05-10 噂。
その日から、ある噂がクラスの中に流布しはじめていた。
その噂とは、
「誰からも認識されていない生徒が、一年D組の中に紛れ込んでいる」
というものであり、その根拠としてここ数日空席になっている、三峰刹那の右隣の席を指さすのである。
「あそこの席も、誰かが座っていたはずなんだけど……誰が座っていたのか、まるで思いだせないんだよね」
と、生徒たちは囁き合った。
「割と派手な外見の子だったような気もするんだけど……。
具体的な顔とか名前が、どうにも思い出せない」
「なに、それ?
怪談?
座敷わらしとか……」
「いや、なにかのスキルの影響じゃないか?」
「怖いな。
自分の存在感を消すスキルかよ」
「そういえば、一番最初に滑川を襲ったやつって、まだ誰かわかっていなかったんだよな」
「ああ。
あの、アナウンスにノイズが入っていて聞き取れなかったやつか……」
「あのノイズも、スキルの影響だったとしたら……」
「こうしている今も、そんなやつに見張られているかも知れないっていうの?」
「でも……席順からいうと、女子の誰かのはずだよなあ」
「瀬川が持っていたスキルは、確か『見取り稽古』だったはずだ」
内膳英知は、そういう。
「そのスキルが、名前の通り、見たスキルをおぼえるようなスキルだったとしたら……。
その『見取り稽古』と完全に姿を隠すスキルのふたつを同時に持っていたとしたら、かなりやばいんじゃねーの?」
この内膳は、スキル『ぼっち王』の影響で記憶が欠落しているものの、一度は知念はなをかなりいいところまで追いつめた実績がある。
今回も、断片的な噂から現在の知念について、かなり本質を突いた指摘をしていた。
「じゃあ、なにかそいつを捕まえるような方法でもあるっていうの?」
内膳の隣の席に座る井崎巴が、質問をする。
「いや、なんも思いつかない」
内膳は、ゆっくりと首を振った。
「そいつが他にどんなスキルを持っていても不思議ではないけど……。
完全に自分の姿を隠すスキルだけでも、十分な脅威だな。
姿を消したまま、ズドンと不意討ちでも食らったら、どうしようもない」
「……なんか、そんなB級アクション映画、テレビでみたような気がする。
姿を消せる宇宙人かなにかが、シュワちゃんたちと戦うの」
「……正体は河童みたいな、あれか?」
内膳は、井崎に確認した。
「たぶん、それであっていると思う」
そのときから、その「姿が見えないクラスメイト」の通称は「プレテダー」で固定してしまった。
姿を察知することができないという性質と、それに瀬川を襲ったときの印象などが加味されて、「見えない肉食系女子」のイメージが一人歩きした結果、ともいえる。
「そのプレテダーについて、なんだが……」
叶治郎が新堂零時に語りかけている。
「……なにか、有効な対応策はないだろうか?」
「いや、お前の『リヴェンジャー』なら、たいていの攻撃は跳ね返せるんじゃね?」
新堂は、軽い口調で答える。
「他のやつならともかく、叶が心配することもないと思うけど……」
そもそも、なんでおれなんかに相談してくるんだろうなあ、と、新堂は思う。
確かにこの叶とは席は近いのだが、特に以前から親しくしていたわけでもない。
むしろ、眞鍋との対決以来、新堂もこの叶治郎という少年に不気味さを感じていた。
「おそらくは、そうなんだろうけど……」
叶は、怯えた目つきで新堂を見返す。
「……それでも、相手の正体がわからないと、不安になるじゃないか」
意外に小心なんだな、と、新堂は叶に対する認識を改める。
「プレテダーについていうのなら、そのスキルよりも、そういう有利なスキルを持ちながらもすぐに積極的な行動を起こさない慎重さの方を警戒するべきだと思う」
少し考えたあと、新堂はそんなことをいう。
「もしもプレテダーが七重とか路地みたいな短絡的な性格だったら、今頃クラスの半分くらいは息していないんじゃないのか?」
そうした様子を、スキル『ぼっち王』の効果によって姿を消した知念はなはじっくりと観察していた。
多少有利なスキルを持ち合わせていたにせよ、白昼堂々、様々なスキルを持つ生徒たちがひしめくこの教室の中で、自分からなんらかの騒動を起こすつもりはない。
それに、そう。
二日目の瑠河狩りの際、危うく仕留められそうになったあの窮地の記憶も、知念の中ではまだまだ生々しかった。
あのとき以来、知念の中にはちょいとした油断やミスが、取り返しのつかない事態を発生させる……という認識が、重くのしかかっている。
だから、今後誰かを襲うときには、確実を期し、たった一人を相手にして、周囲に誰もいないような、邪魔が入らない状況になるのを待って、行動を起こすつもりだった。
たとえば、今日も、マークしていた芦辺素直が睦月庵と視線を合わせて人気のない階段の最上階、人目が極端に少ない屋上へでる踊り場まで移動するという、「襲撃に適した格好の機会」に恵まれたわけだが……そのときも、知念はあえて手を出さなかった。
芦辺と睦月が持つスキルについて、まだ詳細を把握していなかったというのも大きかったのだが……どちらか一人なら、まだしも力押しでなんとかできるかも知れなかったが、一度に二人を相手にするとなると、どんな不確定要素に足を取られるのか予測できないと判断したからだった。
いわば、リスクを最大限に評価した上で、慎重にふるまったわけである。
この場は情報収集に徹して、実際の襲撃についてはいずれ別に機会に……と、知念はそう決断している。
実際、その決断のおかげで、芦辺と睦月の会話を間近で聞き、彼らが知念の存在に気づきはじめていること、それに、この二人と林道鈴が手を組んでいること、少なくとも睦月自身は、この同盟にあまり積極的な意義を見いだしていないらしいこと、それに、二人のスキルについての断片的な情報……などを無事に収集することができた。
そうした情報は今後役だってくれるはずであり、とりあえずは、そうして少しずつ前進していくしかないだろう……と、知念は思う。
そうこうするうちに、どうした加減か、「そこには居ないはずなのに、確実に存在する」生徒について、休み時間のうちに噂が広まっていってしまった。
まだ正体が明かされていない、瀬川を襲撃した犯人。
それに、空席であるにも関わらず、そこに座っていた者のことを誰も思い出せない三峰の隣の席。
……などが原因となって、憶測混じりの噂が広がるようになっていた。
内膳や新堂など、少ない情報からかなり真実に近づいた予想を行っている生徒さえ、存在している。
これは……少しは、急がないといけないかな……と、知念は思い直す。
このまま放置しておけば、知念がいくらも働かないうちに、推論で外堀を埋められて、徐々に行動を制限されるようになってしまうだろう。
行動を急ぐのはいいけど、一昨日からどうも、いろいろとついていないんだよなあ……と、知念は心中でぼやく。
知念は、その不運が黒森永遠のスキル『フェアリーテイル』によってもたらされているものだとは、気づいていない。




