05-18 井崎巴は運がいい。
井崎巴は週四日、自宅からも学校からも少し離れたところにある国道沿いのファイレスでバイトをしている。
出勤日の四日のうち、二日は土日になるので、バイト自体はそんなに苦にはならない。
第一、そこのファミレスは、座席数の割には来客数が少なく、多忙になるときがあったとしてもごく短時間で終わる。
拘束される時間の割には、楽な仕事でもあった。
そこのバイトは今は家を出て少し離れた土地で大学に通っている姉から紹介されたのだが、そのおかげもあっておなじみ背で働いている人たちとも今のことろ問題なくつき合えているし、毎月入金されてくるバイト代も井崎にとっては魅力だった。
井崎の家は代々続く自営業を営んでいるのだが、昨今のご多分に漏れず景気があまりよくない。
借金はあまりないそうだが、井崎の父親は店番を母にまかせ、自分自身は知り合いの会社に勤めている有様だった。
そこまで割に合わない仕事ならばさっさと畳めばいいと井崎などは思うのだが、両親によると、
「これでも地元で頼りにされている店だから」
とかいって、なかなか廃業する気にはならないらしかった。
両親たちは、商売とか合理性よりも古くさい義理と人情を基準にして動いているらしい。
両親たちはそれで満足なのだろうが、結局のところ、そうした不経済性のツケは、子どもである姉や自分の方にかかってくる。
井崎の姉は現在、高校のうちからバイトで貯めたお金と奨学金、それに現在進行形で行っているバイトとで生活費と学費を工面していた。
井崎自身も、その姉と同じような道を辿っている。
慎重に、冷静に。
お金を貯めながら、将来食べるのに困らないくらいの学歴なり資格なりを修得する……というのが、現在、井崎が自分に課している目標であった。
よく将来のことを考え、行く先を定めて行動していかないと、あっというまに「詰み」に入る。
井崎巴の世界は、そうした鉄則に支えられていた。
そんな井崎の世界にも、例によって「ゲーム」という別の不条理が襲いかかってきたわけだが……もちろん、井崎には、そんなゲームに関わり合う余裕がない。
そんなゲームは……やりたがっている連中に任せておけばいい。
とにかく、井崎自身は、そんなゲームのために将来に備えて地道な努力を中断するつもりはなかった。
幸い、井崎のスキル『ダイスを転がせ』は、ステータス画面にある説明文を信用するのんならば、「確率を操作する」スキル……だ、そうである。
井崎は、そのスキルを常に意識して使用することによって、ゲームの参加者である他の生徒たちを遠ざけてきた。
具体的にいうと、「学校外で一年D組の生徒たちとひょっこりと出会う確率」、特に「積極的にゲームに参加している生徒たちと接触する確率」を最少にするよう、努めてきた。
もともと、バイト先のファミレスも自宅も、学校からは少し距離があることも手伝って、これまでのところはゲームに巻き込まれずに済んでいる。
強いていうのならば、ゲームに巻き込まれかけたのは、先日、西城沙名ら自称魔法少女の四人組がバイト先のファミレスに客として訪れたときくらいだろうか。
西城らは、その日、学校を騒がせたスキル『トラップメイカー』の所持者、瑠河を追いつめるために溜桶まで遠征してきた帰りだとかで、井崎に干渉しようとしてくる意図もなく、逆に、ちょうどバイトが終わる時間になった井崎を途中まで送ってくれさえした。
彼女ら四人は、井崎とは違い、ただただ興味本位にこのゲームに参加している口であるが、ゲームを避けようとしている人たちにまで無理に巻き込もうとしてこないあたりは好感が持て。
また、井崎は、有り難いとも思った。
実はその日の帰り道、井崎が知らないところで芦辺素直に襲われかけたりするのであるが、自主魔法少女ら四人が帰り道に同道したことで、結果として芦辺と直接接触せずに済んでいる。
井崎が意識していないところでスキル『ダイスを転がせ』が効果を発揮していたためだった。
それ以外にも、スキル『ダイスを転がせ』は何度か危ういところで井崎がゲームに巻き込まれることを回避してきているの。
あるいは、初日のテストプレイのときのように、井崎が直接被害を受ける可能性を最小限に減らしていたりする。
スキル『ダイス転がせ』とは、あまりその効果を意識する機会には恵まれない性質を持っているのだが、所有者の安全を守るという点においては、これでなかなか優秀なスキルであるといえた。
その日は、井崎は週二日ある「平日にバイトが入っている日」だった。
前述のように、井崎のバイト先のファミレスは来客数自体が多くない上に学校からも少し距離があるので、仕事中に見知った顔の者が客として訪れてくることは滅多にない。
「……あ」
「え?」
しかし、間の悪いことに、その日に限って井崎は、注文を取りにいったとき、一年D組の生徒である小諸準と目があってしまった。
小諸は、これまでどこに寄り道していたのか、いまだに制服姿のままだった。
「……井崎、さん、じゃん」
小諸は、ぎこちない口調で確認してきた。
「なに、ここでバイトしてんの?」
「まあね」
井崎は、営業用のスマイルを浮かべてマニュアル通りの対応を心がける。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「ええっと、まずはフリードリンクね。
あとは、メニューを見てから決める」
「フリードリンクはセルフサービスとなっております。
そちらのコーナーからご自由にお取りください。
ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルを鳴らしてお呼びください」
お冷やだけをおいて伝票をつけたあと、井崎はそういって小諸の席から離れた。
小諸準。
スキル名は、確か……『チェンジリング』、だったかな?
名前かは、どういうスキルなのか想像しにくいネーミングだった。
取り替えっ子。
いたずら者の妖精か何かが、赤ちゃんをすり替えるような伝説を、確か『チェンジリング』と呼んだはずだ。
だとすれば、小諸のスキルは、なにかを交換することに特化したスキルなのだろうか?
……などという想念も沸いたが、積極的にゲームに参加するつもりはない井崎は、すぐにそうした思考を中断して本来の仕事に集中しはじめる。
この時点では、井崎自身も、ここでの小諸との出会いが自分の未来を大きく変化させていたことに気づいていなかった。
井崎が再び小諸の席を訪れ、注文を取ったとき、例のアナウンスが二人の脳裏に響いた。
「あ」
「あ」
二人は、小さくそう口に出して、顔を見合わせる。
「……今度の移動は、『見取り稽古』、か」
小諸が、ひとりごとのような口調で呟いた。
「名前が聞き取れなかったって事は……。
内膳のやつ、例のプレデターとやり合って勝ったってことなのかな?」
「……チーズハンバーグセットですね?
お客様、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
ゲームに関わり合いたくない井崎は、小諸のひとりごとには応じずに、徹底的に店員として対応する。




