。
「恨みはないけど、あんたのスキルはすべて貰う」
知念自身が出現させた人口的な形状の炎を背にしているため、路地の表情は逆光になってよく確認できなかった。
ひょっとすると、この子は……つい先頃、仲間であった林道鈴があっけなく倒されたことに対する憤りを自分にぶつけているのかも知れないな……と、知念は、ぼんやりとそんなことを思う。
勝てないな。
と、知念はそう判断した。
路地がいうとおり、身体能力を向上させるスキルを持っていれば、なんにつけ速度や反応が極端に早くなる。
その速度に対抗できるのは、今日の午前中まで林道鈴が持っていて、今は睦月庵のものとなっているスキル『マックススピード』くらいなものだろう。
ぼんやりとそんなことを思いつつ……知念は、叫んだ。
「……あ……」
喉から漏れる動揺。
一度漏れるとそれは、際限なく大きな慟哭へと変化していく。
「あああああああああああああああああーっ!」
知念は、叫んだ。
恥も外聞もなく、泣きながら。
「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
「やばい!」
どこかで、切迫した七重の声が聞こえる。
「逃げろ! 遠ざかれ!」
次の瞬間……知念の周囲が爆散した。
知念自身を中心として、半径五メートル以内にあったすべてのものが吹き飛ぶ。
地面が大きく抉られ、爆風が起こった。
その爆風のおかげで芦辺邸の庭に面していた窓ガラスが、ほぼすべて割れる。
七重も路地も、その爆風に煽られる形で、芦辺邸の玄関やフェンスに激突していた。
不思議と、知念自身に被害はない。
知念のスキル『パニックボム』の効果だった。
以前、知念は、木ノ下紬が学校の昇降口を吹き飛ばすときに居合わせ、その詳細を目撃している。
そしてそのときには、知念はまだスキル『見取り稽古』を所持していた。
だから、知念が『パニックボム』を発動したとして不思議ではない。
いざ、自分が使ってみるとなると……その『パニックボム』の効果は絶大だった。
体のどこかを打ちつけたらしい七重と路地とは、完全に戦意を喪失してうめき声をあげるばかりであった。
ここから見た感じでは外傷はないようだが、骨の一本や二本、折れていても不思議ではない。
知念は、無事な方の右手に小型拳銃を出現させる。
ちょうどどのとき、半壊した玄関の扉を蹴破って、それまで家の中に引っ込んでいた芦辺素直が姿を現した。
知念は、反射的にそちらに銃口をむけて、引き金を絞る。
一度は姿を現した芦辺はすぐに扉の陰に隠れ、知念が放った銃弾はむなしく玄関の扉に命中した。
これ以上は、無理だな。
知念はそう判断する。
他のふたりはともかく、芦辺素直はまだ無傷のまま残っている。
時間が経てば、今は行動不能になっている七重や路地が回復して、戦線に復帰するかも知れない。
なにより、知念自身が負傷してしまっている。
そこまで考え、知念はだらんとぶら下がっている自分の左手に視線を走らせた。
ここで無理をしても、勝算はほとんどない。
それ以前に、今の自分は左手や治療を体中につけられた細かい傷を治療する必要がある。
……よし。
まだ、冷静な判断力は失っていないな。
と知念はそう確認し、スキル『ぼっち王』で姿を隠したまま、大きくえぐれた地面を踏み越えて門扉まで歩いていった。
右手一本だけで苦労して門を開け、堂々と外にでる。
爆発音を聞きつけ、通行人や近所の人たちが芦辺邸前に集まりつつあった。
そうした人々は、無惨に荒らされた芦辺邸と庭園の様子を見て、言葉を失っている。
まあ、庭が爆破された家、というのも、今の日本では、まずお目にかかれないしね。
そんなことを思いながら、知念は、集まりつつある野次馬連中の間をすり抜け、その場から離れた。
まずは、治療だ。
最初に骨折、次に、ガラスの破片によって無数に作られた、顔や腕をどうにかする。
……この辺、整形外科ってどこにあったかなあ……。
とか思い返しながら、知念は歩き続ける。
おそらく、知念はなはこの時点で、一年D組の他の生徒たちと比較するとかなり豊富な実戦経験を有している。
しかしそれは、そのたび勝利し、あるいはなんらかの戦果に恵まれていることを意味しなかった。
現在、知念が持っているスキルの半分くらいがスキル『見取り稽古』を持っていたときにコピーしたものであり、残りの半分くらいがついさっき、須賀の反則的なスキルによって分けて貰ったものなのである。
骨折り損の草臥れ儲け、というのは、自分のためにある言葉だろうな、と、知念は思う。
実際、今回は比喩的な意味抜きで骨も折っているし。
そんなことを考えて、知念は、人知れず寂しく笑った。
しかし、戦果なき戦いの数々が完全に無駄であったかというと……決して、そんなことはない。
とも、知念は思うのだった。
一回負けるたびに、反省すべき点が明確になる。
なにに気をつけ、優先すべきか、その判断基準が徐々に明らかになって来ていた。
戦訓。
仮にスキルを奪うことができなかったにせよ、そうした無形の戦果は軽視すべきではないのではないだろうか?
それは、体を張って戦ってきた知念だからこそ、得ることが可能だったアドバンテージだった。
とりあえず……。
と、知念は思う。
手当が終わったら、今度は、誰か身体能力補正つきのスキルを持っている子を狙おう。
そのような補正がつくスキルは、知念が知っている限りでは、みっつあった。
スキル『キッカー』。
スキル『ランサー』。
それに、スキル『チェーンコンボ』。
このうち、狙いやすいものといえば……。




