05-16 決着。
知念はなの方も、内膳の位置を見失っていた。
グレネード弾の爆発力とそれがもたらす粉塵の規模を、知念は見誤っていた。
粉塵により、周囲の視界はかなり悪くなっている。
破壊された噴水の水に濡れ、盛大に舞いあがった粉塵にさらされた知念の体は、かなり酷い有様になっているはずであったが……今はそれよりも、内膳の姿を探す方が先だった。
知念は、姿勢を低くしながら油断なく周囲を見渡す。
かえって動きが悪くなるため匍匐前進までするつもりはなかったが、姿勢を低くしていればそれだけ被弾する可能性が低くなる……という知念の素人考えがあったからだ。
それがどこまで効果があるのか、知念には判断できなかったのだが、少なくとも気休めにはなった。
加えて、知念はスキル『スカウター』がある。
このスキルは「視界内にスキルの持ち主がいれば、そのスキル名とレベルを読みとることができる」という内容だった。
そしてスキル『スカウター』の内容は、こうした極端に視界が悪い環境下でも有効だった。
もうもうとあがる土煙の中でも、内膳のスキル名とレベルはくっきりと浮かびあがる……はず、なのだ。
つまり、内膳が知念の位置を把握するよりも先に知念の方が内膳の位置を把握する可能性は、かなり大きい。
知念は周囲を見渡して、内膳のステータス表示を探しはじめていた。
あった。
スキル名: デリンジャー
Level 30
意外に近い位置に、その表示が浮かび上がっていた。
ここからの距離は、五メートル以上、十メートル以内といったところだろう。
慎重に狙いを定めれば、知念の腕でもなんとか命中させることができるかもしれない。
スキル『スカウター』によって読みとれることができる表示は、スキルの持ち主の頭部付近に現れる。
だから、その表示も少し高い位置にあった。
知念はその表示から少し銃口をさげて、標的の腹部あたりを狙う。
面積を考慮すれば、頭部を狙うよりも腹部を狙う方がずっと確実なのだ。
ましてや、相手である内膳は肥満体型の男子である。
的となる腹部は、普通の男子よりも格段に大きい面積を持っている。
知念は慎重に狙いを定め……冷静に、引き金を引いた。
銃声。
それとともに、腹部に鈍い痛みが走る。
内膳は苦痛を堪えて、銃声がした方向にむけ、引き金を絞った。
「……がっ!」
という声が、意外に間近から聞こえる。
どうやら、命中したようだった。
内膳は、体の前に、鞄を盾代わりにして、手で固定していた。
グレネード弾などの特殊弾頭を使用されたら、それに、背後から銃撃されたらまるで意味がない防御であったが……。
幸いなことに、プレデターは初期装備である通常弾頭を、正面から撃ち込んでくれたらしい。
小口径の単発護身用拳銃。
その貫通力はかなり頼りなく、分厚い紙の束、教科書やノートがぎっしりと詰まった鞄を貫通することはできなかった。
内膳は、ここ数日で自分のスキルの性能をかなり詳細に把握するように努めている。
しかし、必ずしもスキル『デリンジャー』に依存しているわけではないプレデターは、そのスキルの威力を確認することを怠っていたようだ。
あるいは、映画やテレビドラマなどのフィクションから受ける印象を丸飲みにして、このスキルの性能を過信していたのか……。
銃声。
それとともに、腹部に鈍い痛みが走る。
……撃たれた?
体を折り、その場に崩れながら、知念の脳裏は疑問でいっぱいだった。
なぜ、先に撃ったこちらが撃たれて、地面に這いつくばっているのか?
咳こみ、開いた口からよだれが噴き出す。
腹部の痛みばかりが意識を支配して、まともに思考ができない。
当然、立って逃げることもできない。
荒い息をつきながら、しばらく知念はその場に転がって悶絶していた。
「……知念はな……」
そうしているうちに、上から内膳の声が聞こえてくる。
「プレデターの正体は、お前だったのか」
首だけを動かして、声がする方に視線をむける。
内膳が、銃口を知念に据えて、こちらを見おろしていた。
痛みに悶絶しているうちに、スキル『ぼっち王』が解除されてしまったらしく、内膳は知念のことを普通に認識している。
……ああ。
と、知念はなは思った。
……これで、終わりだな。
ここから逆転をする術は、思いつかなかった。
それどころか、痛みのせいで、なにかのスキルを使用するだけの精神的余裕すらない。
ぼんやりと、そんなことを思っていると……。
「落ち着けよ、知念」
内膳は、そう続けた。
「今、お前に撃ち込んだのは、衝撃を与えるためのゴム弾頭だ。
痛いことは痛いだろうが、すぐに生死に関わるような負傷はしていないはずだ」
「……これ……」
知念は、ようやく、喘ぐような声を出した。
「ものすごく……痛いんだけど……」
「お互い、さっきまで相手を殺しかねない勢いでやりあっていたんだ」
内膳は、静かな口調で告げた。
「その程度で済んで、有り難いくらいとでも思ってくれ。
それとも、ここから戦争を再開するか?」
「……やめとく」
知念は、地面の上にぐったりと体を投げ出し、弱々しい仕草で首を振った。
「あんたには、勝てそうにないわ」
「そうか」
内膳は、油断なく銃口を知念に据えながら、頷いた。
「それじゃあ、お前のスキルを貰いたい。
おれだって別に、女をいたぶる趣味はないしな。
お前、確か……」
その直後、
《???のスキル『見取り稽古』が内膳英知に奪取されました。》
というアナウンスが一年D組の生徒全員の脳裏に響いた。
「……本当に、『見取り稽古』だけでいいの?」
もう痛みが和らいできたのか、知念は地面に座り込んだまま、上体を起こしていた。
ふてくされたような表情で、内膳の顔を見あげて睨んでいる。
「お前の姿を隠すスキルと『見取り稽古』の組み合わせは洒落にならないが……」
内膳は、鞄の中から取りだしたサインペンで自分の手の甲に「プレデター=知念はな」と大きく書いていた。
「……その組み合わせがなければ、なんとか対処できると思うしな。
それに、お前はこのまま泳がせておいた方が、なにかと面白そうなことをやってくれそうだし」
「……甘いわねえ、あんた」
知念はなは、憮然とした表情でそう返した。
「ねえ。
よかったら、しばらくこの二人で組まない?」
「やなこった」
内膳は、即答する。
「お互い、そういうタイプじゃないだろう。
それに、お前のスキルは、他人と組むと威力が半減する」
「……いわれてみれば……」
知念は、口を尖らせた。
「そうなんだけど……」
拗ねたような、表情になっていた。
「しかし、お前の格好……」
内膳は、知念の姿を眺めて感想を述べた。
「……どろっどろだな。
そのなりで帰るのか?」
内膳の体も、かなり汚れてはいるのだが……知念は、全身を濡らした上に地面を転がったり土煙の中を走ったりしていたため、内膳がいうとおり「どろっどろ」になっていた。
「……スキルを使えば、誰にも気づかれることがないから、いいもん」
知念は、また口を尖らせた。
「それよりも、自分の心配をしたら?」
知念は、そういって周囲を見渡す。
遠巻きにしてこちらをうかがっている野次馬たち。
それに、ぼちぼち、制服姿の警官たちが、こちらに集まってきていた。
長いように感じるが、知念と内膳が戦いを初めてから五分程度しか経過していない。
警察の反応としては、まずまずといったところだろう。
……ああ。
この状況から、なんとかいい逃れをしなければならないのか……。
と、内膳はそんなことをぼんやりと思った。
そして、ふと気づくと、さっきまで会話をしていたはずの「誰か」の気配がすっかり消えていることに気づいた。




