06-02 加賀姫香、スキル『マックススピード』の世界。
気がついたら、空を見ていた。
仰向けに倒され、地面に叩き伏せられた……ようだった。
「ようだった」、というのは、そうなった実感がまるでないからである。
気がついたら、空を見ていた。
……というのが、七重芹香の正直な感想だった。
「まだ、やる?」
加賀姫香は、七重の顔を見おろしてそういった。
「何度やっても同じだと思うけど。
いっておくけど、もっと致命的な攻撃だって楽勝でやれるから、わたし。
ただ、こっちがあんまり後味が悪い真似をしたくはないってだけで……」
「今」
そのまましゃべりだした加賀を、七重が遮る。
「……今、なにをやった?」
「別に、特別なことはなにもやってないけど」
加賀は、平静な声で説明してくれる。
「まっすぐ歩いていって、突き飛ばした。
ただそれだけだよ。
ただし……スキルを使っているときのわたしは、ちょー速いけど。
相手がどんなに強いスキルを持っていようが、それを発動する前に倒しちゃえば結果は同じだよねー」
「……加速するスキル……なのか?」
「……んー。
加速、っていうのかな?」
加賀は、そういって首を捻る。
「かち、ってスイッチが入れ替わる、みたいな感覚なんだけど……。
とにかく、スキルを発動すると、周りが極端に遅くなるんだ。
普段の動きを一とするとの、その何十倍だか何百倍だかに相当するはず。
本気で走ると音速とか越えている計算になるし、ソニックブームとか起きてないとおかしいんだけど、実際にはそういう影響はないみたいねー。
相変わらず、いい加減っていうか出鱈目というか……」
「アジリティ極振り、ってわけか……」
七重は、呻くようにいった。
加賀姫香のスキルは、『マックススピード』。
その名の通り、一気にスキル所有者の速度を倍加するスキルであった。
「昨日あたりから、いい感じにレベルアップしてきたから、そろそろ他のスキルを集めるかなーって思っていたところに、わたしが狙っていた西城たち四人のスキルが奪われちゃってさあ。
あの魔法系のスキルは、いつまでも他人のものにしておくとやっかいだから、できるだけ早めに自分のものにしておきたいなー、なんて思っていたところなのだよ」
加賀は、相変わらず訊いてもいないことをぺらぺらとしゃべり続ける。
「ここまでレベルがあがると、スキルを発動した瞬間、まわりが止まって見えるくらいでさあ。
正直、勝負にもならないのよ。
どうする、七重。
あと何回かなら、つき合ってもいいけど。
わたしとしては、素直にスキルを渡してくれると手間が省けるかなあ……。
あ。
なんだったら、三人同時にかかって来てもいいよ。
どうせ、結果は同じだし」
校庭の隅を借りて、決闘らしきものを行っていた。
一応、通りかかった教師にも断りをいれ、できるだけ迷惑がかからないように留意したつもりである。
ここ数日のゲーム関連の騒ぎで酷い目にあった生徒も多いはずだったが、彼女たちの決闘を見物しようと遠巻きに見ている生徒たちも少なくはなかった。
あっさりと勝負がついたので、それも、これまでの騒動とは違い、気がついたら七重が転ばされていた……というかなり地味な展開となったので、見物客としてはあまり面白味がないかも知れなかったが。
「……もう一度」
七重は、立ち上がりながらそういった。
「リトライさせて貰おうかな。
お言葉に甘えて……。
これでも、体育会系の端くれなんだ。
根性だけなら、誰にも負けない」
「体育会系というのなら、わたしも一応陸上部所属なんだけどね」
加賀は、苦笑いを浮かべた。
「時間もあるし、もう少しつき合いますか。
……はじまりの合図、七重がしていいよ」
余裕があるなあ……と、七重は思った。
「それじゃあ……はじめっ!」
と、七重が叫んだ次の瞬間、七重はまた地面に転がっている。
「……いい加減、うざったくなってきたなあ」
何度繰り返したことだろう。
とにかく、度重なる七重の挑戦をすべて受け、その上で七重の動きを完封してきた加賀は、そう呟く。
「いや、その根性は認めるけどさあ。
つき合わされるこっちにしてみれば、いい加減うんざりなんだよね。
今度は、手加減なしで攻撃しようか?」
そういう加賀の手には、いつの間にかテニスボールが握られている。
七重が、投擲攻撃用のアイテムとして所持していたものだったが、いつの間にか加賀の手の中に移動していた。
「……スキルを使用したときのわたしの速度でこいつをぶつければ、まず無事では済まないんだけど……」
スキル使用時の加賀が、直接自分の手足を使って攻撃すれば、その運動エネルギーは加賀自身の身体も壊してしまう。
有坂の『チェーンコンボ』や路地の『キッカー』は、スキル使用時に体の一部を保護する機能があるようだが、速度特化の『マックススピード』にはそうした特性がない。
しかし、ボールをぶつけるなど間接的に攻撃するのだったら、加賀自身の体を損なうことなく相手のみに膨大な運動エネルギーをぶつけることが可能だった。
「……『ロングショット』持ちのわたしが、なにかをぶつけられてしとめられるのか……」
七重は、なぜか遠い目をした。
「いいよ。
やってみな」
「……本当に、やるけど」
加賀は、軽く眉をひそめた。
「やるといったら、手加減なしで」
「だから、やってみなって」
七重は、にこやかに告げる。
「もう、口上はいいから」
「……それじゃあ、遠慮なく……」
加賀は、テニスボールを持った手を振りかぶり、スキル『マックススピード』を起動。
加賀主観の世界から音が消失し、加賀自身以外のすべてが静止した。
そして、音と動きがなくなった世界の中で、加賀は、ふと違和感をおぼえた。
目の前の視界に、なにか。
あ。
砂粒、だった。
加賀がもう少し注意力散漫だったら見逃していたような、小さな砂粒が、いくつか。
加賀の目前の空間に、静止していた。
……これ、攻撃のつもりかなあ?
と、加賀は思う。
おそらく、小さな砂粒を、加賀の体に当たるように誰かが投げつけたものだろう。
こんな小さな砂粒でも、スキル使用中に移動する加賀の体にうっかり触れでもしたら、加賀の体にはかなり甚大なダメージを与えることになる。
この場合、その存在に気づかないくらいに小さな砂粒を、加賀の進行方向に蒔いておく……という行為が、重要なわけだが。
いずれにせよ、実際に加賀が被害を受ける前にその砂粒に気づきさえすれば……この攻撃は、不発のまま終わる。
加賀は、ニヤリと笑い、その砂粒を大きく迂回して……七重にむかって、ボールを放る。
その直後に、スキル『マックススピード』を解除し……。
「……とった」
加賀の耳に、そんな声が聞こえた。
加賀が七重に投げつけたボールは、七重の肩に当たって大きく跳ね返る。
……え?
と、加賀は疑問に思う。
スキル『マックススピード』を使用したまま投げつけられたボールは、当たったものを粉砕するはずだった。
なぜ、今……七重は無事なのか。
「やあ、やあ」
加賀の肩に手をおいた路地が、そんなことをいっている。
「自分のスキルに自信を持つあまり、他人のスキルの性質について予習を怠ってしまったねえ。
加賀ちゃん。
特に、スキル『シーフ』の発動条件を知らなかったのは、痛かった」
「スキルも、経験値も、すべていただき」
いつの間にか加賀の腰あたりに触れていた林道が、そんなことをいっている。
「まあ、あれだ」
七重は、そういった。
「わたしらは、しばらく鈴ちゃんの護衛役でさ。
他のやつらが手を出してきたら、できるだけそいつの注意を引いて隙を作ってくれっていわれていたんだよねえ」
「そうそう」
路地も、頷く。
「加賀ちゃんはあまり警戒心がないタイプだったんで、楽といえば楽だったよ。
対処するのも」
スキル『シーフ』の機能により誰かのスキルが移動したとしても、アナウンスはない。
加賀が、いつの間にか自分のスキルを奪われていたことを自覚するまで、もうしばらくの時間を必要とした。




