06-05 予鈴。
「……また、今朝も派手にやっているなあ……」
校門をくぐり、校庭の様子を一瞥した新堂零時はそんなことを呟いた。
校門からは大勢の生徒たちが逃げまどっている様子が遠目に確認できるだけだったが、派手な爆音やなにかも破砕音がこ聞こえてくる。
とりあえず、新堂はその音が聞こえてくる場所まで小走りに移動し、その道すがら近くに居合わせた生徒たちを片っ端からスキル『ナイトシールド』で保護した。
今では新堂の『ナイトシールド』もかなりの高レベルになっており、全校生徒は無理でも一学年の生徒全員程度なら、物理的な保護を与えることができる……ような、気がする。
実際に試してみないことにはなんともいえないのだが、新堂としては、
「一度に百人以上の人間を保護することができる」
という感触を得ていた。
……なにひとつ、自分自身の利益にならないスキルである、という事実が悔しいといえば悔しいのだが、こうした場面で多少なりとも役に立てることは嬉しい。
内膳英知がスキル『見取り稽古』によって『マックススピード』のスキルを得ていたように、林道鈴もスキル『シーフ』によって『マックススピード』のスキルを得ていた。
ところでこの林道は、家電などの取扱説明書を読まない人間だった。
このときもステータス画面の簡単な説明文に目を通すこともなく、いきなり入手したばかりの『マックススピード』を使用する。
そのとたん、林道の世界から音が消え、林道を取り巻くすべてのものが静止した。
そのこと自体には、普段からあまり物事を深く考えない性質の林道はあまり思い煩わなかった。
「そういうスキルなの?」
程度に納得をし、一歩踏み出そうとして体が妙に重たいことを実感する。
いや、体が重たいのではなく、林道を取り巻く空気が重たいのだ。
林道自身の主観によれば「周囲の動きが止まった」ように感じられるのだが、実際には、林道の周囲だけ、極端に高速化している。
『マックススピード』とは、そういうスキルなのである。
その結果として、林道の体から離れている大気の流動性は極端に制限されているわけであり、林道が少しでも動こうとすればじっとりとまとわりつくような感触を残した。
それでも林道は『マックススピード』を解除せず、じわじわと進んでいく。
傍らには、静止したように見える七重芹香と路地遙も居るのだが、今は彼女たちを救う方法がない。
強力な敵であることがはっきりしている三峰刹那に対抗するためには、林道が真っ先に彼に接触してそのスキルを奪うことが、一番確実な方法なのである。
その三峰は、路地が『捲土重来』のスキルで作った囲いを破壊して脱出したところだった。
林道はゆっくりと足を踏み出しながら胸のポケットから砂の入ったビニールの小袋をひとつ取り出す。
指先で摘める程度の大きさの、ごくごく小さいビニール袋だった。
スキル『シーフ』の「強奪」を発動するためには、
「対象に攻撃をした」
という条件を満たしさえすればそれでよい。
いいかえれば、大量の砂を用意する必要もなく、また、咄嗟のときに抵抗なくポケットから取り出すためにも小さい袋の方が都合がよかった。
林道の主観によれば、かなりのろのろとした動きで三峰に近づきつつ、その小袋の口を指先で千切り、そのまま三峰に投げつける……そのモーションの途中で、三峰の上半身が、カラフルに染まった。
左右に視線を動かして、三峰を攻撃した者を探す。
驚いたことに、今の林道と同じくらいに素早く動いている者が、もう一人いた。
スキル『マックススピード』の影響下にある者とそうでない者との間には、歴然とした速度差があったから、見間違いようがない。
……もうひとり、同じ『マックススピード』のスキルを持っている人が居る。
と、林道は理屈抜きにそう確信する。
どうやらそのもうひとりも、三峰に敵対して動いているようだ。
例によって深く考えない林道は、悩む間もなくその事実を受け入れ、「未知の味方」というファクターを自明のものとして納得し、以後、それを前提として動くことにする。
この場合、「深く考えない」という林道の浅薄さは、判断に遅滞を招かない長所にもなった。
驚いたのは、三峰の反応である。
次々と来る攻撃を目視し、薙刀で叩くなり回避するなりして、機敏にそれに反応した。
スキル『マックススピード』を使用している人間の動きに反応している、という時点でかなり常人離れしているのだが、これは三峰もスキル『ランサー』によって各種補正を受けているからであった。
三峰は次々と襲いかかってくるペイント弾に反応し、その割には何発か被弾したわけだが……とにかく、その襲撃者が居る方向にむかって突進する。
しかし、そこで三峰は、なにか見えない壁にぶつかったかのように不自然な動きで後方に飛び退いた。
……あれ?
と、林道が疑問に思うまもなく、轟音が起こる。
三峰の前に、夥しい火花が散っていた。
なに? なに? なに?
と頭の中を疑問符で埋め尽くしながら、林道は三峰から遠ざかろうとする。
林道自身の意識よりもずっとノロノロとした動きではあったが。
三峰から少し距離を置いたところで、ようやく林道にもなにが起こているたのか理解できるようになった。
三峰は、現在、スキル『エアタンク』を発動して身を守っている。
なぜそうと知れるのかというと、その『エアタンク』の見えない戦車にペイント弾が次々と着弾して、可視化している最中だからだ。
三峰の『エアタンク』は、今や見えるようになった主砲を動かして、正面を攻撃しようとしている……らしい。
そこに、三峰を攻撃しているもうひとりが居る……の、だろうか。
ペイント弾を発射している者とは別に、機関銃らしいものを使って先ほどから三峰を攻撃している者が居る……らしかった。
おそらくは……その二人目の攻撃者も、三峰と同じ『エアタンク』を使用している。
林道は、そう予想しながら慌てて三峰の戦車の背後に移動する。
冗談ではない。
戦車同士が正面から撃ち合いをする近くにいたくはなかった。
林道自身の主観によれば、かなりのろのろとした動きであったが、なんとか三峰の戦車の背後に移動したとき、三峰の戦車の主砲が火を噴いた。
この時点では林道もあまり自覚していなかったが、スキル『マックススピード』を連続で使用していたおかげで、『マックススピード』のレベルも急速に上昇している。
基本的に、単純な、単機能なスキルほどレベルはあがりやすい傾向があり、この『マックススピード』もまた例外ではなかった。
完全に林道の背後を取った林道は、そこでスキル『アイスエイジ』を使用した。
スキル『アイスエイジ』とは、所持者が指定した対象の温度を極端にさげるスキルである。
どれくらい温度をさげれば戦車が使用不可能になのか、林道は知らなかったが……普通に考えれば、戦車が故障するよりも先に中に入っている三峰が凍死する。
『アイスエイジ』とはそれだけ急速に物体を冷やすことができるスキルだった。
一発では敵戦車を撃破できなかったのか、三峰の主砲は二度、三度と火を噴き……そこで、動きを止めた。
……と、ここで、唐突に、すべてのスキルが消失する。
三峰の『エアタンク』も。
内膳の『デリンジャー』も。
林道の『アイスエイジ』や『マックススピード』も。
新堂の『ナイトシールド』も。
すべてが、一斉に無効化された。
『マックススピード』の影響から解放された林道の耳に、聞きおぼえのあるチャイムが入ってくる。
……そうか。
と、林道はようやく理解した。
時間切れ、だ。
授業の時間、ならび部活中は、ゲームは強制的に中断される。
そういうルールがあったことを、林道は思い出した。




