06-17 それぞれの思惑。
田所一と叶治郎は、保健室に居た。
幸い、服の上からの攻撃だったこともあり、田所がスタンガンによる麻痺状態になっていたのはせいぜい一分以内のごく短い時間でしかなかった。
それでも一応、スタンガンの直撃を受けいたため、直撃を受けた部分を養護教諭に見て貰ったりしている。
高圧のスタンガンを受けるとときおり火傷のあとが残ることもあると、養護教諭は説明してくれた。
「それ以外にも、取り扱いに気をつけないといろいろと危ない代物なのですが……」
と、その養護教諭は説明してくれる。
「どうやら君が食らったのは、あまり威力が高いものでもなさそうなのだ。
おそらくは、もう大丈夫でしょう。
念のため、あとででも体調が悪くなったら面倒くさがらずにちゃんと病院へ行くように」
「病院には、これから行く用事があります」
田所はそう答えた。
田所自身が診察を受けるため、ではなく、見舞いに、だが。
一方、顔面に催涙スプレーをまともに浴びた叶の方は、今も涙を流している。
保健室にある備品で顔や目、鼻の穴、口などを洗浄しているのだが、催涙ガスの刺激はまだ残っているらしい。
「まあ、彼は、もうしばらく様子を見て駄目そうだったら病院に送るよ。
これ以上のことは、この保健室ではできない」
田所を送り出しつつ、養護教諭はそんなことをいった。
「ゲームかなんだか知らないが、あまり無茶はしないようにね」
「……はい」
別に田所や叶が好んでこんな攻撃を受けたわけでもないのだが……。
ここでこの養護教諭に当たるのも筋違いというものだ。
田所は無難に返答しておいた。
一度教室に、荷物を取りに戻る。
「おう、もう復活したのか」
内膳英知が、気軽な口調で声をかけてきた。
「やつら、どうやらスキルを復活したどころか、お互いにコピーしあったあらしいぞ」
「アナウンスは、聞いた」
田所は不機嫌そうな声を出して答える。
「例の、須賀のスキルのおかげか?」
「すぐそこに気づくのか?」
内膳は、目を丸くして田所の顔を見た。
「おれは、説明されるまでその仕掛けを見抜けなかった」
「仕掛けなんてどうでもいい」
田所は、やはりぶっきらぼうにいう。
「やつらひとりひとりが、魔法系のスキル四種をそろえたっていう結果があるだけだ」
いいながら、田所は自分の机から教科書やノートなどを取りだし、手早く自分の鞄に詰めていく。
「まったく」
内膳は頷く。
「お前も気をつけるんだな。
この週末は……かなり、荒れそうだ」
「……お前もな」
田所は内膳に短く答えて、教室をあとにした。
内膳は、昨日の時点でスキル『見取り稽古』を得ている。
そのおかげで、今となっては数多くのスキルを自分のものにしているはずだ。
『ジャック・ザ・リッパー』ひとつしかスキルを持たない田所とは、かなり立場が違っている。
余裕も、出てくるだろう。
田所は駐輪場に移動し、そこで自分の自転車のカゴに荷物を放り込んだ。
そのまま自転車に乗って校門へむかい、学校を出て病院へとむかう。
学校から病院までは、自転車だと小一時間くらいかかる距離になる。
決して短い距離ではなかったが、田所は特に苦痛にも感じなかった。
むしろちょうどいい運動だと割り切って、黙々とペダルを漕ぐ。
田所は、特別な用事がない限り、一日に一度は病院に見舞いに行くことを自分自身に課していた。
そのため、これまではあまり積極的に動けなかったわけだが……。
「……週末、か」
田所の口の端が、吊りあがる。
「授業がないのは、都合がいい」
……もう、今日は帰るかな……とまだ教室に残っていた内膳は思う。
どうやら、今日、この校内で起こるべき騒ぎはもう終わってしまったらしい。
もうこれ以上、スキル『見取り稽古』の機能を試すこともできなさそうだ。
スキル『見取り稽古』は、相手がスキルを使用している状態を目撃しないと、そのスキルをコピーできない。
そうした場面を目撃する機会を得るため、内膳はこれまで用もないのに教室に残っていたわけだが……。
今日は、もう無理か。
今日、これかなにか騒ぎが起こることがあるとしたら、学校外でのことだろう。
内膳は諦めて、自分の鞄を持ちあげた。
昨日、知念はなにうけた弾痕がしっかりと残ったままの鞄だった。
「どうせゲームが終わったら、元通りになるそうだし」
と思い、内膳は穴のあいた鞄や教科書、ノートなどの代わりを用意していなかった。
しかし、明日、明後日は学校が休みか。
と、内膳は思う。
そうなると……このゲームも、市内に分散して行われることになるのかな。
この倉石市も、決して狭くはないはないんだが……。
生徒たちの住所は、市内のほぼ全域に散らばっている。
生活圏もあまり重なっていないはずだから、偶然の遭遇戦はほとんどないはずだったが、好戦的な連中はわざわざ敵を求めて移動するかも知れない。
逆に、襲われることを警戒して引きこもるやつもいるだろう。
ただ……このゲームに対して否定的な感情を持った生徒たちも、徐々に自衛のために他人のスキルを狙うような空気が醸成されているような気がする。
このゲームのルール自体が、そのような雰囲気に流れていくように設定されているわけだが……。
この週末で、一気に勝負をかけに行くやつもいるんだろうなあ……。
と、そう思い、内膳は内心でため息をついた。
内膳自身は、
「降りかかる火の粉は払う。
しかし、自分からは仕掛けない」
というスタンスを取っているつもりであったが……。
それも、いつまで保持することができるのか。
「あー。
やめやめ!」
内膳はそう口に出して、首を左右に振った。
こんなもん、いくら考えたってなるようにしかならない。
ただ……。
この週末は、市内のあちこちで馬鹿騒ぎが起こるんだろうな……とは、思った。
目が、鼻が、喉が痛い。
叶治郎は、まだまだ不調ではあったが半ば無理矢理保健室を出た。
粘膜という粘膜に刺激を与える催涙ガスの効き目は確かなもので、少し時間が経って落ち着いたものの、今でも叶を苦しめていた。
「……あいつら……」
叶は、催涙ガスのせいで嗄れた声を出す。
「……ぶっ殺してやる」
自分をこんな目にあわせたのが、具体的に誰なのか……叶は、把握していなかった。
ただ、なにかというと連んでいる西城沙名、辺見洋子、夢川明日夢、奥地八枝の四人組の誰かだということは、前後の状況から明らかでもあった。
そしてその四人は、今や、それぞれが四種類の強力な攻撃系スキルを持っている……という事実も、把握している。
叶も一年D組の一員であり、誰かが誰かのスキルを奪うたびに頭の中に響いていくる例のアナウンスを聞いていた。
その四人を相手にすることは、決して容易ではないのだろうが……。
ここまでの苦痛を味あわされれれば、殺意のひとつやふたつは抱いてしまうものだ。
……しかし、どうするかな。
と、叶は歩きながら考える。
具体的な方法となると……これが、なかなか難しい。
睦月庵がやったように、不意をついて攻撃すれば、まったく勝算がないともいえないのだろおうが……。
それにしたって、条件がある程度揃っていない限り、つまり、こちらの害意を相手に見抜かれた時点で、あっさりと返り討ちにあうのが落ちだった。
今日、催涙スプレーの被害にあったことを考えると、叶の『リヴェンジャー』は、物理攻撃は跳ね返すものの、それ以外の攻撃にも有効だとは思えない。
そしてやつらの魔法攻撃は、必ずしも物理的な攻撃であるとは限らないのだ。
……不意打ちをするのはいいにしても、その前に……もうひとつ、ふたつ、スキルを増やしておくか。
少し考えて、叶はそう結論する。
最初から、わざわざ自分と相性が悪そうな相手を選ぶ必要もない。
まずは、自分の手でも容易に勝てそうな相手を選んで、そいつのスキルを奪って……それからなら、勝算もあがってくるはずだった。




