06-14 敗者たちの足掻き。
次の瞬間、まず田所が全身をガクガクと痙攣させてその場に倒れ、ほとんど同時に叶の顔面に真っ赤な霧状の気体が吹きつけられる。
叶は目と鼻からだらだらと液体を分泌しながら体をくの字形に折り、はげしく咳込みはじめた。
「ほら、さっさと逃げる!」
西城沙名に手を引かれ、わけもわからないままに須賀泰司は教室を出て行った。
夢川明日夢、辺見洋子、奥地八枝の三人も続く。
「……ちょっ!
これ!」
「窓だ!
窓を開けろ!」
成り行きを見守っていた生徒たちが慌てて窓を開け、催涙スプレーから射出された気体を薄めようと試みる。
その催涙スプレーがかなり強力なタイプであったらしく、離れた場所に居ても、鼻や喉の粘膜にヒリヒリくる。
早急に空気を入れ換えないと、二次三次の被害が増えそうな気配だった。
そんな強力な催涙スプレーをまともにかおに吹きかけられた叶は、しばらくの間激しく咳込み続けていた。
「……意外に効くもんだなあ」
西城はそういって、スタンガンのスイッチを入れる。
電極の間に、派手に火花がうねった。
「通販で買った、防犯グッズも」
四人の少女と須賀は、裏庭の片隅に移動していた。
この学校の敷地はそれなりに広く、探せばあまり人通りがない場所というのもそれなりに存在をしている。
彼らが逃げてきたここも、そんな場所のひとつだった。
「まあ、昼休みのいおりんみたいなのよりはマシよね」
「そうそう。
出血がないだけ、大サービス」
辺見と奥地のふたりが、そんなことを言い合いながら頷き合った。
「さて、須賀くん」
夢川は、須賀泰司の前で伸縮式の特殊警棒のスイッチを入れる。
そうすると、軽合金で作られているその警棒は、一瞬で四十センチほどの長さになった。
「なんていったっけ?
とにかく、きみのスキルは、一度無くなったスキルを復活させることができるんだよねえ?」
夢川に警棒のきっさきを目の前に突きつけられた須賀は、なす術もなくコクコクと頷いた。
須賀には、剣呑な防犯グッズを構えて自分を取り囲んでいるやつらのただ中にいながら反抗的な態度をとる、などという特殊な趣味はない。
「……お前らに、使えばいいのか?
おれの『臥薪嘗胆』を……」
須賀は、掠れた声でそういった。
「まっさかぁ!」
辺見洋子が、そういってニヤリと笑った。
「さっき君がいっていた通りなら、そのスキルを使うためには、なかにひとつ、君のいう通りにしなければいけないんでしょ?
そんな怖いこと、できるわけないじゃん!」
「ねー!」
「ねー!」
他の女子たちも、辺見の意見に賛同した。
「嫁入り前の娘になにをさせようってんだか」
「絶対、いやらしいことに決まっているし!」
「ち、違う!」
須賀は、慌てて大声を出す。
「そんなこと、考えている場合じゃないだろう!
お前ら、この逼迫した状況がわかってないのか?」
「……冗談だよ」
西城が、不意に真顔になる。
「別に、君に無理矢理スキルを使って貰う必要なんかないしね」
そういって西城は、これみよがしにまたスタンガンの火花を散らして見せた。
「そうそう」
奥地も、頷く。
「一番手っ取り早いのは……須賀くん。
君のスキルを、この場にいる誰かに譲渡して貰うことだよ」
「そうすれば、君もこのゲームから正々堂々と降りられるわけだし」
「わたしたちは、自分のスキルを取り戻すことができるし」
「みーんな、ハッピーだね!」
「ねー!」
「ねー!」
口調こそ穏やかなものであったが、元自称魔法少女たちの口調には、有無をいわさぬ迫力を含んでいた。
……どうして、こうなった……。
と、須賀は思う。
希少性があり、なおかつ欲しがる者は絶対に存在するスキル。
須賀の予想では、『臥薪嘗胆』とはそういうスキルだった。
スキルを喪失した者がぼちぼち増えはじめたこのタイミングで、人目のある教室内で自分のスキルのことを喧伝すれば、自分の身は大事にされるはず……と、須賀は確信していた。
仮に誰かがそんなスキルを奪ったとしても、今度は次の『臥薪嘗胆』の所持者がつけ狙われることは確実なわけで……そんなリスクをあえて抱え込むよりは、須賀ひとりに貧乏籤を引かせたままでいる方がよい。
合理的な判断力の持ち主であるならば、そう考えるはずだ。
……と、須賀は判断したのだ。
しかしその須賀の判断は、即座に否定された。
実際には、田所や叶といった前後を考えない連中がわれ先へと須賀を狙い、そのあとに、今、こうして四人の少女たちに「スキルをよこせ」と詰め寄られている。
……こいつら……。
と、須賀は思った。
……合理的な判断力なんて一ミリもねえ……。
欲しいものがあれば、衝動にあらがわず、力ずくで奪取しようとする。
どこの野蛮人だ?
平和な、現代日本の高校生の発想じゃねえ……。
倉石市立中央高校は、一応、地元では進学校として知られている。
そこに在籍しているというきことは、少なくとも試験の成績につちてはそれなりの結果が出せる生徒であるはずなのだ。
にもかかわらず、誰も彼もが冷静な思考力をあえて放棄している。
須賀には、そう思えてならなかった。
「……い、一応、いっておくがな」
須賀は、できるだけ周囲の少女たちを刺激しないよう、言葉を選びながら説明をはじめた。
「おれの『臥薪嘗胆』を持つということは、自分のスキルを復活させたいやつらから延々と着け狙われるってことになるんだぞ……」
「……あー」
「いわれてみれば……」
「そうかも……」
少女たちは、顔を見合わせてそんな言葉を呟きあう。
「でもさ」
奥地が冷静に指摘した。
「そのリスクって、須賀くんがそのスキルを持ち続けた場合もいっしょなんじゃない?
むしろ、須賀くんはたった一人だから、余計に危険度が増している、っていうか……。
その点、わたしらは四人だから、そのスキルもある程度分散できるよ。
たった一人で周囲を警戒するのと、四人で周囲を警戒するの、どっちがより危険だと思う?」
「あっ」
「あっ」
「あっ」
奥地に指摘をされ、他の三人が短く感嘆の声をあげる。
「いわれてみれば、そうだよねー」
「須賀くんが持っているより、わたしらの誰かがいただくのが都合がいいや」
「やっぱ、うちらに渡して貰った方がよさそうだよねー」
……しまった!
と、須賀は自分の発言を後悔をする。
藪蛇じゃねーか!
「……そこまで!」
誰かの声が、五人の対話を強制的に中断させる。
「全員、動かないで!」
どこかで聞きおぼえがあるような……そして、具体的に誰の、とは指摘できない、女の声だった。
……何者が!
と、全員が、声のした方向に視線を送る。
そこには、こんもりした体型をした木ノ下が立っていた。
(ほら、木ノ下さん。
あとは自分で進めて)
スキル『ぼっち王』で姿を隠したままの知念はなは、木ノ下の耳元に囁いた。
「……あ、あの……」
木ノ下は、蚊の泣くような小声で呟き返す。
「そういわれても、わたし、どうしたらいいのか……」
(いいからいいから。
とりあえず、自信がある風を装って、前進前進!)
いいながら、知念はスキル『リボルバー』で小型拳銃を実体化させ、彼らの足元を狙って引き金を引いた。
グレネード弾が煙を吐きながら地面に命中。
土と砂塵を盛大にあたりにまき散らす。
「……ひっ!」
知念が予告もなしにそんな真似をするものだから、木ノ下の方が怖じ気づいて足を止めてしまう。
しかし、ごくごく至近距離でそんな爆発を起こされた須賀と元魔法少女の四人組は、それどころではなかった。
グレネード弾が至近距離で着弾したときの音と風は、つい先日までごく普通の高校生にすぎなかった彼らをビビらせるのには十分な効果を持っていた。
彼は爆風に煽られてその場に倒れ、巨大な爆発音をまともに聞いてしまったおかげでしばらく耳鳴りがして周囲の音をまともに聞き取ることができなかった。
……なんだ?
……なんなのだ、今のは……。
須賀も、四人の少女たちも、頭の中は疑問符でいっぱいいっぱい。
なにがなにやら、訳が分からず、呆然とこちらにむかって来る木ノ下の方に視線をむけた。
(ほら)
そういって、知念は木ノ下の背中を押す。
(はやく、前に進まないと)
「……え? え?」
木ノ下は、反射的に二、三歩前に進み……そこで、自分を見つめる五人の目つきを確認した。
彼らは一様に、信じられないものをみたような、呆気に取られた顔をしている。
木ノ下が一歩進むごとに、なぜか、彼らの表情には、絶望とか諦観に似たものがより多く混入していった。
現在の彼らは、戦闘に役立つスキルを持っていない。
そこへ持ってきて、先ほどの威嚇攻撃。
木ノ下は、深呼吸をして気を落ち着かせた。
そうだ。
彼らがこちらを恐れないわけがないのだ。
(須賀のスキルを引き渡すように、要求して)
知念が、小声で木ノ下に指示を与える。
(少なくとも、あの四人組のスキルを易々と復活させるよりは、マシ)
「……す、す、す……」
知念の意図を理解し、木ノ下は上擦った声でいった。
「須賀くんのスキルを、こっちに渡しなさい!」
木ノ下の声が届くと、五人は絶望に表情を暗くした。
誰も、反抗しようとさえ、思わないようだ。




