02-03 芦辺素直、スキル『自動筆記』
【
自動筆記 Lv.1 ◇特殊系
『自分が見ていない場面の内容や知りたい情報を文章で紙に書き記すことができる。
ただし、手書きに限定。
パソコンやスマホなどの器機は使用不可』
】
テストプレイ中、自分のスキルを確認した芦辺素直は、まず最初に絶望し、次にほんの少しだけ希望を持った。
直接戦闘に関係しない、情報収集に特化したスキルだが、だからといってまるでやりようがないわけではない。いや、芦辺のスキル『自動筆記』に限らず、どんなスキルであっても使い方によって生きもするし死ぬこともある。
要は、使い方、なのだ。
テストプレイ中のごたごたを醒めた目で見ながら、芦辺はこれからの方針と予定を頭の中でシミュレートする。テストプレイ中の負傷は、テストプレイが済み次第自動的に修復されるといわれていたので、田所や三峰を巡る闘争のときも、芦辺は本気で自分の身を案じなかった。
自分のスキルが他人の手に渡ったとしても、そのときはそのときである。
同じスキルを持っていたとしても、使いこなせなければ意味がない。
だったら、ぼくはこのスキルを徹底的に使いこなし、他の追随を許さない領域にまで持って行けばいい。
そう考えた芦辺は足早に教室をあとにし、その足で帰路にあるOAショップと百円ショップに立ち寄った。
まず百円ショップでボールペンを購入し、次いで、OAショップでA4サイズの再生紙コピー用紙を二束買い求める。これは芦辺が知る限りこの近辺でもっともコストパフォーマンスに優れた紙であった。再生紙コピー用紙は一梱包で五百枚入っており、二束を購入したから芦辺は千枚を入手したことになる。それだけの紙があれば、しばらくは書くものに不自由しないはずだった。
そうした荷物を抱えて自宅に帰った芦辺は、すぐに自室に入って鍵を閉め、コピー用紙の梱包を解いて勉強机の上に置き、ボールペンを手にしてその上に多い被さった。
さて、まずなにから知るべきかと考えた末、今日、教室の中で一番落ち着いていたように見えた新藤零時について知るべきだと結論を下した。
なによりあいつは、女子が三名も寄ってきていたからな。それに、漏れ聞こえてきた会話によれば、新藤の隣の席の頼衣珠世のスキルは『スカウター』という解析系のものであるらしいかった。
新藤たちの動向を探れば、自然と他のクラスメイトたちに関する有力な情報も得られるはずだ。
そう思った芦辺は、口に出してこういった。
「新藤零時たちが得た情報を知りたい」
すると、ボールペンを握っていた芦辺の手が滑るように紙の上を動き、瞬く間に膨大な量の文章を書きはじめた。
新堂零時は、倉石市内、国道沿いにあるファミリーレストラン内に来ていた。
どこか静かな場所ではなしを……といったとき、中央高校からは少し距離があるため、同校の生徒は滅多に来ない穴場である、と、頼衣玉世から薦められたためである。時間帯にもよるが、昼下がりから夕方にかけては比較的客が少なく、ドリンクバーだけで長居もできる、というはなしだった。
新堂の家は学校を挟んでほとんど反対方向にあるため、この近辺へ来たことがほとんどなかった。
……。
スキル『自動筆記』の能力は、情報収集に関する限りかなり優秀だった。
さほど苦労せず、こうして新藤たち四人が得た情報を入手することができたのだから。
それと、新藤零時の冷静さと分析能力もあなどれないな、と、芦辺は思う。あのテストプレイ中の混乱した状況下で誰がどういう行動をしていたのかしっかりと記憶しており、スキル『スカウター』のユーザーである頼衣玉世をうまく誘導して必要な情報を引き出し、手軽にまとめていた。
芦辺は新藤が書き出した情報を書き写してから四人に関する情報収集をいったん打ち切り、今度は同じくテストプレイ中に活躍した者たちの様子を伺うことにした。
まず最初に気になったのは、なんといっても他のクラスメイト全員を相手に回して奮闘したスキル『エアタンク』のユーザー、三峰刹那のことである。
惜しくも有坂誠のスキル『チェーンコンボ』に敗れたが、スキル『エアタンク』が攻守のバランスがよく高い完成度を持つスキルであることには変わらない。三峰が敗れたのも、スキルの高性能さに慢心して他の生徒たちの情報収集を怠ったことが一番の原因なのではないか、と、芦辺は思った。
高村先生に渡されたプリントによると、スキル『エアタンク』はクラスの中で唯一、万能系に分類されているスキルである。多少の弱点もあるものの、それが頷けるほど使う勝手がよいスキルなのだ。
ましてや、今の三峰はそのスキル『エアタンク』以外にも数多くのサブスキルを獲得している。一度は敗れたとはいえ、今もって一番優勝に近い生徒の一人であった。その動向が気にならないわけがない。
そして芦辺のスキル『自動筆記』を駆使すれば、その動向を探るのも造作もないことないのだった。
スキル『自動筆記』が書き出した文章によると、スキル『エアタンク』のユーザー、三峰刹那はテストプレイでの敗戦のあと、まっすぐ自宅に帰っていた。
三峰の家は倉石市南側の広大な地所を所有する大地主であった。戦後の農地改正でかなり手放したそうだが、現在でも多くの農地や宅地を所有している。三峰の父親は不動産会社を経営する傍ら、市議会員も務めていた。
これはスキル『自動筆記』によって得られた情報ではなく、何年か倉石市に住んでいれば自然と耳に入る情報である。三峰家のことについては、倉石市周辺の住民なほとんど知っていることだろう。
つまり、三峰刹那という少年はそうした旧家の一員であり、高校の入試でもかなりよい成績を取っていることからもわかるように、本人もその家に相応しい人間であろうと努力もしてきたようだった。市立倉石高校は地元でも有数の名門校であり、偏差値も高い。その入試でさらに抜きんでた成績を収めようとすれば、生半可な努力では済まないはずだ。まったく同じ入試をおそらくぎりぎりの成績でなんとかくぐり抜けた芦辺はげんなりとした気分でそう思う。
これも、スキル『自動筆記』経由での情報ではなく、芦辺がこれまでに耳に挟んできた細切れの情報を統合して判断したところである。
スキル『自動筆記』は広大な三峰家の邸宅を描写し、その中にある自室にまっすぐにむかう三峰刹那の様子を文章にした。三峰刹那は家につく頃には敗戦のショックから気分を持ち直し、冷静さを取り戻していた。
そして自室でノートと筆記用具を取り出し、テストプレイの中で収得したサブスキルを書き出して、さてどれを積極的にレベルアップさせていくのかと思案をしていた。
なにしろ三峰自身のスキル『エアタンク』の成長率は、おはなしにならないくらいに低い。テストプレイ中、あれだけ使用したのに現在のレベルはようやく三。他のサブスキルを積極的に育てた方が効率的だった。
現在、三峰が収得しているサブスキルは、ランサー、石蹴り遊び、ファイブセンス、ロングショット、キッカーの五種類。どれもレベルは一だったが、特殊系二種に攻撃系三種でバランスがよかった。
それら五種類のサブスキルの特徴をスキル『自動筆記』で書き出して、芦辺は戦慄した。
ひとつひとつでは際だって強いというわけでのないのだが、この五種類をすべて持っていると途端に応用の幅が広がる組み合わせだった。本来のスキル『エアタンク』がなかったとしても、この五種類のサブスキルだけで十分に戦い抜けるだけのポテンシャルを秘めていた。
テストプレイの中では敗北したとはいえ、三峰刹那という同級生はスキルの引きが強いな、と、芦辺は思った。
三峰刹那はこれからサブスキルのレベルアップに勤しむようだったが、芦辺は別のプレイヤーの様子を伺うことにした。三峰が一晩でどれくらいサブスキルをレベルアップさせることができるのかは、明日の朝にでもチェックしておけばいいだろう。それよりも他の要注意人物の情報も収集しなければならない。
スキル『ジャック・ザ・リッパー』のユーザーである田所一は、市のはずれにある総合病院に誰かを見舞いにいっているようだった。特にゲームに関する行動をとっている様子もないので、田所に関する情報収集は早めに切りあげ、他のプレイヤーについて調べる方が効率がいいと芦辺は判断する。
三峰を破ったスキル『チェーン・コンボ』のユーザー、有坂誠は帰宅してからトレーニングウェアに着替え、近所にある河川敷を走り出していた。いつもの日課なのだろうか。
いずれにせよ、田所と同じでゲームとは無関係の行動に思えたので芦辺はやはりそれ以上、有坂の様子を調べるのを中断し、別のプレイヤーについて調べることにした。
あまり効果はなかったとはいえ、三峰に対して執拗な抵抗をしていた西城沙奈、辺見洋子、夢川明日夢、奥地八枝、内膳英知は駅前にあるカラオケ屋でなにやら騒いでいる。内膳英知が他の四人のペースに引っ張られている様子だったが、こちらの方も騒がしいだけでゲームの進展にはあまり関係がないようなので情報収集を早々に切りあげた。
「……あとは……」
他に誰か、早めに動向を確認しておいた方がいいプレイヤーはいなかったけかな、と、芦辺は思い、先ほど書き出した新藤零時たちの議事録を読み直す。
「なんだ、肝心の最多スキルホルダーが残っていたじゃないか……」
そういって芦辺は、瀬川太郎の情報を調べようとすると、
《瀬川太郎のスキル『見取り稽古』が????に奪取されました。》
というアナウンスが頭の中に響いた。
「あ」
と、芦辺は小さく声をあげる。
テストプレイ以降、はじめてのスキル奪取アナウンスであり、おそらく実戦でははじめてのスキル移動だろう。
しかし、それよりも芦辺を驚かせた要因は……。
「……誰が、やったんだ?」
本来ならば瀬川のスキルを奪取した者の氏名が入っている部分にノイズが入っていて、聞き取れなかったのだ。これは、テストプレイの最中にはなかった現象である。
芦辺はボールペンを持ち直し、
「……今、スキルを奪取した者の名前が聞き取れなかったのはなぜか?」
と質問した。
スキル『自動筆記』が発動し、
『持ち主の情報を隠蔽するスキルが発動しているためである』
という一行を書き出す。
「そのスキルについて、具体的に知りたい」
『持ち主の情報を隠蔽するスキルが発動しているため、不明』
「そのスキルの持ち主は誰か?」
『持ち主の情報を隠蔽するスキルが発動しているため、不明』
……どうやら、スキル『自動筆記』の能力よりも、その謎のスキルの隠蔽する力の方が上位に設定されているらしく、どんな問いかけをしてもなにもわからなかった。
仕方がなく、芦辺は矛先を変える。
「この自動筆記では、どのような情報を得ることができるのか?」
『現在、および過去の情景を書き出すことができる。
誰かが内心だけで思っていることは書き出せない』
「瀬川太郎がスキルを奪取されたときの情景を書き出せ」
芦辺は、そう口に出した。
瀬川太郎は、現時点で最多のスキルを持っていたはずである。
その瀬川太郎があっさりと敗れたのだ。
なぜそんなことになったのか、それを知りたいと思うのは当然の欲求だった。




