04-18 田所と叶と三峰。それと、知念はな。
「……ああん?」
田所一は座ったまま、叶治郎を見あげる。
「なに寝言をほざいているんだ、お前は」
他の生徒たちは、声をあげて視聴覚室から出て行く。
今朝の、この叶と眞鍋が起こした流血沙汰の記憶が鮮明であったから、無理もない。
あんな場面は一度間近に目撃すれば十分だ、と思う生徒たちが大半であり、そうではないごく少数の物見高い生徒たちも、出入り口付近にとどまって成り行きを見守っているだけだった。
「それとも、怖いのかな?」
叶は、田所を見おろろして、そんなことをいう。
「……お前、なにか勘違いしてねえか?」
田所は、物憂げな声を出した。
「お前のスキル、『リヴェンジャー』っていったっけ?
それ、そんなに万能なスキルでもねーぞ」
「口では、なんとでもいえるよ」
そういって、叶はうっすらと笑った。
「それとも、田所くんは、これだけ大勢の人の前で恥も外聞もなく逃げ出すとか?」
「挑発しているつもりか、それで」
田所は、ゆっくりとした挙動で立ちあがった。
「たしかにお前の『リヴェンジャー』は、ななかな対処しにくいスキルではある。そいつは、認めるよ。
しかしだな。
そのスキルに頼りきっているお前は、ぜんぜん怖くはない。
たとえば、だな……」
そういって、田所は手首だけを翻した。
すると、叶の目前になにか黒い物体がゆっくりと落ちはじめる。
手をのばしてその物体を掴んでみると……。
「……髪の毛?」
叶は、怪訝な声を出した。
「それから、ネクタイな」
田所は、また手首だけを動かして、叶のネクタイを両断した。
「矢尻の『バリヤー』と戦って気づいたんだが、その手のスキルは、所持者に対する明白な害意を察知しないと、うまく機能しないようなんだ。
だから、お前自身を傷つけるつもりはない場合、お前の『リヴェンジャー』も機能しない。
それだと、おれの方もお前には勝てないことになるわけなんだが……その代わり、おれの『ジャック・ザ・リッパー』は、お前を丸裸のつるっぱげにひん剥くことはできる。
叶よ。
お前、なんなら、丸裸で家まで帰ってみるか?」
田所がいった内容を理解するにつれ、叶は、顔色をなくしていく。
「……いや、それは……」
しばらくして、叶はようやく言葉を絞り出した。
「……どうやら、こちらの準備が不足していたようだ。
また改めて、出直させて貰うよ」
「それがいい」
田所は、あっさりと頷いて自分の鞄を手に取り、そのまま視聴覚室を出て行く。
「お前のもうひとつのスキル、眞鍋から奪ったばかりの『ランサー』は、まだレベルが低すぎておれの『ジャック・ザ・リッパー』には対抗できないはずだしな。
それに、おれも今日は野暮用がある。
あんまりいつまでも学校に残ってはいられないんだ」
これは別に嘘ではなく、田所は、昨日から溜桶の駐輪場に置きっぱなしになっている自転車を取りに行く予定だった。
叶は、なす術もなく去っていく田所の背中を見送るしかなかった。
事前に調べていたバス停まで移動すると、そこで田所は見知った顔と遭遇した。
同じクラスの、三峰刹那だ。
そういえばこの三峰も、昨日は田所と同じく溜桶まで自転車で移動して、瑠河狩りに参加していたのだった。
目が合うと、この二人は、
「む」
とか、
「お」
と唸るばかりで、明確な挨拶の言葉もなく、顔を見合わせた。
そして田所は、三峰に続いてバス待ちの行列に並ぶ。
「……お前も、チャリを取りにか」
とりあえず、田所は声をかけてみた。
「愚問だな」
三峰は、詰まらなそうな顔をして答えた。
「同じ駐輪場を利用しているのは、きみも知っているはずだろう」
どうやら、三峰の方も、田所との会話を楽しむつもりはないようだった。
もともと、この三峰と田所は、性格的にそりが合わない。
昨日のように、共同でなにかを行うということが、かなり異例だったのだ。
「叶は、うまくあしらえたようじゃないか」
三峰は、いった。
三峰は、先ほどの叶と田所の立ち会いを最後まで見届けずにバス停へと急いだのだが……その後も、例のスキルを譲渡を告げるアナウンスは聞いていない。
だとすれば、「何事もなく終わった」と素直に解釈するべきだった。
「やつなら、ちょいと脅したら動けなくなった」
田所は、そんな風にうそぶいた。
「案外、小心者ものだな、あれは」
「そうかもね」
三峰は、叶治郎について思い返してみる。
「叶については、よくしらないのだが」
三峰はその叶と特に親しいわけでもなかったが……誰とでもそつなく、広く浅く交友関係を築くような生徒だったと、記憶している。
少なくとも、ゲームがはじまる前までは、そういう性格だったはずだ。
「あの『リヴェンジャー』ってスキル、まともに相手をしたら、お前の『エアタンク』だってやばいんじゃないのか?」
田所は、そんなことをいい出した。
「あれが、攻撃をそのまま跳ね返すスキルだというのが本当のことだとしたら、だが……」
「まともにやれば、そうかもな」
三峰は、あっさりと頷く。
「でも、どこかしらに攻略法があるはずなんだ。
あるいは……」
あの『リヴェンジャー』に対して有効なスキルを、クラスメイトの誰かが持っているのかも知れない。
という後半部分を、三峰はあえて口にはしない。
この田所も、同じゲームのプレイヤーだったからだ。
「攻略法、か」
田所は、呟く。
「……なにかしら、どうにかする方法はあるんだろうな。
きっと……」
返答を期待するような口調ではなかったので、三峰もその言葉へは反応しなかった。
知念はなは、寮内の自室でようやく目ざめた。
寝ぼけまなこで時刻を確認する。
部活に参加してない生徒ならもう、下校をしている時刻になっていた。
そして自分の姿を確認してから、軽く顔をしかめる。
知念は、下着姿になっていた。
ぼろぼろになった上、蛍光色の塗料にまみれた制服は脱ぎ捨てて、下着姿で自分のベッドに入っていたのだ。
二の腕を自分の顔に近づけて、匂いを確認してみる。
鼻が馴れてしまったのか、昨日感じた悪臭がなくなった……ように、感じた。
客観的にはどうなのかまではこの場で判断できなかったため、あとで確認する必要はあるわけだが。
……あの、クソデブめ。
と、知念は心中で内膳英知について毒づく。
あのスキル『デリジャー』はなかなか使いやすそうだったし、あのデブについても真っ先に始末をつけたいところだ。
知念は脳内の優先事項リストに「内膳打倒!」を大書きしたあと、室内に備えつけのユニットバスに入った。
この青藍寮には大浴場もあるのだが、部活のため入寮する生徒も多かったため、各室内でシャワーくらいは浴びることができるようになっている。
シャワーを浴びてすっきりしてから、知念は自分のステータス画面を開いて昨日の成果を確認してみた。
三峰の『エアタンク』をはじめとして、眞鍋の『ランサー』や内膳の『デリンジャー』、辺見の『捲土重来』、それに、依衣の『スカウター』などのスキルが、『見取り稽古』のスキルによってコピーされていた。
スキル『見取り稽古』でコピーしたスキルはレベルをあげることができないのが残念だが、それでもなかなかいい感じの組み合わせではある。
現状で、今の知念以上の攻撃力を持つ生徒は、1年D組には存在しないだろうな。
と、知念はそうのように思う。
元からもっていた知念のスキル『ぼっち王』と併せて使用すれば、かなりのことができるはずだった。
今日一日、無駄にしてしまったことが惜しいといえば惜しいのだが……これだけのスキルが揃っていれば、これからでもかなりのことができるだろう。




