06-11 昼休みの惨劇。
五時限目は、体育の授業だった。
一年D組の生徒たちは昼食を食べ終えるのと更衣室へ移動し、体操着に着替えはじめる。
一年生女子用の更衣室として、校舎の端にある空き教室を指定されていた。
この更衣室は一年D組の教室からかなり距離が開いており、当然のごとく実際に使用する女子からは不評であった。
更衣室のある区画は人通りが少なく、どことなく寂れた印象がある。
たいていの生徒たちは更衣室で着替えると、教室とか校庭とか、ともっと人気のある区画に戻るのだった。
木ノ下紬は体操着に着替え終えると、その寂れた場所にあるトイレに入った。
木ノ下自身の他に、人気はない。
そこで用を足して手を洗い、ふと目をあげるとついさっきまでいなかったはずの人影が鏡に映っていた。
「……ひっ!」
と、木ノ下は思わず小さな声をあげている。
「お願いだから、大声を出さないで!」
鏡に映ったその人影は、手のひらをこちらにむけて、木ノ下を牽制してきた。
「あなたに危害を加えるつもりはないから!」
「……あ、あ」
幽霊……にしては、ずいぶんと存在感がある人影だった。
学校の制服を着ている。
女子だ。
それも、よくよく見てみればみおぼえのある……。
「……知念、さん?」
木ノ下は、振り返ってそう訊ねる。
「そう、知念はな」
赤茶けた色の髪をした、目鼻立ちのはっきりした顔つき。
確かに、木ノ下のクラスメイトである、知念はなで間違いはない。
「こうしてわざわざ姿を晒したのは他でもない。
わたしは、あなたと組みたいの」
「……組み……たい?」
木ノ下は、しばらく知念がいっていることを理解できないでいた。
「……なんのこと?」
木ノ下は、これまでの生涯で誰かに必要とされた経験がほとんどないのだ。
「だから、例のゲームのこと!」
知念の声に、いらだちが籠もりはじめる。
「あなたはどこまで自覚しているのか知らないのだけど……木ノ下さん。
あなたは、現状でもかなり強い。
有利な位置にある。
だから、わたしはしばらくあなたと組んで、このゲームを有利に進めたい」
それからふたりは、午後の授業開始を告げる予鈴が鳴るまで、しばらくはなし合いを行った。
木ノ下紬と知念はなが対話している頃、校庭では一年D組の生徒たちがぼちぼち集合しつつあった。
とはいえ、例のゲームのせいでこれまで通りの安穏とした雰囲気にはほど遠く、大半の生徒たちが異様にビクついて、露骨に周囲を警戒している。
例外は、すでにスキルを喪失した生徒たちくらいか。
今朝、林道鈴によってスキルを奪われたばかりの加賀姫香などは、かえってさばさばした表情をしていた。
林道と七重芹香、路地遙の三人は固まっていて、他の生徒たちはその三人を遠巻きにしている。
今朝、三峰刹那の『エアタンク』を前にして一歩も引けを取らなかったこの三人は、今では他の生徒たちから畏怖される存在となっていた。
特に林道は、昨夜から今朝にかけて連続して多数のスキルを強奪しているポイントウーマンである。
林道には、スキル『シーフ』が持つ不気味な存在感とともに、警戒されてしかるべき理由があった。
そんな林道にむかって、躊躇もせずにまっすぐ近づいていく生徒が居た。
女生徒だった。
「やあやあ」
その生徒、睦月庵は林道ら三人にむかって片手をあげ、気軽な調子で声をかける。
「今朝も大活躍だったねえ」
「……庵ちゃんか」
七重はにこやかに片手をあげて睦月を迎えた。
「それはいいんだけど……どうにも、警戒されちゃってねえ」
この睦月は、一時的にではあるにせよ、昨日まで協力しあった関係者でもある。
七重の感覚でいえば、警戒すべき理由はないのであった。
「それはしょうがないよ」
いいながら、睦月はゆっくりとした歩調で林道の背後にまわった。
「例の『シーフ』。
触るだけでスキルを奪えるって印象を、前の持ち主である渡来くんがつけちゃっているし……」
基本的にのほほんとした七重、根本的に警戒心が足りていない林道とは違い、この時点で路地は、睦月の言動に違和感をおぼえ……そして、叫ぶ。
「鈴ちゃん!
そいつから離れて!」
「……遅い!」
睦月が、叫びながら、スキル『ジャック・ザ・リッパー』の見えない刃物を振るう。
路地が、叫びながら、スキル『捲土重来』で林道と睦月の間の土を盛りあげ、即席の防壁を作成する。
林道が、ふたりの大声に驚いて、咄嗟にその場から逃げようとする。
……といった行為が、ほぼ同時に行われた。
その結果、睦月の『ジャック・ザ・リッパー』は路地の『捲土重来』ごと林道の肩口から背中にかけてを切り裂いた。
睦月の『ジャック・ザ・リッパー』は昨夜一晩のうちにかなりレベルアップしていた。
なおかつ、『捲土重来』の防壁がせりあがってきたために十分な視界を確保できなかったため、睦月は『ジャック・ザ・リッパー』の刃渡りを途中から最大限に延ばして確実を期した。
結果として、林道は肩から背中にかけて、かなりの深手を負うことになった。
深手……というより、ほとんど背中を斜めから両断されかかっている。
おびただしい血液が林道の背中から吹きだす。
林道は、なにかに驚愕をした表情のまま、絶命していた。
《睦月庵がスキル『パラライザー』、『シーフ』、『アイスエイジ』、『マックススピード』を林道鈴から奪取しました》
「……お前っ!」
まともに林道の返り血を浴びた七重が、睦月にむかって吼える。
「なんて真似を!」
「もともと、そういうゲームじゃない」
睦月は、平然といってのける。
「なにムキになってんの?
どうせゲームが終われば、みんな生きかえるのに。
適当にスキルを集めて貰ってから一気に奪おうと思っていたけど……これ以上にスキル集めて強力になりすぎても、今度は手を出しにくくなるしね。
予想よりも早かったけど、確かに頂きました」
そういうと、睦月はその場から姿を消した。
スキル『マックススピード』を持つ睦月にしてみれば、その場から遁走することは容易なことだった。
そのときになって、ようやく誰かが悲鳴をあげる。




