05-25 須賀泰治は孤独かもしれない。
須賀泰治は例のアナウンスを聞いたあと、
「……おお。
やってるやってる」
と、小さく呟いた。
リライターとかいう正体不明の存在に押しつけられたゲームに、みんなよく励むよな……と、須賀は他人事のように、そう思う。
須賀に与えられたスキル自体がこの時点で須賀にとってはまるで益がないものであることも手伝って、須賀のゲームに対する関心は極端に低かった。
いや、ゲームに関わらず、須賀は、この世のすべての事物に対して、強い関心を持ったことがない少年ではあるのだが。
須賀は帰路の途中にある何軒かあるコンビニに入って雑誌の立ち読みなどをして無駄に時間を潰しながら、自宅であるマンションの一室に帰る。
自宅、とはいっても、この春に越してきたばかりの場所であり、須賀自身の思い入れはかなり希薄であった。
この春、不仲であった須賀の両親は、ついに離婚をした。
原因は、どちらにもあったのだろう。
詳しい事情までは須賀は聞かされていなかったのだが、どうも両親ともに別のパートナーが居たらしい。
もう何年も前から仮面夫婦を続けていて、須賀の進学を機会に正式に別れた、ということらしかった。
それくらいのことは、ともに寝起きしているわけだから、説明されなくとも家庭の空気などを読みとれば、須賀にも理解ができた。
須賀の両親は感情的になって怒鳴りあったり喧嘩をしたりする性格ではなかったが、その分、最後の何年かは普段からなにか張りつめたような雰囲気が漂っていて、そうした空気は須賀の性格成形にも大きな影響を与えている。
とりあえず、自宅に帰っても居場所がないと感じた須賀は、やりたくもない勉強に逃避することにした。
そのおかげで地元では名門ということになっている市立中央に入学できたのは、怪我の功名というやつだろう。
須賀が自宅で勉強に励んでいたのは、学習意欲が旺盛であったからではなく、あくまで両親とまともに会話をしたくはなかったからだ。
とりあえず、勉強さえしていれば無駄な会話を避けることができた。
冷え切った、ぎすぎすとした空気の中で育った須賀は、今では深い人づき合いをさりげなく避けるようになってしまっている。
挨拶もするし、はなしかけられれば普通に受け答えはするのだが、自分から誰かに声をかけるということはない。
それでも中学までは友人と呼べる存在が何名か居たのだが、引っ越して地元を離れたせいでその繋がりも切れたも同然。
高校に進学してからは、特に親しい友人はできていない。
いや。
あえて、作らなかった。
須賀の中には、根強い人間不信の感情が育っており、交友関係についても、
「あえて時間や労力を割いてやるほどのものではない」
という結論が出てしまっていた。
そのんな須賀のこのゲームに関するスタンスをいうのならば、やはり、「無関心」というのがぴったりと来るだろう。
少なくとも、
「自分から、積極的に関わるものではない」
とは、思っている。
ただ……と、須賀は思った。
自分のスキルのことを知ったあと、クラスメイトたちが自分を放置しておいてくれるとは、まるで思えなかった。
冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、リビングにあるソファに腰掛けた須賀は、自分のステータス画面を表示させる。
【
スキル:
臥薪嘗胆 Lv.1 ◇特殊系
『一度失ったスキルを復活させることができる。
このスキルを使用して貰った者は、一つだけこのスキル所持者の願いをかなえなければならない。』
】
これほど、本人の役には立たないスキルも珍しい……と、須賀は思う。
……須賀がそう思ったことをスキル『ナイトシールド』の新堂零時が知ったら、また別の意見をいいそうな気がするのだが、この時点では須賀は新堂のスキルに関する詳細を知らなかった。
少なくとも、この『臥薪嘗胆』は、誰かに使用するように求められてはじめて真価を発揮するスキル、ではあった。
須賀がそんなスキルを持っていることを知られてしまうと、今度はこのスキル『臥薪嘗胆』の争奪戦がはじまる……ような、気がする。
初日のテストプレイが開始する前に配布されたプリントには、生徒全員分のスキル名が明記されていたから、須賀が持っているスキルの名前はクラスの全員に知られている、とみてよい。
しかし、『臥薪嘗胆』という名称から、その機能まで推測できる者は少ないはずだ。
噂では、頼衣玉世の『スカウター』というスキルが、他人が持っているスキルに関する情報を読みとれるということだったが……あのスキルは、どこまで詳細な情報を読むことができるのだろうか?
いずれにせよ……。
「ぼちぼち、やばいかなあ……」
と、須賀は呟く。
今日一日だけで、かなりの人数がスキルを失った。
今後、スキルの争奪戦はさらに激化することだろう。
そそかれ早かれ、『臥薪嘗胆』の機能を欲して須賀にすり寄ってくる、あるいは、須賀から『臥薪嘗胆』のスキルを奪おうとする者が現れるはずであり……。
そのときが来たら、須賀はどういう態度をとるべきなのか?
考えられるパターンを、声に出してみる。
「完全に無視をする」
力ずくでスキルを強奪されるのがオチだな……と、須賀は思う。
「せいぜいもったいをつけ、値をつりあげて、スキルを復活させてやる」
特に欲しいものなどないのだが……須賀自身の身の安全を守らせるとか、それに相手が女子ならば、屈辱的な条件をあえてつきつけるというのもありだろう。
基本的に須賀が、このゲームで誰にも荷担したいと思っていない。
他人を遠ざける口実として、わざと嫌われる言動する事に須賀が忌避の感情を抱いていなかった。
あるいは……。
「どっかの馬鹿に、あえてくれてやる」
それも一興、ではあるかな……と、須賀は思う。
できるだけ、このスキルを無駄遣いしそうなやつに……。
そう、たとえば、あの新堂にでも与えてみたら、あいつはこのスキルをどういう風に使うのだろうか?
……そこまで考えて、須賀はその可能性をすぐに打ち消した。
新堂は、須賀が知る限り、このゲーム自体が無用の混乱を生んでいる、と主張して、早期解決を望んでいたはずだ。
新堂にこのスキルを与えたとしたら、きっとゲームが終わるまで、誰にも使わないまま死蔵することだろう。
それでは……面白く、ない。
そこまで考えたとき、須賀は、
「……あれ?
おれ、このゲームがもっと続くことを望んでいるのか?」
と、気づいた。
それまで自覚することはなかったのだが……どうやら、須賀は、このゲームによって発生した混乱を楽しんでいるようだ。
そうか。
だとすれば……。
第四の選択。
「スキルについて大ぴらにして、希望するやつのスキルを片っ端から復活させていく」
そうすれば、このゲームはそれだけ長続きする。
……はず、だった。
須賀が、無条件に誰のスキルでも復活すると宣言すれば……かえって、他の誰かしらが須賀のスキルを奪う、という行為を阻害することにもなる。
スキル『臥薪嘗胆』の次の持ち主が、須賀よりも柔軟な方針を持っているとは限らないからだ。
このスキルをもっと物わかりが悪いやつに持たせておくよりは……客観的にみれば、やはり、誰にでも無差別にスキルを復活させると宣言した須賀に持たせて置いた方が、得策だと判断されるのではないか?
これは、須賀自身の身の安全を守ることにも繋がる。
「うん、そうだな」
と、須賀は、ひとりで頷く。
「この最後の方針で、いくことにしよう」
そうすれば、まだしばらくは、このゲームは須賀にとって対岸の火事であり続けるのだった。




