06-09 黒森永遠の焦燥。
昨日の放課後から、ゲームは急展開をしている。
黒森永遠は授業中、密かにそのことに思いを馳せながら歯噛みしていた。
黒森は昔から病弱であったこともあって、運動が苦手だった。
体育の時間が近づくと体調が悪くなる気がするほどで、当然のことながら自分の身体能力にはからきし自信がない。
その黒森がこんなゲームに放り込まれ、それですぐに他の生徒たちを襲って屈服させ、スキルを奪えといわれたところで土台無理なのである。
この事情については、特に黒森ひとりに限らず、女子の大半に共通している……と、黒森は思っていた。
特別に身体能力に恵まれ、男子が相手であってもひけを取らないという自信があるか、それとも恵まれたスキルを与えられているかとかの事情がない限り、たいていの女子はこんなゲームには二の足を踏む。
男子を相手にするのが駄目なら、女子を相手にするという方法もあるのだが……。
これはこれで、別の種類の勇気が必要となるのだった。
女子が女子を相手にする場合、仮にスキルの奪取に成功したとしても、それ以降の学校生活はかなり灰色になる公算が高い。
一般に女子は男子よりも社会性が高く、いいかえると派閥を作ることを好む。
黒森などはゲーム以前から友達が少なく、孤立しがちではあったのだが、まだしも排除や差別はされていなかった。
ここで対応を誤れば、下手をするといじめの対象にもなりかねない。
この倉石市立中央が県内有数の進学校ということもあり、高校に入ってからこのかた、黒森はいじめやそういった行為を連想させる光景を見かけたことはなかったが、たまたま目に入らないからといって絶対に存在しないとはいいきれないのがこの手の行為である。
とにかく、黒森自身的には積極的にゲームに関わっていきたいのに、今一歩が踏み出せない状態で現在に至っている。
そして、昨日今日の進展である。
これまで、一日に一件ないしは二件程度であったスキルの移動が、昨日だけで五件もあった。
今日も、授業がはじまる前に一件の移動が終わっている。
これは、これまで停滞していたゲームが一気に進展する前兆ではないのか?
と、黒森はそう思い、焦燥に駆られていた。
このままでは、自分からはなにひとつ働きかけを行わないままにゲームが終わってしまう。
黒森としては、それだけは避けたかった。
これまで黒森は、スキル『フェアリーテイル』を使用して、これはと目をつけたクラスメイトたちへの偵察と、それに「運」操作しての足を引っ張ることをしてきていた。
後者についてはどこまでが『フェアリーテイル』の効果であるのか、しっかりと判定することはできなかったのだが、なんらかの決闘行為が行われる度に黒森は「今後、より脅威となりそうな側」の運を落とすように願っていたことは確かだった。
その結果……であるのかどうか、実のところ判然とはしないのだが、複数のスキルを持ち、本来なら負けるはずのない知念はなや三峰刹那が自分よりも振りなスキルしか持たない相手に敗れている。
スキル『ファアリーテイル』の機能かどうかはわからないものの、結果として強力なクラスメイトが少なからずダメージを受けたこととなったので、黒森としてはそなりに満足はしていた。
それと、『フェアリーテイル』の別の機能、偵察についてだが、これについては注意を要する相手が増えすぎたおかげで、そろそろ意味を喪失しはじめていた。
『フェアリーテイル』の見えない妖精は、レベルがかなりあがった今ならそれこそ無数に出すことができた。
が、その妖精を通じて見聞できるのは黒森だがひとりであり、要観察対象が十名を超えた今となっては、そのひとりひとりを細かく観察することは不可能だった。
せいぜい、昨日の鷺沢公園での騒動のように、何事か派手な事件が起こればしばらくそちらに注視するくらいが関の山であり……リアルタイムでしか情報を収集することができないスキル『ファエリーテイル』の構造的な問題にうまくはまってしまっている。
その点、同じ情報収集に秀でたスキルになる、芦辺素直の『自動筆記』は、過去の情報もあわせて明確な答えを書き出してくれる……らしいから、楽そうだな、と、少しうらやましくも思った。
黒森は芦辺に見えない妖精をつけるようになってからまだ日が浅く、芦辺が自身の『自動筆記』に対し、即応性に欠ける、必ずしも完全な答えを教えてくれるわけではない、などの不満を抱いていることは知りようもなかった。
仮に芦辺がこの時点で黒森の『ファアリーテイル』とその機能の詳細について知ったとしたら、それこそ喉から手がでるほどに欲しがったであろう。
しかし、スキル『フェアリーテイル』の詳細については、今のところ、黒森自身しか知らない状態であった。
ここ数日、急速に黒森と距離を詰めてきた津川問でさえ、スキル『フェアリーテイル』については漠然とした情報を知らされているだけであり、その全貌までは把握していなかった。
基本的に黒森は、かなり世話になっている津川問や蘭世明のふたりについても完全に信頼を置いているわけではなく、また、津川問と蘭世明のふたりの方も黒森にそのようなことを求めてはいない。
津川問や蘭世明。
クラスの中では「公認のバカップル」として扱われているこのふたりの関係は、表面から見えるよりも遙かに複雑……で、あるらしかった。
少なくとも、まともにつき合うようになってからまだ日数が浅い黒森には、容易に底を知ることができない深淵がある。
津川の方はこのゲームにはあまり関心がなく、というより、津川は基本的に欄世に関わること意外の一切には関心を持っていないらしく、そして蘭世は津川が暴走しないことのみに注意し、それ以外では平凡な生活をすることを望んでいる。
だから、このふたりが、直接的にゲームに参加してくる可能性はほとんどなかった。
そのような局面があるとすれば、なんらかの要因によって蘭世が傷つけられたときのみだろう……と、他ならぬ蘭世自身が、以前、黒森に語ったことがある。
「そうなったら最後、問は、このゲームに関わるあらゆるものを抹殺しようとする。と、思う」
そのとき、蘭世は神妙な顔をしてそういった。
「できるかできないかじゃない。
スキルの力なんか関係なく、問は、暴れる。
問が全身全霊を傾けて何事かをなそうとしたら、そのときは……」
……誰にも、止めようがないんだ。
と、蘭世はおごそかな表情でいい切った。
「だからおれは、このゲームはおろか、あらゆる危ないことから身を遠ざけなければならないんだ。
問を犯罪者にしたくはないからね」
過去に津川がどんなことをしてきたのか、黒森は詳細に聞かされていなかったわけだが……少なくとも、この蘭世は、自分のいったことを本気で信じ込んでいるらしい。
この二人の関係性や過去については不明な点は多かったのだが……少なくとも、当面の間、ゲームから身を遠ざけようとしていることは確かだった。
だから、とりあえず、黒森は、津川と蘭世のふたりを除外した他のクラスメイトすべてを仮想敵と想定して動く必要がある。
これまでは、敵状観察期間と割り切って傍観を決め込んできたわけだが、そろそろそれも許されないような状況になってきていた。
この辺で、スキルのひとつやふたつ、誰かしらから奪わなくては、他のクラスメイトが強化される一方で、自分だけが相対的に弱体化する。
だが、いったい……。
具体的に、誰を襲うのが確実なのだろうか?
人一倍ひ弱な自分にも勝ち目がありそうな人間となると……。




