05-09 七重芹香と路地遙の打ち合わせ。
その日の、昼休みのことだった。
「遙、さあ……」
紙パックに差し込んだストローから口を離して、七重芹香が訊ねる。
「……例の件、考えてくれた?」
「うーん……」
路地遙は、言葉を濁す。
「……一応、考えてはいるけれど……。
結論は、もういちょっと待って欲しいな」
「具体的には、あとどれくらい?」
「あー……そうだねえ」
路地は、少し考える。
「できれば、ゲームが終わってから」
少し前に事故にあって以来、路地は、医者によって激しい運動を禁止されている身だ。
それでは、せっかくの高校生活もつまらないだろう。
そう思った七重から、水球部のマネージャーとして誘われていたし、すでに何度か、部活の見学もしている。
確かに、選手として活躍できないとしても、その他の方法でなんらかの部活に関わることは可能なのだった。
「もしも、このゲームがはじまらなかったとしたら」、路地は誘われるままに水球部のマネージャーになっていたのかもしれない。
しかし、このゲームがはじまったことで、路地にもまた、なんらかのスポーツに参加できる可能性が出てきた。
「待つのはいいけどさ……」
そういう七重の表情は、浮かないものだった。
「……でも、ゲームに期待しすぎるのも……なんというか、ちょいと違うんじゃないかなあ……」
きっぱりと断言できないのは、七重が路地の悩みの深さを理解していたからであり、同時に、降ってわいたようなゲームの存在に拭いがたい不信感を抱いているからでもある。
「……わかっている、わかっているって」
そういって、路地はしきりに頷いている。
「仮に、最後までゲームに勝ち残って、その結果、すっかり後遺症がなかったことになったとしても、そういうのってズルみたいなもんだしなあ。
本当にそんなことが可能だったとしても、期待しすぎるのは、少し調子がよすぎるっていうか……。
とにかく、まともな神経じゃあないよね。うん。
それは、自分でもわかってる」
だいたい、どんな昔話でも、「簡単に願いを叶えてくれる」系の結末は、安易な救済を求めた側が不幸になることになっている。
ひとことでいって、「胡散臭い」のだった。
ただ……。
「正直、ゲームの存在自体、かなり胡散臭いものだとわたしも思っているけど……」
それに縋らないとやっていけない、心境ではあるのだ。
路地の表情から、何事かを読みとった七重は、
「そうか」
と、軽く頷いた。
「それなら、しょうがないな。
できるだけ、協力するよ」
かなり差し迫った願望を持つ路地とは違い、この七重には、特に叶えたい望みなど持っていない。
ただ、クラスメイトと本気で鎬を削りあう、このゲーム自体はかなり面白く感じている。
勝敗は別にして、最終的にどんな結果になろうとも、あとで後悔をしないように全力を尽くしておきたい……というのが、七重のこのゲームに対するスタンスだった。
「それじゃあ、早速、次の行動に移ろうよ」
七重は、そう続ける。
「昨日の朝以来、こちらからはなにも仕掛けていないことだし」
「昨日の朝、かあ」
そういって、路地は後頭部を掻いた。
「あれは、やり方が悪かったなあ。
いっぺんに大勢を相手にするのは駄目だよねー」
「だよねー」
七重も頷く。
「もう少し、対戦相手の人数は絞らないと」
「それでも、結構いい線までいいっていたんだけどねえ」
「時間切れがなければ、もっとちゃんとした結果も出せたんだけどなあ……」
などなど、なごやかな口調でいいあっているが、そのすべては仕掛けた側である彼女たちの判断ミス、詰めの甘さに起因していたりする。
そのことをどこまで自覚しているのか、いないのか。
「今度やるとすれば、あれだねー」
「やっぱ放課後、かなあ」
「比較的時間の制約がないとなると、自然にそうなるねー。
……部活がないときしか、やれないけど……」
「あとは、週末とか?」
「でも、休みの日だと、今度は対戦相手の居場所を把握するのが大変だよー。
みんな、家は、市内中にちらばっているわけだし……」
「おとなしく自宅に居るとも限らないし、か。
そうなると、やっぱ、学校に居るときを狙った方がまだしも確実なのか」
「そうだねえ。
二人がかりで襲えば、たいていの相手はどうにかできるとは思うけど……」
そんな二人の会話を、他のクラスメイトたちは戦々恐々とした思いで耳にしていた。
この二人は、自分たちの会話が他人の耳に入ることを心配することもなく、昼食を食べながら堂々と相談している。
根本的なところで図太いというか、危機感が欠如しているのだった。
「狙うとすれば、誰かなあ?」
「誰でもいいんだけど……」
七重は、首を傾げる。
「『ロングショット』の有効射程距離はかなり長いから、戦場の設定さえ間違えなければたいていの相手はどうにかできると思うよ。
あ。
委員長の『エアタンク』とか矢尻くんの『バリヤー』、それに叶の『リヴェンジャー』みたいな特殊なのは除いて、だけど」
「わかっている、わかっている」
路地も頷く。
「『ロングショット』の射程の長さは、今のところ他のスキルには真似できない長所なわけだから、せいぜい有効に活用することにしよう。
でも、そうなると……」
ここから、路地は七重に顔を寄せ、周囲には聞こえない小声でなにやら呟きはじめる。
基本的に緊張感や警戒心が薄い彼女たちは、他のクラスメイトのスキルについてもあまり深い関心を持っていなかった。
たとえば睦月庵のスキル『ファイブセンス』の前では、多少声を潜めたところでまったく効果はなく、そのときの会話もほぼ丸々筒抜けになっている。




