06-07 プレデターの香り。
あ、また居る。
と、睦月庵は思う。
居ないはずなのに、居る。
いや。
より正確にいうのならば、体臭とか体温とか、個々の要素は関知できるのに一個人の総体としては感知できない、不思議な存在。
プレデター。
姿を隠蔽するスキルと、睦月自身の『ファイブセンス』とのせめぎ合いによって、こうした齟齬が発生してしまうのだろう。
睦月のように『ファイブセンス』のスキルを持っていない人間なら、彼女のことを断片的でさえ感知できないはずだった。
そう、彼女。
睦月は、その体臭からプレデターが「彼女」であることを知っている。
昨日、学校からかなり離れた公園で激しくやりあって、内膳英知からスキルを奪われたということも知っていた。
周辺に対してかなり派手な被害を与えたらしく、鷺沢公園の設備などにかなりの被害を与えた様子も地元テレビ局にも取材され、昨夜のうちにニュースとして放映されていた。
それに、一年D組のクラス全員に強制的に届けられるアナウンス。
あれだけは、誤魔化しようがない。
睦月は、さらにプレデターの香りを分析する。
内膳と同じような、嗅ぎ慣れない焦げ臭い香りが、体臭に混ざっていた。
硝煙、というやつかな。
と、睦月は推測する。
今朝の校庭での騒動については、早めに登校していた睦月もスキルを通してじっくりと観察していた。
睦月は『ファイブセンス』のおかげで、離れた場所で起こった出来事についてもかなり詳細に把握することができる。
だから、途中から乱入して三峰刹那に対抗していたのが内膳英知とプレデターであることも知っていた。
それを、他人に知らせようとも思わなかったが。
……できれば、プレデターのような子と組みたいんだけどな。
と、睦月は思う。
昨日まで利用していた芦辺素直でもいいのだが……芦辺は、なんというか心の底から信頼するところまでには至らなかった。
特に理由はなく、あくまで睦月の直感として、なんとなく、
「この子は、いざとなれば躊躇することなく自分を切り捨てるだろうな」
という感触を、芦辺に対して得てしまったのだった。
その点、プレデターなら。
少なくとも、彼女はこれまで孤軍奮闘してきたことだけは確かだった。
それに、情報収集に長けた自分のスキルがプレデターの役に立つことも、間違いはない。
なかなかいい組み合わせだとは思うのだが……睦月には、プレデターに自分の意志をうまく伝える術が思いつかなかった。
いや、仮に「プレデターと組みたい」という希望をうまく伝えることができたとしても、プレデターの方がその希望に応えてくれるとは限らないわけだが。
第一、他人の認識から意識的に阻害されるらしい彼女のスキルと、日常的に、そして他のクラスメイトにはそうと悟られずにうまく連絡を取り合う方法も、睦月は思いつかなかった。
プレデターが姿を眩ませている間でも、普通にメールとか送りあえるものなのだろうか?
そんなことを考えた末、睦月は「プレデターと組む」という案を自主的に破棄した。
非現実的な部分が多すぎる。
仮定に仮定を重ねて、こちらの声に応じてくれるのかどうかわからない相手を頼るよりも、もっと確実な手段はいくらでもあるのだ。
もうひとり、同じ『ファイブセンス』を所持することになった矢尻知道もプレデターの存在を断片的に感知していた。
最初から『ファイブセンス』を所持していた睦月庵と比較するとレベルこそ低かったが、その『ファイブセンス』を得たことによって矢尻が受け止める情報量は、誇張抜きに何十万倍にも増えた。
嗅覚や聴覚、それに皮膚感覚までもがすべて鋭敏になるとは、それだけ膨大な情報量を一気に処理する必要が出てくる、ということでもある。
そのスキル『ファイブセンス』に、選択的に一部の感覚をオフにする機能がなかったとしたら、矢尻もかなり早い段階で気が狂っていただろう。
人間の情報処理系は、それだけ膨大な情報量を処理し続けるようにはできていないのだ。
今でこそ多少は慣れ、情報酔いに苦しまない程度にはスキルを使いこなせるようになってきてはいるのではあるが。
とにかく、矢尻もスキル『ファイブセンス』によって、プレデターの除法を断片的に感知していた。
なにしろプレデターこと知念はなは、矢尻の前の席に平然と座っている。
矢尻は、知念のスキルによって「それが知念である」と認識することは阻害されているわけだが、そこに「誰か」が存在して居るであろうことは、スキル『ファイブセンス』がもたらす情報によって確信することができた。
プレデターは、そこに居る。
体臭などから判断するに、プレデターは女性である。
そして、授業中は決まって矢尻の前の席に座る。
そうしたデータから、矢尻は、プレデターの正体は知念はなであると確信した。
そういえば、知念はなはゲーム二日目の日からずっと学校を休んでいる。
知念はな=プレデターとしても、矛盾点はなかった。
……プレデターの正体が判明したとしても、矢尻の方から知念に接触をしてなんらかの働きかけを行う、ということはこの時点では考えていなかったが。
矢尻としては、もう少し自分の独力でゲームを進めてみようと決意したところだったからだ。
とりあえずは、一日にひとつ以上のスキルを奪取することを目的としている。




