06-19 芦辺邸襲撃。
あれは、もう少し放置していても支障がないな。
睦月庵と別れたあと、知念はなはそう思う。
仲間にできればそれが一番いいのだが、本人にその気がないのなら、しばらく放置して勝手に育って貰った方がいい。
脅したりして無理矢理に仲間にしても、いつ寝首をかかれるのか油断できない状態ではかえって負担になるというものだし、それにああいうゲームに対するモチベーションが高いタイプは、もう少しスキルを集めて貰ってから倒し、まとめてスキルをいただくというのも効率的な手段なのだ。
この時点では、知念はそう判断している。
現在、知念が持っているスキルはかなり攻撃的な構成となっている。
今の知念なら、あの三峰刹那と正面からやり合ったとしても互角以上に戦えるだろう。
元から持っていた『ぼっち王』に加え『エアタンク』に『リボルバー』、それに、魔法系のスキル四種類まで揃えているのだ。
攻撃力だけに限定してみれば、今の知念に隙はなかった。
逆にいうと、攻撃以外の補助的なスキルに乏しい、ということになる。
特に、索敵や警戒に使えるスキルを知念は欲していた。
たとえば、睦月が持っている『ファイブセンス』や芦辺素直の『自動筆記』のような。
知念とて、このふたつのスキルについて詳細な内容を把握しているわけではない。
スキルの名称から、なんとなくその機能を想像しているだけだった。
睦月や芦辺は自分のスキルの具体的な機能について周囲に触れまわったりしないだけの慎重さを持っていた。
しかし、芦辺と近づくまであまりぱっとしなかった睦月庵、林道鈴、七重芹香、路地遙が、芦辺と組むようになった途端に次々とスキルを奪取することに成功していることは事実なのであった。
あるいはそれは、スキルとは無関係に芦辺個人の属人的な要因によるものであり、必ずしも、スキルのせいだとばかりには断言できないわけだが……。
いずれにせよ、それは……。
「芦辺素直から、スキルをすべて奪ってみればはっきりする」
と、知念はなは結論した。
うまくいけば、七重芹香と路地遙が持つスキルも同時に奪うことができるかも知れないな、と、知念は思う。
知念にしてみれば、そうなるのが理想的な展開だった。
これまで観察してきたところ、林道鈴は欠いたものの、七重と路地の二人はまだ芦辺と連んでいる……はずだ。
放課後まで行動をともにしているという保証も、別にないのだが。
とりあえずは、一度芦辺の家まで様子を見に行ってみよう。
幸いなことに、芦辺の自宅は学校の近くにある。
知念はなはスキル『ぼっち王』の機能により姿を消したまま、芦辺邸の前に立った。
そこで、
「さて、どうするか」
と思案する。
肝心の芦辺が自宅に居るのかどうか、確認する術が知念にはなかった。
やはり、このまま忍び込んでみるか。
少し考えて、知念はそう決意する。
幸いなことに、今の知念はスキルによって他人には認識されない状態となっている。
でも、セキュリティとかのシステムには引っかかるかな……と、門前に貼ってあった警備会社の徽章を見て思ったのだが……なに、警報が鳴ったとしても、実際に警備員なり警察なりが駆けつけてくるまでには相応の時間がかかるはずだ。
そして、芦辺が在宅しているにせよ不在であるにせよ、それだけの時間があればなんらかの決着がついているはずだった。
これまでの経験からいっても、スキル所持者の同士の喧嘩は、意外に短い時間で決着がつくと知念は認識していた。
制服姿のまま、知念は無造作に芦辺邸の門扉に取りついてよじ登った。
防犯カメラなどで撮影されているかも知れないが、幸いなことに警報はならなかった。
そのまま門扉の上から飛び降りようとして……知念の足元から、地面が消え失せた。
あって当然の地面が足元から消失する。
知念は、以前にも似たような体験をしている。
全身が総毛立つような、恐怖。
そして、次の瞬間には、以前と同じようにスキル『エアタンク』を起動して、自身の落下を防いでいた。
ほぼ、反射的な判断だ。
突如、知念の下に開いた穴は、『エアタンク』よりは小さかったらしい。
なんとか、知念はその穴に落下せずにすんだ。
知念はそこでは安心せず、すぐに『エアタンク』のハッチを開け、そこから飛び出した。
芦辺、七重、路地。
この三人は、知念が知る限り、スキル『トラップメイカー』は持っていない。はずだ。
だとしたら、この穴は路地のスキル『捲土重来』によるものだ。
だとすれば、路地はこの穴の大きさを自由に変えることができるはずだった。
知念は見えない戦車から飛び降り、門扉から遠ざかった。
スキル『ぼっち王』は、解除していない。
だとすれば、相手は、少なくとも肉眼では知念の姿を確認できないはずなのだ。
防犯カメラが撮す範囲から逃れることができれば、相手は知念の姿を見失うはずだった。
「……やっぱり、なにも見えないよー!」
玄関を細目に空けて外の様子をうかがっていた七重が、大声を出して芦辺に告げた。
「……カメラごしには見えるけど、肉眼では視認できない、か」
芦辺は呟く。
「噂の、プレデターってやつかな?」
そのとき、芦辺は自宅の中に居て、防犯カメラの映像をモニターしていた。
モニターの中では、制服姿の女子が門扉から飛び降りる。
その女子が着地する寸前に、唐突に地面が消失する。
しかし、その女子は空中で不自然に停止し、見えないなにかをよじ登って、別の場所へ……防犯カメラの撮影範囲外へと移動していた。
録画はしてあるから、あとでゆっくり再生してみれば、その侵入者である女子生徒が誰なのか特定できるのかも知れないが……とりあえず今は、その侵入者の正体を知るよりは、どうにかして始末することを優先したい。
「相手は、プレデターってやつらしい!」
芦辺は、大きな声で七重と路地に告げる。
「多くのスキルを持った強敵だ!
ぼくたち全員でかかっても、太刀打ちできないかも知れない!」
「上等!」
七重が、応答する。
「どうすればいい?」
「……打ち合わせ通り、まずは彼女をあぶり出して」
「了解!」
七重は、スキル『疾風怒濤』によって風を起こし、芦辺邸の庭の片隅に用意してあったガラスの破片を庭中にまき散らした。
これは、あらかじめガラス瓶などを適当に割って、山積みにしておいたものである。
七重のスキルによって起こされた風により、庭中を舞う破片。
当然、そんなものに生身の人間が触れれば、体表に無数の切り傷を負うことになる。
プレデター……とかいう、肉眼では認識できない相手を想定した際に、芦辺が相手の居場所を知るための方法として用意していた策であった。
「……ちょっ!」
異変を感じた知念は、顔を守るように両腕を目前で交差させ、その場にうずくまった。
体の、衣服に包まれていない部分に、痛みを感じている。
一カ所や二カ所ではなかった。
顔を守ったのは、反射的な行動であったが……。
……なに?
と思いつつ、知念はむき出しになっている自分の両手を見る。
細かい線上の傷が、無数にできている。
それに、先ほどから皮膚に感じる風。
……そうか。
と、知念は悟った。
細かい、なにか鋭利なものを風に舞わせて、自分の体を傷つけているのだ。
七重芹香の『疾風怒濤』があれば、それが可能だった。
自分がここに来ることも、想定して用意していた、というわけか……。
と、知念は理解した。
七重や路地のような単純なのにこんな知恵が回るわけもないから、これはおそらく、芦辺の発案だろう。
スキル『ぼっち王』は、どういう理屈か知らないが、知念の姿を他の人間から認識されないようにする機能を持っていた。
しかし、知念の体から離れた物体は、そのスキルの影響下からは離れる。
たとえば……知念の体から出た血液などは、目視できても不思議ではなかった。
相手は対知念用の対策をしっかり立てていた、ということになる。
「……そこかあ!」
案の定、玄関から出てききた七重が、自分にむかって何かを投げつけてきた。
七重のもうひとつのスキル『ロングショット』による攻撃だ。
しかし。
……知念にしても、その攻撃をわざわざ受けてやらなければならない理由はない。
知念は、ついさっき入手したばかりのスキル『捲土重来』を使用して、七重と自分との中間地点にある地面を隆起させて、防壁を作った。
同時に、スキル『疾風怒濤』を使用して、七重が起こした風の動きを少しでも阻害しようと試みる。
相手が、自分を出迎える用地を容易を万端に整えているというのなら、それでもよい。
今の知念は、それでも芦辺ら三人を力ずくでまとめて相手にできるのスキルを持っているはずだった。
仮に、覆すことができないほど不利になったとしても……そのときは、この芦辺邸ごとスキル『ファイヤ・スターター』で焼き払ってしまえばよい。
芦辺も同じスキルを持っているはずだったが、まさか自宅に火をつけようとはしないだろう。
相手のホームグランドでやりあうということは、必ずしもこちらの不利になことばかりではないな、と、知念は思った。




