06-13 週末の開始。
当然のごとく、五時限目の授業は中止となった。
例によって、警察の車両や救急車が校庭に集結し、一年D組の生徒たちは教室に集められて教員に「自習をしているように」といい渡される。
事件を目撃した何名かは保健室へ直行し、そのまま早退した生徒も居た。
そして、林道鈴が襲撃されて場面を目撃した生徒たちは順番に生徒指導室に呼び出され、教員や警察官の前で事情聴取が行われる。
特に、当事者……というよりは、犯人である睦月庵は別室に隔離されて長時間拘束され、結局その日は教室に戻ることはなかった。
「ゲームのため」というお題目はあるのだろうが、実質的には殺人事件に他ならないわけで、むしろその程度の措置で済んでいるのが不自然なくらいだった。
以前も、この教室において眞鍋伸吾と叶治郎の間で刃傷沙汰があったばかりだが、あのときは眞鍋が被害者であり同時に加害者でもある、という微妙な捻れが存在したため、他の生徒たちへの影響はあまりなかった。
しかし、今回は加害者である睦月庵が明確に林道鈴を標的として害意を伴って行動している。
眞鍋の件とは、かなり様相が異なるのだった。
「わたしたちは、リライターと名乗る存在によってゲームに参加することを強要されています」
事情聴取に応じていた睦月庵は、一貫して冷静な態度を保持していた。
「そのゲームにおいて、他人を襲い、スキルを奪うことはむしろ正道とされています。
それこそが、ゲームの目的なのです。
林道さんのことは残念だと思いますが、あの時点で、自分が今後のゲームを有利に進めるためには避けられない行為だったと確信しています」
この睦月には精神鑑定なども行われたわけだが、彼女は別に狂気に駆られて凶行に及んだわけではなく、ごくごく理性的な判断に従ってあの襲撃を企図し、行動に移したのだということが証明された。
「……通常であれば、犯罪行為であるということは認めます。
しかし、わたしたち一年D組の生徒たちは現在、ゲームという非常の場に居ます。
そのゲームの中では、通常のルールでは忌避されることが推奨されていて、事実上、犯罪を起こさないとゲームを進められないような仕様になっているのです。
それが悪いというのであれば、どうぞわたしをしかるべき施設に隔離してください。
そうすれば、少なくとも、このゲームからは逃げることができます」
睦月庵はその日のうちに釈放された。
睦月庵が犯罪を犯した、というよりは、このゲームが犯罪抜きでは成立しないのだ。
そして、現在のこの世界は、そのゲームの進行を妨げないよう、リライターによって書き換えられている。
だから、睦月の行為も、変容したこの世界では問題なしと判断されることになった。
ただ、そのような結論に至までは学校関係者や警察の間でそれなりの議論があり、結局、その日は六時限目が終わっても睦月は解放されなず、そのまま放課後をむかえる。
生徒たちが動揺する中、六時限目には一年D組の授業も通常のスケジュールに戻った。
その日の六時限目はグラマーで、三十年輩の青山という教師が受け持っていた授業であった。
授業開始当初、何人かの生徒たちが青山先生に睦月の処遇などについて質問を投げかけたのだが、青山先生は「なにも決まっていないし、仮に決まっていたとしてもわたしの口からいうことはありあせん」と一蹴した。
それ以降は、いつも通りの授業が行われる。
生徒たちにしても、一時的なこのゲームのせいで授業が遅れることを危惧する生徒の方が多いくらいであったから、この六時限目の授業は恙なく進行して終わった。
そして、放課後。
この日は金曜日であり、つまりこのあとから月曜日の授業がはじまるまで、一年D組の生徒たちは野放しになることを意味する。
「……よくよく考えてみると……」
そんなことをいいだしたのは、すでに与えられたスキル『シーフ』を強奪されゲームから脱落している渡来治樹だった。
「授業時間中っていうのは、一種の安全地帯だったんだなあ。
少なくとも授業中は、誰からも攻撃をされることがないって安心感はあったわけだし……」
渡来の声は意外に大きく響いた。
周囲に居合わせた生徒たちがぎょっとした顔をして渡来の顔に視線を集める。
「これから月曜の朝まで、その安全地帯がなくなるってことだな」
渡来と同じく、すでに自分のスキル『トラップメイカー』を失っていた琉河秀夫が、ことさらに声を大きくして渡来に同調した。
「早めにゲームから脱落して、よかったぜ」
少なくとも、いつ、誰かから襲われ危害を加えられるのかわからないといった不安からは、解放されている……と、いうわけであった。
「まあまあ、おふたりさん」
芝居がかった口調で、この会話に割り込んできた生徒がいた。
「まだ、投げ出すのは早いでしょう」
須賀泰司という生徒だった。
「……投げ出すって、なにを?」
琉河は、怪訝な顔つきで須賀の顔を見返す。
「ゲーム、だよ」
須賀は、笑顔になってそういった。
「一度奪われたスキルは二度と復活しない。
そんな風に思いこんでないか?」
「……なにか、救済措置でもあるっていうのか?」
渡来は、そういって目を細める。
「救済措置っていうか、そのものずばり。
もともと持っていたスキルを、復活させるスキルがあるんだよ!」
須賀は、芝居がかった口調で大声をあげる。
「おれが持っている、『臥薪嘗胆』ってすきるなんだけどね!」
「本当か、それはっ!」
そういって、渡来は、須賀の胸ぐらを掴んで乱暴に引き寄せた。
渡来が持っていたスキル『シーフ』の有用性は、皮肉なことに、渡来の手を放れてからその有用性が証明されている。
今から渡来がその『シーフ』を取り戻したら、以前よりももっと有効に活用できただろう。
「はいはい、落ち着いてー」
須賀は、気色ばんだ渡来をあやすようにいった。
「本当、本当。
ここで嘘なんかついても、誰も喜ばないからねー。
おれ、そういう無駄なことはしないの。
ただ……おれのスキルを使うためには、いくつかの条件があるわけだけど……」
「渡来」
琉河が、渡来の肩に手を置いた。
「こいつに、最後まで説明させよう」
「お……おう」
渡来は、須賀を引き寄せていて手を離す。
「それじゃあ……説明して見ろ」
「まず……スキル『臥薪嘗胆』で復活させたスキルは、レベルが一にリセットされる」
須賀は、ゆっくりとした口調で説明をはじめた。
「想定内だな」
琉河が、頷いた。
「その程度のペナルティは、あるだろう」
「次に、この『臥薪嘗胆』では、もともと持っていたスキルしか復活させることができない。
あとから誰から奪ったスキルは、復活できない」
「あんまり便利にしすぎても、なにかと支障がでそうだしな」
渡来はそういって頷いた。
「『見取り稽古』なんて、見るだけでスキルをコピーできるスキルが存在するだけでも、ゲームバランスはがたがたなんだが……」
「思うに、リライターという存在は、このゲームができるだけ長く続き、ぼくらが右往左往する様子をいつまでも眺めていたいんじゃないかな?」
須賀は、そう感想を述べた。
「でなければ、『見取り稽古』とか『臥薪嘗胆』なんてスキル、わざわざ与えないだろうし。
それで、最後にもうひとつ。
このスキル『臥薪嘗胆』の作動条件なんだけど……おれの意志がなければ使えない、っていうのはもちろんなわけだけど、それ以外に、スキルを復活して欲しい者は、なにかひとつ、おれのいうことを無条件に聞かなければいけない、ってのがある。
一回だけ、おれのいうことを聞くことと引き替えに、スキルを復活できるってことね」
琉河と渡来が、しばらく黙り込んで、その意味することについて考えはじめた。
「……その願い、っていうのは……」
しばらくして、渡来が確認をしてくる。
「なんの制限もないわけか?」
「うん。
ないんだ、これが」
須賀は、にこやかに答えた。
「自害しろでも、三峰委員長に特攻しろでも、それ以外のどんなに酷いお願いでも許容されている。
お願いをする側である、おれの裁量次第、ってわけ」
「……そいつは……」
「……悪趣味な……」
琉河と渡来は、そんなことをブツクサ呟きながら顔を見合わせる。
「……面白いことをはなしているじゃねーか……」
須賀の背後から、そんな声が聞こえてきた。
振り返ろうとした須賀の両肩に、大きなてのひらが置かれる。
いつの間にか近づいていた田所が、両手で須賀の肩をがっちりと掴んでいる。
「須賀。
そのスキル、おれによこせ」
田所はそういった。
「おれなら、お前なんかよりももっとずっと有効に活用してみせる。
須賀は、助けを求めるように周囲を見渡した。
琉河と渡来は、すでに須賀から離れて距離を取っていた。
他の生徒たちも、関わり合いになりたくないとばかりに須賀と田所から目線をはずして遠巻きにしている。
田所のスキル『ジャック・ザ・リッパー』の殺傷能力については、ごく最近、実証されたばかりだった。
そんな田所の顔にむけて、銀色の線が走る。
田所は、顔を逸らしてその攻撃を避けた。
「駄目だよ、田所くん」
十字槍を構えた叶治郎が、田所に語りかける。
「そんな面白そうなスキルを、独り占めしようなんて」
田所が肩から手をはずしたので、須賀は転がるようにその場から逃げ出そうとした。
その足下に、叶は十字槍の穂先を突き立てる。
須賀は、
「ひっ!」
という短い悲鳴をあげてその場にへたり込んだ。
「商品が逃げちゃあだめだよ、須賀くん」
叶は、にこやかに笑いながら、そういう。
「あんまり聞き分けがないようだと、強引に殺してスキルを奪ちゃうよ?」
「……誰でもいい!」
須賀は、叫んだ。
「この場からおれを逃がしてくれれば、一回だけスキルを復活させてやる!
今、スキルを持っていたとしても、いつまでも無事とは限らないぞ!」




