05-21 襲撃と分配。
「とにかく、七重さんと路地さんが、あの人たちの注意を引きつけることだけを考えて」
作戦は、すべて芦辺素直の提案を採用した。
「その次に、発煙筒を投げて視界を塞ぐ。
そうすれば、あの人たちもすぐには自分のスキルを使うことができなくなる」
西城沙名、夢川明日夢、辺見洋子、 奥地八枝の四人が、少し離れた場所で棒立ちになっていた。
こちらとの距離は、二百メートルといったところか。
すかさず、路地が発煙筒を投げる。
ホームセンターなどで市販されているものを芦辺が用意してくれたものだ。
学食という密閉空間は、あっという間は煙で満たされた。
たまたまその場に居合わせた生徒たちから悲鳴があがる。
「……そうしたら、あの人たちが戸惑っているうちに、睦月さんが林道さんを先導。
スキル『ファイブセンス』を持っている睦月さんなら、たとえ煙で視界を塞がれていても、林道さんをあの人たちの間近まで誘導できるはずだ」
睦月庵は、林道鈴の手を引いて、煙の中を小走りに進む。
芦辺が説明した通り、煙のせいで見通しが利かなくなっていたとしても、スキル『ファイブセンス』のおかげで聴覚や嗅覚が常人の数十倍になっている睦月はまるで困ることがない。
目を閉じていても、目的地にまで障害物を避けて進むことが可能だった。
睦月は冷静に、林道を自称魔法少女四人のすぐ近くまで誘導する。
そして……。
「……いい、この方向」
睦月は、林道の肩をつかまえて、方向を示す。
「ここからまっすぐ前に投げつければ、どうしたって当たるから」
ここから西城ら四人への距離は、五メートル前後。
小さな声で囁かなければ、相手にこちらの位置を気取られる心配がある。
そのため、大きな声は出せなかった。
睦月に耳元で囁かれた林道は、静かに頷いて制服の胸ポケットに入れていた小さなビニール袋を取り出す。
その中には、砂が入っていた。
「……スキル『シーフ』の新しく解放された機能、強奪を利用する」
少し前の打ち合わせのときに、芦辺はそう説明した。
「攻撃をした対象からスキルを奪うことができるって、そういっていたね?」
「うん」
林道は頷いた。
「その際、相手に与えたダメージの大小は、成功率に関係しない?」
「関係ない」
林道は、また頷いた。
「攻撃が当たりさえすれば、相手からスキルを奪うことができる」
「ならば、簡単だ」
芦辺は、そういってのけた。
「林道の攻撃が当たる場所まで、相手に気づかれずに運ぶことができきさえすれば……それだけで、ぼくたちの勝ちだ」
林道はビニール袋から砂を手のひらにあけ、それをそのまま正面に投げつける。
不器用な投球フォームであったが、林道の手を放れた砂粒はまっすぐに飛び、バラバラと自称魔法少女の四人の体に降り注いだ。
たかが砂……であるから、その程度のことでなにがしかのダメージが与えられるわけではない。
強いていうのなら、鬱陶しい程度の、些細な攻撃であったのだが……。
《スキル『アイスエイジ』、『疾風怒濤』、『捲土重来』、『ファイヤ・スターター』の強奪に成功しました。》
林道の脳裏だけに、そんなアナウンスが響く。
「もうひとつ」
林道は小さく呟いて、また砂を投げつける。
《スキル『ジャック・ザ・リッパー』の強奪に成功しました。》
「任務完了」
林道は、小声で口に出した。
「それじゃあ、逃げるよ」
睦月は、林道の手首を掴んで足早にその場から去っていく。
これまでのゲーム関連の騒ぎと比べると、物理的な被害はほとんどないのだが……今回は、学食という室内で発煙筒まで使ってしまっている。
宣誓の誰かに捕まったりしたら、いろいろ面倒なことになりそうだった。
この場は、退散するに限る。
すでに役目を終えた七重芹香と路地遙は学食から逃げているはずであった。
睦月や林道も、この場に居合わせた生徒たちがこの場でなにが起こっているのか把握する前に姿を消すよう、芦辺に指示を出されている。
「拍子抜けするくらい、あっさりと成功したなあ」
少し経ってから、芦辺の家に再集合したとき、七重芹香はそんなことをいった。
「あの西城たちがなすすべもなく、こうまでこちらの作戦にうまくはまってくれるとは!」
「いや、発煙筒は、誰も思いつかないだろう」
路地遙は、そう応じた。
「あの状況で西城たちのスキルを使ったりしたら、それこそ同士討ちになるのがオチだ」
自称魔法処女の四人組のスキルは、どれも強大な威力を持ったものであった。
だからこそ、ああした狭い場所で、なおかつ、視界が利かない状況下でうかつに乱発することはできない。
芦辺の読みが、見事に的中した形だった。
「それもこれも、林道さんのスキルが強奪を使えるところまで育っていたからだよ」
芦辺は、淡々とした口調でそういう。
「それで、林道さん。
五つのスキル、全部、強奪できたんだよね?」
通常のスキルの移譲とは違い、スキル『シーフ』を介したスキルの移動は、一年D組の生徒たちにアナウンスされることがない。
スキル『シーフ』を使用した本人にしか、正否は判断できないのだった。
「うん」
林道は、頷いた。
「ちゃんと五つ、強奪できた」
「……それ、馬鹿正直に配っちゃうの?」
睦月は、呆れ顔で呟く。
「このままバックレちゃってもいいのに……」
一度に五つのスキルを奪う……などというのは、前代未聞だった。
それも今回は、五つが五つとも強大な攻撃力を秘めているスキルばかりだ。
この一件だけで、クラス内のパワーバランスは大きく変動してしまった……といっても、過言ではなかった。
だが、当の林道は……。
「なんで?」
きょとんとした顔をして、睦月を見返す。
「みんなで協力して成功させた作戦だもん。
分け前も、平等に分けないと」
「……ま、あんたがいいというのなら、それでいいけどね……」
睦月は不機嫌な顔をして、そういった。
「強奪したスキルは五つ……」
七重はいった。
「……ひとり、ひつつづつスキルを分けるってことでいいかな?」
「それでいいんじゃない?」
路地がいった。
「わたし、『捲土重来』ってスキルを希望。
自分で自由に足場を作れるようになれば、もともと持っていた『キッカー』ももっと活かせるようになるし……」
「その伝でいうと……わたしは、『疾風怒涛』かな」
七重も自分の希望を述べる。
「もともと持っている『ロングショット』との相性で考える。
投げて、さらに風で誘導もできるようになる」
「じゃあ、二人にはそのスキルをあげて」
芦辺は、林道にむかって短く指示した。
「ぼくは余ったのでいい。
睦月は、なにか希望するスキルはあるかな?」
「……そうねー」
睦月は、思案顔になる。
「あと残っているのは、『ファイア・スターター』と『アイスエイジ』、それに『ジャック・ザ・リッパー』か……。
うーん。
その中でなら、『ジャック・ザ・リッパー』がいいかな」
わけが分からない魔法系って、自分で使いこなせる気がしないのよねー……と、睦月はつけ加える。
「芦辺くんは、火と氷、どっちがいい?」
林道が、首を傾げてそう訊いてきた。
「どっちでもいいけど……どちらかというと、火の方がいいかな」
芦辺は、そう答える。
「睦月じゃないけど、効果のほどがすぐに視認できないっていうのは不安になる」
「わかった」
林道は頷いた。
「みんなに、配る」
《林道鈴のスキル『捲土重来』が路地遙に移譲されました。》
《林道鈴のスキル『疾風怒濤』が七重芹香に移譲されました。》
《林道鈴のスキル『ジャック・ザ・リッパー』が睦月庵に移譲されました。》
《林道鈴のスキル『ファイヤ・スターター』が芦辺素直に移譲されました。》
一年D組の生徒たちの脳裏に、立て続けにアナウンスが響く。
「さて、この作戦は、これで終わりだ」
芦辺は、その場にいる生徒たちに告げる。
「このあとは、どうする?
このまましばらく組んでもいいし、ここで解散してもいい」
「どうせ、最後には奪い合いになるわけでしょう」
睦月庵はそういって、立ちあがった。
「わたしは、ここで抜けるわ。
一応、攻撃用のスキルも手に入れたことだし……」
芦辺は、無言のまま頷いた。
睦月の日頃の言動からすれば、別に不自然な反応でもない。
「わたしは、芦辺くんについていく!」
元気な声でそう宣言したのは、林道鈴だ。
「どうせ、自分一人ではなにをどうしたらいいのか思いつかないし!」
「そうそう」
七重芹香も、林道の判断を指示した。
「今回も、作戦勝ちだったもんなあ」
「それに、芦辺くんのスキル、他の誰かが使ったとしてもここまで使いこなせるかどうかはわかないし……」
路地遙は、そんなことをいう。
「……正直、わたしらは細かいことを考えるのが苦手だからさあ。
ちょうどいいといえば、ちょうどいいんだよね」
「新堂くんには、振られちゃっているしな」
七重は、そういって肩をすくめる。




